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雨の日に……  作者: 宵楢萎茶菓
25/28

雨の日にぶつかって、止めて。

今の状況から、完全に切り離されてるあたしだけど。


















とりあえずここがやたら寒いことだけはよくわかった。


 雨が降り続いている。まだ雷が遠くでゴロゴロと唸っているのが微かに耳を引っ掻く。

 まだ十五年程度の短い人生しか過ごしてないけれど、今いるこのお屋敷は、人生で見たことがないくらい大きい。たぶん、生涯これ以上大きな家になんて、入ることはないんじゃないかな?

 まあ、でも、大きいのも道理だ。ここってこの辺りで一番のお金持ちさんの家だもの。






 けど、




 無駄に高い天井が確かにあるのに、











 外で降り続く雨の温度が感じられるのはなんでだろう?











 暑いのと寒いのと、どちらが苦手かと言われれば、寒い方が苦手かな。

 冬はこたつから出られないよ、あたし。




 なんでこんな話をしたかって言えば、









 ここが冬みたいだからだよ。
















 ここのご令嬢らしい人はすごい無感情みたいになってるし、傘持った人は傘折ってにこにこ笑ってて不気味だし、お兄ちゃんに庇われていた女子制服の女の人はすごい冷たい目をしてる。






 凍った空間、みたい。

 もっと怖いのは、お兄ちゃんが女の人を庇った一瞬、あたしの後ろからしたぴりぴり焼けつくみたいな気配。

 名前をつけるとするなら[殺気]……かな。

 人を殺そうとか、殺されそうになったとかは全然ないんだけど、わかりやすく、強烈な害意を簡単に言ったら、こうなるんじゃないかな。






 後ろにいるのも、女子高生の人。ご令嬢さんが綺麗系なら、可愛い系かな? って感じの人。

 そのイメージを台無しにするくらいの強い殺気を、その人は放っていた。




 何なの? この状況。











 あたしは口を開かない。わけのわからないことばっかりで、全部わかってそうなお兄ちゃんに訊こうかとも思ったんだけど。

 息していいのかって思うくらい、場の空気が張りつめていて、とても声なんて出せたもんじゃない。


 沈黙を破ったのは、意外にもお兄ちゃんだった。重度のコミュ障の割に、「よぉ」なんて後ろの殺気の人に軽い調子で声をかける。知り合いなんだろうか。

 瞬間、殺気が雨散霧消した。さっきまであったこと自体が嘘みたいに。

 あたしは思わず殺気の女の人を振り向いた。花が咲いたみたいな笑顔を閃かせ、「うん、さっきぶり」なんて言う。


 笑顔で薄目だからその人気づいてないけど、









 お兄ちゃんは一瞬、心底嫌そうな顔をした。






 お兄ちゃんはコミュ障の割に人を嫌わない。ただただ喋るのが下手というか、感情表現が下手というか。

 頭はいいのに、会話の語彙力がない。かなり馬鹿なあたしでも、それに関してだけは絶対お兄ちゃんに勝てる。











 目は口ほどに物を言う、だっけ?

 うん、お兄ちゃんとコミュニケーションを取るときは、表情を見た方が手っ取り早い。兄妹で、一緒にいる時間が長いからこそかもしれないけど。

 あの故事成語だか諺だかがここまで当てはまる人もいないと思う。


 話が逸れた。




 たぶんお兄ちゃんも殺気に気づいたんだと思う。他の人の反応を見るに後ろの人の知り合いはお兄ちゃんだけみたいだし、コミュニケーションを取るのはお兄ちゃんが一番適任なのだろう。

 お兄ちゃん、頭の回転は早いから。

 当たり障りのない会話をするお兄ちゃん。「なんでお前、ここにいんの?」「あ、えと、ジャージ返したくて……」「いや、いいよ、別に」──って、何気お兄ちゃん普通の会話できてるし。

 しかもジャージ貸したの? 着てないとは思ったけど。

 お兄ちゃんのくせにイケメンなことしてる。解せぬ。






「嘘ついてんだろ」






 お兄ちゃんがその言葉を吐いた途端、空気はまた凍った。さっきとは違う感じで。

 さっきは殺気立っていたけれど、今度は絶望みたいな。









 すごいなこの女の人。一瞬で周りを巻き込んで空気を変えるとか。

 怖いな。






 なんて思ってるのはあたしだけかな。他の人は何も反応しないし、お兄ちゃんに至っては、果敢にも更に言葉を連ねる。




「無駄に知識がある俺もどうかと思うんだが、ちょっとした読心術を持ってんだ。心理学とかのな。嘘吐いてるかどうかとか、簡単なのしかわからんが、






 お前、俺によりももっと重要なことを抱えてんだろ? なら、やらなければならないことを優先しろ」




 お兄ちゃんの言葉が当たったのかその人はビクッと反応し、そろそろと視線を別の人物に移した。











「えっ」






 あたしは視線が辿り着いた先に思わず間抜けな声を出す。




 さっきからずっと濡れそぼっている、フードの子だ。腕の中には人形だっていう女の子。

 フードの子はさっきから女の子を抱きしめて離さずにいたけれど、この子も知り合いだったの?











 あたしが疑問をぐるぐると頭の中で渦巻かせていると、











「……迎えに、来たよ。お姉ちゃんが」




 透き通る声でその人は言った。

 フードくんはばっと顔を上げ、[姉]と名乗った人を見る。けれど見たのはほんの一時ですぐに俯き、女の子をぎゅうっと抱き寄せた。






「嫌だ。帰らない」






 はっきりと強い声でフードくんが言う。


「ごめんね。今まで助けてあげられなくて。でも、お姉ちゃん、これからはあなたを」

「帰らないって言ってるだろうっ!!」


 フードくんの叫びが雨を切り裂いて響き渡る。




「でも」

「帰らない。あの家はおれにとってただの[建物]であって、[居場所]じゃない。居場所がないところに帰れるわけない。




 ……第一、おれをあそこに帰れなくしたのは、あなただろう? おれが家を出るなりすぐ玄関の鍵をかけたのはあなただ。そうだって、おれは知ってる。何を今更、[お姉ちゃん]なんて……ぐっ」






 そのシーンは、ものの一秒だった。

 女の人がフードくんのところに行き、その頭を殴り飛ばす。

 フードくんは目を瞑り、人形の子に被害が及ばぬよう、更に抱え込んだ。ぱたりと床に体を打たれるときも、女の子が傷つかないように、自分をクッションにして。……痛いだろうに。











「ほら、それが本性だ」


 女の子を抱えたまま、フードくんはゆっくり起き上がる。

 言葉には目の前の[お姉さん]を嘲る色があるけれど、表情はとても悲しそうだ。


 ──本当は言いたくないんだ、あんなこと。

 でも、[お姉さん]にはそれが伝わっていないようで、「見るな!!」という怒号と悲鳴の入り交じった声と共に、再び手が上がる。











 さすがに、いてもたってもいられなくなった。


 あたしはほとんど考えなしに二人の間に飛び込んだ。


























「傷つけ合うのは、やめてください!!」



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