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三等星の願い。40

 小説というのはキャラクターの生き方をありのまますべてを描くのではなく、キャラクターが魅力的に見えるシーン、今後のために必要になってくるシーンを抜粋して描かれるものだ。

 主人公はきっちり一週間過ごしているのに、読者である僕たちからすれば改行一つの間だけで片付けられてしまう時間。もちろん面白い小説を書くためには必要な行為だし、だらだらと主人公がソファで寝っ転がっているよりもヒロインとのデートを読みたいというのは至極当然のことで。

 何が言いたいかと言うと、文化祭からすでに一か月が経過した。

 意味深に書かれたあの「……何も問題が無ければいいけれど。」は本当に何もないまま終わり、文化祭は僕の望んだとおりの結末を迎え、委託店舗ではさらに売り上げを伸ばしているらしく、成功も成功、大成功という形で青春のラストイベントは幕を閉じたのだった。


「いくら大成功したからと言って、部室に入りきらない程の量の本を買ってくるのはどうかと思うのだけれど……」


 目の前に積まれた段ボールを見上げて、月夜(つきよ)はため息をついた。

 月夜のいい分ももっともなのだが、本を捨てる前のお気に入りの本、ここ二年ほどの間に発売した目を見張るものがある作品を買ったら勝手に大きめの段ボール5箱分まで膨れ上がっただけなのだ。僕は何も悪くない。低迷している癖に面白そうな本を出し続ける出版社が悪い。QED.


「それに、私たちはもう引退したのだから、部費で買ったこの本はあなたの物にはならないわよ?」

「なん……だとっ……?」


 盲点だった。確かに僕らは文化祭の日に引退している。なのでこの部活の部員はあの忌まわしき春野(はるの) ののと由崎 文香(ゆざき ふみか)だけになってしまったのだ。腹黒いののと警戒心の強い由崎の性格がマッチするはずもなく、二人の仲はかなり奸悪である。文化祭の準備の時だってこの二人のすれ違いのせいで色々とピンチに陥ったくらいだ──全部、僕と月夜でカバーできる範囲立ったけれども、この二人だけであと半年、もしかしたら一年間部活動を続けるというのは先輩としては少し不安なのだ。なのでなるべく僕らも部活動に顔を出すという条約が僕と月夜の間でなされたのだった。羽衣(うい)とカンナ?成績悪い組は今頃日本に帰ってきたカンナのお母さんにたっぷり勉強させられている。二人とも自分の目標を見つけ、その道に向かって進んでいるのだ。ならばそれに集中できるように環境を整えてやるのも、二人の幼馴染の役目というものだろう。


「あなたはいつからそんなに人格者になったのかしら?」

「今までかなりクズい面を見せてきたからそろそろ主人公ムーブを起こしていかないとなろう的にヤバイんじゃないかと思ってな」


 思ってもない事を心の中で書き綴っていたらつっこみをいれられてしまった。もちろん言葉にだした言葉も嘘だらけである。


「それはそれで主人公としてどうなのという気もするけれど」

「メインヒロインすらしばらく出てないし主人公がこんなのでもなんの問題もないだろ」

「あの子はやむにやまれぬ事情があるでしょう……」


 ただひとつ明確に変わったのは、かなり精神的に安定してきたことだろうか。彼女の話題が出ると過剰な反応をみせていたのに、今となっては自分から出していくくらいには回復している。


「一体何があったらここまで回復してしまったのかしらね……」

「読書を嗜んでいたら自然にな」


 やはり読書は偉大である。かつての僕が、そして今の僕が心のよりどころになるだけあって。


「あなた、最近一日にどれくらい読んでいるのかしら?」

「大体20冊くらいだな」


 もちろん長編小説だけでだ。気が付いたら昔より読むスピードは上がっているし、冊数も以前の倍ほどまでに膨れ上がっていた。それも一年生の時のように授業をぶっちして読むのではなく、受験生らしくお勉強を多少なりともしているのに、この冊数だ。正直自分でも驚いている。まさか一冊を読むのに30分しか要しないとは。どこかの忘却探偵とほぼ同じタイムである。いや、あの白髪の美女は確か、会話の片手間の読書でそのスピードだったか。ならばまだ僕の方が少し遅いくらいだろう。良かった、僕はまだ人間を辞めていないようだ。


「フィクションの人間と比べられてもね……」

「安心しろ、世界線こそ違えど僕らも同じ次元に生きている」


 どんな県よりもどんな国よりも美男美女が集まる場所……そう二次元にね!


「それにしても、一日に10時間も読書しているなんて、あなた、受験勉強は大丈夫なの?」

「さっき言ったろ?ちゃんと勉強はしてるって。そもそも最大限に効率化すれば勉強なんて一日一時間もあれば足りるんだよ」

「あなたはそれで本当にクリアしてしまうから怖いのよね……」

「かつて天才と呼ばれた僕をあまりなめない方が良い」


 あの時も普通に授業は聞いてたんだけどな。視線と意識と集中が本に向かってただけで。


「全部じゃない」

「今はちゃんと聞いてるんだからいいだろ」

「どちらにせよそれで点数取られる教師が可哀そうだけれど」


 さ、まだわめいてる月夜は放っておいて、僕はこの段ボールにつまった本を整理していく事にしよう。

 まずはレーベルごとに分けて、そのあと作者順に並べていく。50音順で並べると綺麗に見えるからおすすめだ。

 月夜も僕の手伝いを始めたが、10分が経過したところでピタリと止まった。


「そういえばあなた、親に進学の事は話しているの?」

「あっ」


 母には話したが、父にはノータッチだった。

ついに……あいつが出る……!!

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