トラブルルーム
世界で一番大事な人は誰かとか聞かれれば、迷わず僕は水上瑞乃と答える。
しかし、世界で一番関わりたくない人間はと聞かれれば、おそらくそれも水上瑞乃と答えるだろう。
僕は水上瑞乃と関わりたくないのだ。思い出してしまうから。思い出させてしまうかもしれないから。
それでも、僕が瑞乃の担当編集者となったのは、きっと未練があるからで。
つまり、瑞乃の頼みは断れない。だから今──
「結構狭いんですね。編集者さんって、お金持ちなイメージがあるんですけど」
瑞乃は僕の家にいる。
2時間前のメール。そこから全てが始まった。
月夜と別れた後、僕は駅に向かっていた。
瑞乃からのメールで、一緒に原稿のチェックをしてほしいと言われたから。
現在瑞乃の家には、妹が心配でついてきた姉、すなわち瑞葉さんがいるらしい。顔見知りに会うのは気まずいので、僕の家にくるように指示した。下心とかないよ?ないからね?
駅から徒歩五分。会社へは十五分。超優良物件の1DK。ちょっとボロ目のアパートだが、日はあたるし、防音も効いていてかなり気に入っている。これで家賃格安なんだぜ?最高じゃねぇか。
「給料自体は結構貰ってるけど、一人暮らしだしこんなもんだろ」
ちなみに押入れにしまってある布団が二つなのは、瑠美がこっちに来ようとする事があるからである。後帰ってきたら月夜が勝手に寝てたり。通報しようかな。
「本、いっぱいありますね」
「これでも結構実家に置いてきたんだけどな」
よほどのお気に入り以外は実家に置いてきている。何故なら重いから!!家具以外は運んでくれなかったよ引っ越しセンター。故に自分のカバンに入る最大限を詰め込んで持ってきたわけだが、実はこの本棚の大半は一人暮らしを始めてから買ったものである。
「じゃ、始めるからUSBだせ」
あらかじめデータを保存したUSBメモリを用意してもらっていた。この中には、深海真水のデビュー作の改稿版(途中)が入っている。
何を隠そう、水上瑞乃の頼みとはこの改稿である。
主に僕が指示した直しは、語彙。圧倒的に語彙力が不足しているのだ。だから表現は単調になっているし、面白みが半減している。
それは問題だった。この才能を生かすためには、まず語彙が必要だ。
それに、新人作家の小説の直しを編集者がやるなんて普通の事だ。新人には経験が足りない。だから場数を踏んでいる編集者に一任する事がある。僕が聞いた例では、ストーリー以外全部編集者が書き直した事もあったとか。
とはいえ、僕も経験は浅いし、困ったら佐原に頼ろうかな。




