雨の日に……
馬鹿みたいなハッピーエンドなんて、この世に存在しない。
誰もが傷つき、傷つけ合って、
拒絶と絶望にまみれすぎたこの空間はきっと、雨ですら洗い流せないにちがいない。
誰も何かに固執して、それ以外に触れることはできなくて、拒絶を恐れて傷つけるだけ。
折られた傘。
冷たい視線。
苛む無力。
動かない人形。
誰も報われず、誰も救われない。その屋根に雨が激しく打ち付けるだけ。
「ねぇ」
沈黙を破ったのは、傘を折った少年。
「いつまでこうしていたって、何も変わりはしないよ。ただ時間が浪費されていくだけ。景色が変わらなくたって、無情にも明日は来るんだよ。
ねぇ、もう飽きたよ。やめようよ。僕を僕の世界に戻しておくれ。君が僕に固執する理由なんて、もう亡いのだから」
止めのように、折れた傘を踏みつけ、もうどうしようもないレベルに壊す。天才少女だった彼女は、もはやただの人ですらなく、形容するなら、"脱け殻"だった。
「ああ、ようやく蹴りがついたようだな。手間を取らせやがって」
次いで言葉を放ったのは少女然とした容姿に見合わぬ、乱雑な言葉遣いの少女だった。絞められた首を、何事もなかったかのようにさすり、傘を折った少年に苦い表情を向ける。
向けられた少年はごめんごめんと軽く笑った。
「やあ、うん。手間を取らせたね」
雨好きでもある少年は、唖然とする天才に一切目もくれず、帰ろう、と口にした。
一方で。
妹を殴られた兄はというと、
「……もう、いいだろう?」
妹の殴られた頬に労るように手を添えて語りかけた。
妹は何か言おうと口をぱくぱく動かしたが……上手く言葉にできず、伏し目がちに黙って兄に頷いた。
「あたしにできることは、もうないんだね」
散々、お節介と謗られ続けてきた身である。それくらいの分別はついた。
が、やはり殴られかけたフードの少年への気がかりが拭えないらしいのが目線の運び方でわかったし、何より顔に書かれていた。
兄は、はぁ、と一息吐くと、妹を殴ったやつに、一緒に来い、と声をかけてやった。
一瞬彼女の表情がぱあっと晴れやかになるが、冷ややかな視線を受け、すぐに曇る。仕方のないことなのだが。
取り残された三人のうち、天才と謳われた少女は、幼なじみを負うこともせず、ただうちひしがれていた。
やがてフードの少年が小さく、しかしはっきりと告げる。
「……何処かに行ってください」
貴女はもう、必要ない、と。
発した声は体の芯に染み入る雨のように浸透して。
数瞬の躊躇いの後、天才少女は去った。
部屋にはフードの少年と、彼が愛しげに抱く人形の少女のみ。
「ねぇ」
少年は呼び掛けた。
「……帰ってきてよ、お願い」
よすがはもう、君しかいないんだ。
そんな嘆願は、雨音の中に溶けて消えた。
誰かの耳に届いたか、その後のことは知らないが。
かたり、と少年から人形の手が滑り落ちて、それきりだった。




