三等星の願い。39
「そだよー。みんなのアイドル、佐原 彩里ちゃんだよー」
見慣れた茶髪に軽い口調。そこにいたのは紛れもなく高校生編では登場後すぐに退場したが編集者編ではメイン級の登場回数を誇っているため読者からは「作者絶対このためだけにだしただろ」と影でささやかれていた佐原彩里だった。
「いやー、私あれ以降学校ってものに行ってないからさ、そろそろ母校が恋しくなってね」
「ああ、確か次回作も学園ラブコメなんだっけか」
確か数日前に買った佐原の著書にそんな事が書かれていた気がする。
「そ。だから取材も兼ねて帰ってきたってわけ。新作は一巻から文化祭やるしね」
「ちなみにタイトルは?」
「『無気力少年のラブコメ的日常』」
「おいバカやめろ」
「たまにはメタを入れていかないと昔からの読者のみんなが疲労困憊しちゃわない?」
「多分メタ発言を重ねる方が読者は困惑して困憊すると思うぞ」
「じゃあ読者なんて置いてけぼりにしちゃえばいいんじゃない?」
「とても売れっ子作家の言葉とは思えないわね……」
月夜は当惑したようにこめかみに手を当て、ため息をついた。どうやら佐原乃テンションについていけていないようだ。当然、僕もついていけない。そもそも佐原は基本的に陽の者なのだ。どの歯車がどう絡んでライトノベルをたしなむようになっただけで、僕や月夜のように本を心のよりどころにして、本と現国だけが友達さなんて間違っても口にしないだろう。いや、あるいはひなたに生きる人間だったからこそ、本に居場所を求めるようになったのかもしれないが。
その果てに本を自分の居場所として確立してしまった彼女は本当にすごいと思う。ましてや高校一年生、16歳で達成する成果としてはいささか大きすぎるものだ。それから2年で、誰もが認める売れっ子作家にまで上り詰めて見せたのだから、尊敬以外の感情が出てこない。
「私は結構好き勝手書いて売れるタイプだから、あんまし読者の事なんて気にしてないのさ」
「可児〇由多ってところか」
「はじめの方は全然売れなかったし、売れ始めたのフェチ詰め込んでからだしどちらかと言うと羽島〇月の方が近いんじゃないかな」
「個人的に一番好きなのは不破〇斗なんだけどな」
「いやーあの名作ももうすぐ完結って思うと、初期から追ってる私としては感慨深いよね~」
「『俺〇イル』が終わり、『妹〇え』が終わり、これからガ〇ガ文庫はどうなるんだろうな……」
「まだ大丈夫だよ!『友〇くん』も残ってるし、最近だと『チ〇ムネ』『ク〇魔』『し〇あま』もあるし!!」
「最後の二冊を担当してた編集さんが辞めちゃったからな……いくら某超敏腕編集がいるからと言って安心はできない……」
最近勢力を強めてきているレーベルなので、ここにきて人気作二つの完結はかなり痛手だ。もちろん作品をちゃんと完結させた分、何時までも読者を期待させているどこかの横暴な団長を主軸とした少し不思議な学園ものよりはマシだというのが僕の評価だが。
「まあ、私にはガ〇ガ文庫の心配してる余裕なんてないんだけどね。私のレーベルの方が危ないし」
「お前のレーベル、昔こそヒット作一杯飛ばしてたけど最近は数年に一作売れればいい方だったもんな」
その一作に見事滑りこんで見せた佐原はいったいどれほどの努力を重ねたのだろうか。
「出版不況という意味では、ガ〇ガ文庫の事も考えなきゃいけないけどね」
そのあたりは編集者に任せればいいんじゃないかという思考が一瞬頭をよぎるが、僕も今となっては編集者を志す身、これが編集者の力だけではどうにもならないという事ももちろん知っている。そもそも編集者は作品の校閲やメディアミックスなどを担当する人間の事であって、作品を作る能力は専門職の人に比べれば明らかに劣ってしまうのだ。1を10にする事は出来ても、0から1を生み出すことは僕らにはできない。二年前に僕がやった事だって、プロットに沿って小説を組み立てただけに過ぎない。
「ところで佐原。そろそろ後ろが混んできたんで早く金を払ってくれないか?」
後ろは長蛇の列だった。
「じゃ、100部ほど」
「この人の入りだと10限ってところだな」
同人即売会みたいになっているが、僕の作戦が功をなしたようで今日の分は一時間後には完売してしまいそうなくらい後ろには人が並んでいる。僕には並んでまで素人の本を買うという神経は理解できないのだが、それだけ世間からの期待が高いのだろう。それ自体は喜ばしい事だ。
おとなしく佐原は10部だけ買っていって、これから校内をめぐるようでさっさと出ていった。
文化祭はまだまだ続いていく。
……何も問題が無ければいいけれど。




