三等星の願い。36
生徒会への申請も終わり、順調に決定稿もいくつか上がり始めた。
今のところ僕の仕事というのはとくになくて、このままなら間に合いそうだなと思いながら、ぼうっと空を見上げた。
綺麗な秋晴れで、学校の近くにある公園には高くそびえる木に根付いた紅葉が顔をのぞかせている。
何も文句はない日常だ。みんな自分にできることを進んでやってくれるし、そのおかげで僕はこうして一息付く時間が出来た。
残る仕事は、それぞれの小説を掲載する順番だが、それもなんとなくいい感じにやればいいと月夜から指示を受けている。やっぱり月夜が部長の方が良いんじゃ……。
「あなたにしては随分と弱気ね」
背中から、随分と疲弊しきった声が聞こえてきた。
「まあ、しばらく何もしてなかったわけだからな。いくら知識の塊で効率的に物事を動かせる天才と呼ばれている僕でも一抹の不安は残る」
「平常運転みたいで安心したわ」
エナジードリンクの缶を抱えながら、月夜は息を吐いた。どうやら、未だに作業の終わっていない部員たちのために買ってきたらしい。ほら、そういうところですよ月夜さん。一人だけ気遣いも仕事もできる完璧な女ポジションに行かないでください名目上部長の僕の威厳が廃るでしょ?
「そんなもの、はじめからあってないようなものじゃないのかしら?」
「おい事実を淡々と述べるんじゃない。これでも結構落ち込んでるんだぞ」
「あなた……感情というものを持っていたの?」
「持ってなかったら泣かねぇよ!!」
月夜の体力は限界に近いはずなのに、なぜか頭は回るようだった。さすがは月夜。僕と張り合える唯一の人材。今となっては僕が張り合えないけど。
「そういえば、あなたはいいの?」
僕用に買ってきてあったらしい無糖の缶コーヒーを中に放って、月夜は首を傾げた。
「何が?」
「あなたは、小説を書かなくていいの?」
「ああ……」
たしかに、僕も部員の一人だ。今からやればギリギリ間に合うだろうし、やる理由は他にもいくつかある。
「……いや、僕はいい」
だが、それ以上に、やらない理由の方が大きかった。
「言ったろ?僕は、編集者になりたいんだ」
プルタブを起こし、苦い液体を一口、口に含む。
その苦さは僕が常々感じている、この気持ちに似ていた。
僕の答えを聞けて満足したのか、月夜はふっと微笑んだ。
「そう、なら仕方ないわね」
青春も、夢も。いつかは消えてしまうものなのかもしれない。そのうち、跡形もなく無くなってしまう記憶なのかもしれない。
けれど、今だけは。
彼女に会いたいその一心で、僕は月を見上げた。




