雨の日には馬鹿を笑え
僕を早く雨の中に帰らせてくれ。
狂った演目、壊れた演者。
演じるのはもう、懲り懲りだ。
狂った空間。
外からザアザアと大好きな雨音がする。けれど、僕には雨など当たっていない。何故ならここは屋内だから。
雨の日に屋内で、なんて、僕は一体何をしているんだろう? 今すぐあの恵みの雨だか天使の涙だか知らないけど……大好きなあの優しい水の槍に打たれてきたいよ。
でも今、僕は行ってはいけない。逃げることになる。
非常に不可解で不愉快な喜劇がこの無駄に高い天井の下で一つ、二つ、三つ、と消化されていく。誰が見るでもない。演者たちのために誂えられたような珍妙な舞台。
繰り広げられる喜劇の一つの主役を張るのは、現行僕だったりする。
役者は三人。
僕と、幼なじみと、オレっ娘ちゃん。
演目は……ありがちな三角関係の愛憎劇?
笑わせてくれるじゃないか。僕がそんな俗っぽいものに手を染めるとでも? 雨を愛すあまり、傘さえ差さないこの僕が?
とんでもない。もし愛憎劇だなんてほざくとしたら、今呆然と折れた傘を見つめて立ち尽くす僕の幼なじみくらいなものだろう。
成績優秀、眉目秀麗。非の打ちどころのない才色兼備を持つ彼女が自分に好意を抱いていたなんて、どこの俗物小説だい? 眉唾物は生憎性に合わなくてね。
眉目秀麗はオレっ娘ちゃんも同じか。二人の美少女に取り合いされるなんて罪な男だねぇ、僕は!
……な〜んて、心の内で巫戯化るのは大概にしよう。
うん、さすがに反省してるよ。僕もお巫戯化が過ぎたね。でも、清々しいよ。
だって久しぶりなんだ。
雨に流して誤魔化さずに本音を吐き出したのなんて。
幼なじみの天災ちゃんは大嫌いだった。今も好きだなんて嘘でも言うなら吐き気に見舞われそうなくらい。
何故って。
鬱陶しいから。
ずっとずっと考えていた。いつの間にか傍にいた幼なじみ。
周囲から天才ともてはやされる彼女。家も大きく、地位も権力も約束された夢みたいな女の子。
なんでそんな雲上人が、
凡人の僕なんかにつきまとうのさ?
凡人というのは自分を卑下しているのではない。天才たる彼女を前にしたら、誰しもがそう感じざるを得ない、紛れもない事実なのだ。
まあ、オレっ娘ちゃんには変人だの、今日会ったばっかの雨仲間くんに至っては雨中毒だの、散々な言われ様だけどね。
でも、笑えるくらい、そっちのが当たりなんだよ。
何が天才だ。笑わせる。
人に対する認識一つ、ちゃんと理解もできていないくせに馬鹿なんじゃないの?
頭が悪いのと馬鹿なのは違うっていうけど、これほどその言を体現している子もいないんじゃない?
馬鹿な子と戯れるつもりはないよ。僕はいっそ拒絶に近い反応をされる方が清々しくて好きなんだ。
偽らなくて済む。
誤魔化さなくて済む。
雨が好きなのと同じ論理なんだよ。
「君の前に何年も立ち続けた僕という存在は、偽りに彩られた色もへったくれもありゃしない虚像にすぎない。
そんな虚像に、君は恋い焦がれていたのかい?
誠に滑稽、滑稽! いい笑い物だ。
天才も目が腐っているんだね。
僕の何も知らないくせに、幼なじみぶって。
傘なんか贈ったりしちゃってさ。馬鹿みたい。
……ああ、悪かったね。君は、馬鹿だ」
ばきりと折った傘の残骸。骨の裂け目に触れたら、痛みが皮膚を切り裂いた。
ほぅら、君の贈った傘は僕を傷つけている。
これを君は望んでいたのかい?
見せつけるように赤を目の前で滴らせる。
「傷つけ合うのはやめてください!!」
って叫んだ子がいたけど、
それなら、止めを刺しちゃえばいいんだよね。




