雨の日にフードで走る少年
行かなきゃ、行かなきゃ……
雨は冷たくていいんです。冷たいのが当たり前なんです。そんなことはおれだって百も承知です。
でも、行かなきゃ……
──逃げなきゃ。
っ、何するんですか!
おれは、行かなきゃ……
ばしゃんっ
う……行かなきゃ……進まなきゃ……
なっ、だから、止めないでくださいよ。手を放してください。
なら振り払えば? って、初対面で随分挑戦的なこと言うんですね、あなたって。そんな体力ないからお願いしてるんです。
せめて、もっと遠くに……
あの子を感じられないほど、遠くに……
どしゃ降りの中、どこを目指しているのか? そんなの、知りませんよ。
ただ、行かなきゃならないんだ、もっと遠くに。進まなきゃならないんだ、先に。雨に濡れたってかまわない。おれは別に、濡れたってかまわない。あの子が濡れないでいてくれるならそれだけでいいんだ……
だから、引き留めないでください。じゃあ
ぃ、しつこいですね、あなたも! 急いでいるんですってば。雨に濡れるのなんかどうでもいいんです。大丈夫です、フードついてますし。
気休め? 勝手に言っていてください。おれがいいっていうんです。何がいけないんですか。
あなたこそなんですか、馬鹿みたいに傘差して。他人が急いているのを引き留めて、それが親切だとでも思っているんですか? 譬、雨の中だとしても、
ぼくは帰らなきゃいけないのに……!
あ……
いいえ、なんでもありません。
とにかくあなたはぼ……おれには迷惑です。お引き取りください。
あなたは傘を持っているでしょう? 帰り道、もう暗いですから気をつけて。
なんだったんだ、あの人は。
ぼくは、ぼくは……
ばしゃばしゃばしゃ……
ん、もう人の姿はないな。随分遠くまで来たし、少しそこの路地裏で休もうか……
ふう。
疲れた。
昔からぼくは泣き虫ってよく言われて、同じくらいの年の子にいじめられていたっけ。
ぼくは言葉が上手くなくて、生み出そうとした言葉を何かが心の中で……強い雨で叩きつけたみたいに落として、ぼくは葉っぱを実らすことすらできなかった。不器用な木だった。あまりに雨に弱かったよ。
……でも、今は違う。もう友達もできて、変わったんだ。おれは変わった。
強くなろうとした。強くあろうとした。せっかく、一緒にいてくれることを許してくれた友達に、心配をかけるわけにはいかない。
変わらなくちゃって、変わったんだ。
特にあの子に、涙なんか見せたくなくて。
これから先、そう永くは一緒にいられないって、ぼくは知ってしまったから。
あの子に知られちゃいけない。
ぼくが泣いていたらあの子が気づいちゃう。
傷ついちゃう。
泣いちゃだめなんだ。
泣いちゃだめなんだ。
でもさ、
ちょっとフードを取って、今の空を見上げるくらいはしてもいいよね。
あの子もきっと、同じ空を見上げているはずだから。
あ、雨って、
時々温かいんですね。