三等星の願い。22
またしても、由崎の説得に失敗した僕だったが、しかしまだ秘策が残っている。
もちろんそれも月夜頼みナわけだが。
まったく、自分に対して殺害予告をしてきた女子をこうまで頼るとは。僕には危機感というものがないのだろうか。
「というわけで、今度は由崎の姉について調べてくれ」
「なめられてるのか信頼されているのか……。あなたという人間は分からないわ」
放課後。部室に顔を出すのは嫌なので月夜の教室に行き、用件を伝えた。
「あと、今度はデータで送ってくれ」
面倒ごとはごめんなので、釘をさしておく。無駄な労力は使いたくない。コーヒーはおいしかったが、メリットデメリットで考えると圧倒的にデメリットが大きい。
「嫌、と言ったら?」
「自分でやるしかなくなるな」
それでも、効率はすさまじく落ちるができないことはない。しかしそれでは、ほとんど意味の無いような情報しか集まらないだろうが……。
「まあ、どのみちうちの従業員にやらせるのだから私には関係のない話なのだけれど……」
後の言葉を濁して、月夜はため息をつき、コクリとうなずいた。
「これがあなたのためになるのなら、手伝ってあげるわ」
「さんきゅ」
それだけ交わすと、僕は一つ寄り道をして、学校からは真っ直ぐに帰宅した。
「まったく、君も暇人だな」
「否定はしません」
否定できるだけの材料がないし、と心の中でつぶやく。
一日たった後の放課後、少し調査が難航しているらしく、月夜からの連絡はまだない。
家に帰ってもすることがないし、僕は例の廃工場へと足を運んだ。
「まあ、私も人のこと言えないんだけどな」
いつもここにいる彼女は、僕の方を向かない。話している最中はずっと空を見ている。
どこまでも続いているような気がする、青い空。その中に、ふわふわと雲が揺れている。いつも通りだ。雨の日や雲が多い日を覗けば、今までに何度も見てきた光景。今さらそんな光景に思いをはせることはないが、それでもついつい見上げてしまう。
「君は、何でここに来るんだい?」
しばらくして、隣で寝ころぶお姉さんが聞いてきた。
「主に暇だからです」
素直にそう答えると、
「なら、もう少しいろんな世界を見た方がいいよ」
そう笑われてしまった。
「世界のことなら、もう十分に知っていますけど」
「そうじゃなくて、もっと広くだよ」
体を起こして、彼女は続ける。
「一度海外へ行ってみると良いよ。日本の常識なんて全く通用しないから」
「それはまためんどくさいですね」
「でも、考え方は全然変わるよ。少なくとも、私が見てきたものは全部ひっくり返った」
思い出すように空を見る彼女の横顔は、どこか寂しそうだった。
「いつか、機会があれば一人で行ってきてごらん。楽しいよ」
笑う彼女の中に、先ほどの彼女の瞳を思い出して、重ねる。
この人はいったい、どれほどのことを経験してきたのだろう。少なくとも、僕なんかよりは、もっと多くのことを知っているはずなのだ。年齢の問題じゃない。精神の問題だ。 自由に生きれる彼女は、きっと。これからも生きたい限り生きて、死にたくなったら死ぬのだろう。
そんな人生を思い浮かべると、少しだけ幸せな気持ちになれた。




