雨の日に集った屋根の下で
ザアザアザア。
雨はまだ止む気配を見せない。
「傷つけ合うのはやめてください!!」
フードのやつを殴ろうとした女のところに割って入った妹の一言に、言われた本人だけでなく、場の全員が反応した。俺も例外ではない。
いつも考えなしで突っ走る馬鹿な俺の妹の咄嗟の一言は、今この場に一番必要な一言だった。
言っていることが噛み合わないからと、弟を殴り付けようとする姉。
拒絶された悲しみから、同じ拒絶をし返すフードの少年。
傘を折られた屋敷の主。
口下手な雨中毒。
人嫌いなオレっ娘。
自分の無力さを呪うくらいしかできない、俺。
全員に、妹の言葉は響いたにちがいない。
フードのやつとジャージを貸したあいつがどういう関係なのかは知らない。どちらも俺は今日知り合ったばかりなのだから。
目尻に涙を浮かべたのをこぼさないよう懸命に唇を引き結ぶフード。[姉]と名乗ったあいつに、冷たい言葉を叩きつけていたが、あの様子からするに本意ではないのだろう。
姉の方にしたってそうだ。最初の言葉どおり、フードを迎えに来ただけだろう。思いがけない拒絶に反射神経が反応しただけで。
互いに、傷つけるつもりなんてなかったんだ。
こちらはまだ、引き返せる……はずだ。
けれど、
ばしんっ
「っ──!」
平手で打った音が、屋敷の無駄に高い天井に響く。
踏みとどまることが、できなかったのか。
俺は慌てて打たれた妹の方へ駆け寄った。その様子に打った張本人はきょとんとする。
俺は、
俺は……
怖くて怖くて仕方なかったが、そいつを睨み付けることにした。
「何してんだよ」
ああ、せっかく、俺のことを良く思ってくれるやつに会えたのに、
こうやって、また、
自分から突き放すのか。
言われたそいつは絶望に染まった真っ黒な目をしていた。
話し相手になってくれるやつなんて、なかなか会えるもんじゃない。
特に俺みたいな、そこそこに頭脳は聡明なくせに口下手で話しているうちに自分でもわけわかんなくなるようなやつになんて。
自分の行動の意図を正しく伝えられないようなやつなんて。
「人、殴ってんじゃねぇよ」
口から飛び出す言葉は思うより冷たい。
「殴って楽しいか? 楽になるか?」
そんなわけないこと、俺がよくわかってる。
なんでこんな意地の悪い言い方しかできない?
雨のせいか?
雨で体の芯どころか心の芯まで冷えきっちまったかな、俺。
それでも俺の口は不器用に言葉を紡ぐ。
「なぁ、なんとか言えよ。何か言い返せよ。お前はそいつを殴りたかったのか? 拒絶されたから拒絶する? それで他人を巻き込んで、お前、罪悪感とかないの? お前の語彙は取り繕った笑顔だけか? 所詮はその程度の覚悟なのか?
なぁ、俺はちゃんと、踏み出したよ。お前は、後退るのか? 目を背けるのか? 拒絶されたのは一方的なものなのか? お前に非はないのか? なぁ、お前は何しに来たんだよ」
ああ、寒い。寒い。
帰らせてくれ。
誰も動かない、雨の日の屋根の下。
ザアザアという雨音と、カチカチという時計の音だけが、容赦なく時間を刻んでいた。




