雨の日に一つ屋根の下で
ざーっ
うおっ、随分勢いよく降ってきたな。なんだよ、今日晴れじゃなかったのかよ!
あ、お前。さっさとそこの屋根の下に入れ。ったく、シャッター街とはついてねぇが、屋根が少しでもあるとないとじゃ随分違うだろ。
弱まるくらいまでなら事足りる。
ほれ、入った入った。
あー……随分降ってんな。雲ずっと続いてるし、しばらく止む気配がないな。
全く、迷惑なもんだよな、唐突なゲリラ豪雨。
わ、いや、お前が迷惑なんじゃねぇよ。雨が突然降り出したのがなんでよりにもよってシャッター商店街なんだってことで。
雨宿りしづれぇじゃん。
……つか、見事なまでのシャッター街だな。廃村並の人気のなさっつうか。
ま、この豪雨だし、客なんてそうそう来ないだろうが。にしてももうちょいやる気のある店があってもいいと思うんだが。
……………………二人きりじゃねぇか。
いやっ、なっ、別に、意識なんかしてねぇよ! あ、いや変な意味でもねぇし! 勘違い、やめろよ! 本当にそんな、その……不埒なこととか考えてないから! つか、こんな世界に俺たち二人しかいないんじゃないかって感じさせるくらい静かすぎるこのシャッター街が悪いんだからな! 雨だって自然現象だし。
って俺、一体何を一所懸命に言い訳してんだか……
はぁ。まあ、いいや。しばらくこのままでも、俺には支障ないし。それよりお前、寒くない?
急いで避難したとはいえ、だいぶ濡れちまったろ? えーと……ほれ、このジャージ貸すよ。
ふぁさ
ん?
温かい? そ、そうか。そいつはよかった。
……こんな俺でも、たまには役に立つんだな。
え、うわっ、今の独り言なのに、聞いてたのか? 超恥ずかしい……
その辺にスコップあるかな? 何に使うかって? スコップっつったらそりゃ、穴を掘るんだろう。
……って、店も開いてねぇのにスコップなんてあるわきゃないか。あああ、さっきのホントマジ恥ずいから、お願い、黙ったまま墓場まで持ってってくれ。
別に恥ずかしいことじゃないってお前は言うけどさ。
俺にはないんだよ。そんなお前みたいにどんと構えていられる器量が、さ。
ないんだよ。
うおっ、雨足ってこれ以上強くなるのかよ。勘弁してくれよ。帰れねぇじゃん。
あー、普段天気予報外す妹がどや顔で「今日は雨だよ」なんて言うのに抵抗して傘置いてくるんじゃなかった……
わっ、笑うなよ!
ほ、ほら、世の中には兄の尊厳ってもんがあるだろ。妹に嘲笑混じりで言われたら意地の一つも張りたくなるだろ!
ん……まあ、珍しく、当たっちまったわけで、今こんなんだけど……
うわぁ、また強くなってきやがった。
ん、なんだよ? 裾なんか引っ張って。
寄ったら? って……?
お前、やめろ。マジでやめろ。俺の心臓は病気の人よりは断然丈夫だが、常人よりは弱いんだ。
上目遣いなんてするな。
それに、ここ避けたら。
お前の方に雨吹き込んでくんだろ。
結局濡れるんだから、お前が濡れないで済む方が断然いいに決まってる。
つーわけで却下。
意地っ張り? 何とでも言え。
こういうときくらい男に見栄を張らせろ。
なっ、ばっ、カッコいいとか、そういうこと言うんじゃねぇよ!
ど、動揺? してるよ、馬鹿!
違うんだ。俺は誰かが好きとか、そういうんじゃなくて、たぶん
一歩を踏み出す、勇気がないだけなんだ。
こんな雨、気にしないで帰ることだってできるんだぜ?
でもさ、俺、雨が怖いんだ。
あ、笑うなよ! ひでぇな。誰にだって怖いもんの一つくらいあんだろ。
俺はさ、雨に全部洗い流されちまいそうで、怖いんだよ。
懸命に覚え続けた知識も、
忘れないように固く握りしめた手の温度も、
判然としない決心も、
全部、綺麗さっぱり消えちまったら楽だろうけど、
俺はまだぐちゃぐちゃでわけのわからないこの感情の答えを知らないんだ。知りたいんだ。
だから、忘れたくないんだ。
ああ、なんだか話してるうちに決心がついたかも。うん、あんがとな。くだんない俺の戯れ言に付き合ってくれて。
え、もうちょっと一緒に?
……ごめん。俺もそうしたいけど、それに乗ってしまったら、せっかく固めたものが、ぐらついちまうから。ホント、ごめんな。
向こうの雲が薄くなったように見えてきたから、直に小雨になんだろ。気ぃつけて帰れよ。
じゃあな。
ありがとう。