ハナミズキ
春の陽気な日差しの中、私はのんびりと散歩をしていた。
ここは駅へつながる大通り。国道から繋がる道路として、最近出来たばかりの新しい散歩道候補だ。
黒く平らで綺麗なアスファルト。凹凸もなく駅までまっすぐに続いている。
その両端には3mほど幅のある歩道が敷いてある。色とりどりの石に彩られたそれは真っ黒なアスファルトと違い、賑やかで明るい雰囲気を醸し出していた。
そんな彩りのある足元を見る。幼い頃、こうした模様のある石畳の上で、一つの模様だけを踏んで進む遊びをしていたことを思い出した。片足でぴょんぴょんと模様の上を飛ぶ私をまだ小さな弟が楽しそうに追ってきたのを覚えている。
陽気の中、ふとわくわくして模様を一つ踏んでみる。はみ出ていない。成功だ。
辺りをきょろきょろと見渡して、人がいないことを確認する。楽しいけど、これは幼い頃やってたような遊びである。流石にいま見られたらちょっと恥ずかしい。警戒するように目を凝らしても、人は見えなかった。
安心して肩を下ろすと、そのまま次の模様を探す。見つけたそれに向かって右足で跳躍すると左足で着地した。慣れていない左足で着地し、僅かにバランスが崩れる。手をくるくると回し態勢を整えようとした。緊張の一瞬、無事にバランスは戻り、足はきちんと模様に収まるよう踏んでいる。また成功だ。
高揚した気持ちのまま次の模様を探しジャンプした。
何度もそうしていると十字路に差し掛かった。ここで歩道は途切れており、模様は横断歩道の先に見える。普段はさほど気にならない横断歩道が、大陸への道を阻む、深い深い大海原のように見えた。
むむむと唸っていると、いつの間にか人影が近づいていた。恐る恐る顔を上げると、さっきの姿を見られていたのか、私を見てにこやかに微笑む親子がいた。恥ずかしくなって俯く私。そんな私にお構いなしに、男の子は「僕もやる!」と叫び模様を踏んで飛び回った。子どもらしい自由で気ままな在り方にちょっと羨ましいなぁと思う。
何も悪くないのに母親が「すみません」と声をかけてくれる。私はまだ少し赤い顔のまま、強がって「いえいえ元気そうでよかったです」と返した。
母親は穏やかに口元を緩めると、「ママー模様が見つからない!きてー!」と呼ぶ男の子の方へ駆け足で向かっていった。
まだ青のままだった横断歩道を渡る。渡り切った先でふと振り向くと、男の子がこちらを見て手を振ってくれた。元気いっぱいに飛び回り腕を振り回す様子は、周りにまで元気を振りまいているようだ。それを見て気力が湧いた私は心からの笑顔と共に、大きく手を振り返した。
残り少しになった大通りを、今度はきちんと歩き出す。しっかりとした石畳が固い感触を足の裏へ返す。
突然強い風が吹いた。春の季節特有のものかもしれない。ごうと辺りを薙いだ風に、思わず目を瞑り髪を押さえる。
暫くして風の感触が消えると、私はゆっくりと目を開けた。
ひらひらと白い花弁が視界をよぎる。幾重にも花弁が宙を舞っている。舞い落ちるそれの一つを手で掬う。ハナミズキだった。
頭上を見上げる。そこには白い四つの花弁が両手を広げるように咲いていた。
いくつもいくつも重なるように咲き、まるで雪がかかったように木が真っ白に装飾されている。
あまりに綺麗なその様子に、私は思わず感嘆の声を上げた。しばしその場でハナミズキを眺める。緑の葉に彩られた白い花々が、また言葉に出来ないほど、優雅に咲き誇っていた。
そうして呆けていると、お婆さんが声をかけてきた。
「綺麗だよねぇ」
「はい……」
私が未だ見惚れてそっけない返事をしたが、お婆さんは気にせず笑ってハナミズキの話をしてくれた。
昔ここが整備される前には、駅への小さな道とその脇に細々と暮らす家々があったらしい。
大きな道路が整備されるとなった時、それなりに反対があったみたいだ。お婆さんもその家の一つだったらしい。でも結局退くことになって、でも、ハナミズキを街路樹に植えてほしいって頼んだそうだ。
ハナミズキはこの地域で大切にされてきた木で、公園にはハナミズキが沢山植えてあったそうだ。春になると皆でそれをゆったりと眺めるのが、お婆さんたちの子供の頃からの思い出だったんだと言っていた。だからこれだけは残してほしかったんだって。
綺麗なハナミズキを見て感動する私をみて、お婆さんはそれが嬉しかったと言っていた。何か残せたんだって思えたらしい。
仕方ない時代の変化は確かにあるけれど、そうして小さく繋がってく過去があるのもいいものだねと言って、お婆さんは幸せそうに笑っていた。
私はさっきの男の子を思い出す。きっとあの小さな遊びも何処かへ繋がっていくのだろう。恥ずかしいような気もするけども、そう考えるとちょっと嬉しかった。
お婆さんに話を聞かせてくれたお礼を言って、駅への道を辿る。もう駅は目の前だ。
日曜日だからか親子連れも多く見える。駅前の広場で皆忙しそうに、でも楽しそうに動き回っている。
道はここで終わりだ。私はどこか満足したように笑い、電車に乗るため、ホームへの階段を上がっていった。




