こうして文芸部はまとまっていく。
あれ以来、明らかに変わったのは、水上と月夜の距離感だ。水上が、月夜を避けるようになったのだ。きっと、月夜の探査能力に恐れをなしたのだろう。
そして文化祭が迫って行く。具体的にはあと二日。時間と相談しながら、僕たちは印刷をはじめた。
やはり水上の小説は神だった。さすが水神様だぜ。月夜の小説もなかなかの出来だ。読書家の本領発揮といったところかな。
僕たちが書いた小説は同じプロットから出来ているとは思えない程一人一人違う物になっていた。主に羽衣のものが。
さて、文化祭の前に、終わらせなければならない事がある。
この一週間、僕達3人は、水上瑞乃を知る所から始めた。
あいつは、弱い。だから人間として、強くしなければならない。
予定通りに昨日の内に僕達は仕事を終えたため、今日は基本自由行動だ。
僕は屋上に水上を呼び出していた。
「なにかな?」
きっと、心当たりはないのだろう。しかし、そんなことは関係ない。
「お前、二重人格だろ」
たったひとつ残された答えを、僕は示す。動揺を隠せない水上は、途切れ途切れに、声を出す。
「…どう言う事かな?私が二重人格なんて、ありえないよ……」
やはり気づいていない。自覚がないのだ。
「これを見ろ」
僕が見せたのはノートパソコンの画面。とある小説投稿サイトである。
そこには、水上瑞乃の書いた小説の一覧がのっていた。名前こそ違えど、僕や月夜を騙す事は出来ない。文を見れば、誰が書いたかなんて一目瞭然なのだから。
瞬間、水上瑞乃の様子が変わった。
「邪魔しないで貰えるかな」
声のトーンが違う。つまり、裏──
「無理だ」
僕は、僕を貫く。僕の幸せのために、幸福のために。
「こいつは、小説が書けるほど、強い奴じゃないんだよ。少し話を作る才能があるからって、勝手に期待されて、叩かれる。それがあるから、私はこいつが小説を書かないようにしたんだよ」
自らをこいつというほどに、水上の精神は狂っているのだろう。しかし、僕も譲れない。
「なら、期待に応えられるようになれよ!その才能を無駄にするなよ!少なくともここに一人、読者がいるんだよ!!」
僕は無我夢中で叫んでいた。
「プロットを見て、天才だと思った!だからこいつの書いた小説を読みたいと思った。誰かに叩かれるからなんだったんだよ!そんないもしない誰かを気にしてるから、お前はそんなんなんだろうが!」
罵倒とも取れる俺が掛けられる最大の褒め言葉。
水上(裏)は竦んでいるようで、何も言わない。だから、畳み掛けた。
「お前の強さを知っている!お前の凄さを知っている!お前という人間を知っている!だから!来いよ!こっちに!」
きっと、意味などない。しかし、少しでも足しになるのなら、それでいいと思った。思えた。
水上は微笑んで、寝転がった。
「あーあ。もう少しで諦められたのに。どうしてくれんのかなー」
いつもの水上なら絶対にしないイタズラっ子のような笑み。
「責任とれよな。私の小説読めよ、絶対」
「ああ、約束する」
「またなんかあったら文句言いに行くからな。覚悟しとけよ」
「怖いた、女って」
「お疲れ」
水上(裏)との長い語らいを終え、月夜が現れた。
「すごいわね、早見くんは。私には今回の事なんもわからなかったのに」
「そうでもないだろ。たまたま、僕が同類だったってだけなんだからな」
多少の違いはあれど、僕も自分を偽り続ける、二重人格のようなものだ。
月夜はクスリと笑った。
「明日から、またよろしくね、部長」
そう言って月夜は去って行った。
こうして文芸部は互いを理解していく。
だが、互いを信じる事は無い。永遠に。
誰かを敬い、褒めたたえ、怒り、蔑み、蝕み合う。それが、文芸部の現状だった。きっと、揺らぐ事のない。
どんどん重くなっていく。
プロットからずれていく。
これが人参クオリティ。




