能力
祐介は梶谷が何を話そうとしているのか全くわからない。しかし、その話は祐介自身に関係する、しかも良くない話であることは、梶谷の態度を見ていればすぐにわかる。しかしそれ故に、絶対に聞かなければならない、梶谷からすれば確実に言わねばならないことだということも、充分に伝わってきた。
「わかった、話してくれ」
祐介は腹を括る。そんな姿を見て、梶谷は一瞬辛そうな顔をしたが、しかし梶谷も腹を括ったらしい。
「そうね……まずは今朝岡田君が通った道について聞いてほしい」
真っ直ぐ祐介を見て、梶谷は話を始める。
梶谷が言うには、祐介が朝通った道は、現実には存在しない道らしい。この世に住む生物が通るための道ではなく、本来この世を住処としない魔物がこの世を行き来するための道とのことだ。
正直祐介には何の事だかさっぱりだが、要するに普通の生き物はまず存在すら認識できないらしい。
「俺は魔物だってことなのか?」
いきなり極論な気もするが、祐介がそう考えるのも無理はない。
「そんなことはないはず。もし魔物だったら、そもそも普通に生活しているわけないから」
梶谷は祐介の心配を否定してくれた。しかし、今の説明だけで祐介は納得できない。
「じゃあ、俺は何だっていうんだ?」
自分が何者なのか、それくらいはきちんと把握しておきたかった。
「まだ調べたわけじゃないけど、多分私と同じ覚者ね」
「カクジャ……?」
祐介には聞き慣れない言葉だった。
「そう。別に覚者と言ってもブッダのことじゃないけどね……私たちが目覚めたのは、言ってみればもう一つの法則。だから普通では見えないあの道に入ることができたの」
なるほど、祐介にはよくわからないことがよくわかった。
「それで、結局今朝あそこで何が起きたんだ?」
自分は人間だが、普通の人間ではないという事、それは分かった。梶谷には悪いが、頭がこんがらがる前に次の話に入ってもらうことにした。
しかし、それを聞くと梶谷はまた俯く。やはりそこが一番言い辛いことなのだろう。
「…………岡田君の能力が、魔物に知られてしまったの」
梶谷は、やっと聞こえるくらいの小さな声で言った。そして一度言ってしまってからは、止めどなく言葉が溢れる。
「ごめんなさい、私が……いや、ごめんなさい。岡田君には再生の能力が刻まれていたの。それも致命傷や、壊死した組織すらも完璧に復元できるような。それが魔物に知られてしまった。普通の魔物ならよかったけど、相手が悪かった。魔術を使えるような、そんな知能を持つ魔物に知られてしまった……本当に、ごめんなさい……」
梶谷は今にも泣きそうだった。梶谷がこんなにも取り乱すなんて、祐介は想像もしたことがなかった。
「……なんで、謝るんだ?」
しかし梶谷が取り乱したことよりも、ひたすら謝ることに祐介はひっかかった。
「なんでって……私が……」
梶谷は言葉に詰まる。言葉は詰まったが、祐介には梶谷が何を言おうとしたのかがわかった。
「でも、結局俺は助かった。それは梶谷さんが安全なところまで運んで、そして見ててくれたからだろ?」
「それは……私が、したから……だから、そうする義務が……」
「それでも助けてくれたことには変わりない」
祐介は一度息をする。そして、一言添えるように言う。
「ありがとう」
梶谷はそれを聞いて、目に涙を溜めた。
「岡田君……ありがとう……」
しかし絶対にその涙を溢れさせはしなかった。