はじまり
「完全に寝坊だ!」
祐介は寝癖もろくに直さず家を飛び出る。さっき家を出たのが八時二十五分。学校までは走って十分。HRは八時半から。このままでは遅刻は免れない。しかし近道すればその半分以下の時間で着く。少し迷ったが、仕方ないので祐介は近道をすることに決めた。
(昼間でも薄暗くて気味悪いんだよな……)
全く手入れの行き届いていない街路樹に囲まれたこの道は、その不気味さからか、人通りがない。近所であるため何回か通ったことはあるが、祐介の思い出せる限り、この道で誰かとすれ違ったことはないほどだ。
(今二十七分か…… よし、ぎりぎり間に合う!)
そう確信したが、祐介はさらにペースを上げる。それほどに一刻も早くこの道を抜けたかった。
(よし、あそこを曲がれば後は直進するだけ!)
前述のとおりこの道に人通りは皆無で、さらに遅刻の焦りと、道の不気味さによって祐介はほとんどスピードを落とさずに道を曲がった。いや、曲がろうとした。しかし突如曲がり角から現れた何者かに、祐介はぶつかった。
「かはっ!」
祐介の勢いは完全に止められ、そして激痛とともに膝から崩れ落ちた。
胸か背中か、どちらが痛いのかもよくわからない。視界も歪む。言い知れぬ悪寒が体中を包み、全身から汗が噴き出す。今の自分の状況が理解できない。
しかし、遅刻しそうだったことははっきりと覚えている。とにかく学校に行かなくてはと足を進めようとする。が、思ったように足が進まない。自分が今立っているのか、倒れているのか、それともうずくまっているのか。それすらもよくわからない。学校に行かなければ、それだけが頭を支配する。
(これは間に合わない。遅刻の言い訳をかんがえないと……)
激しい痛みの中で、そんな悠長なことを考える。今の祐介に、冷静さなど残っていなかった。
「……―――……――――」
耳をすませると誰かの声がする。しかし今の祐介には何を言っているのかがよくわからない。ただ、祐介に話しかけているのだということは分かった。
「大丈夫です」
多分自分を心配してくれているのだろう、そう思って祐介は声を出した。しかし、実際には祐介が思っているような声は出ていなかった。
だんだんと意識が薄れていく。それとともに痛みも感じなくなっていく。さっきまで近くから聞こえていた声も、今は遠くから幽かに聞こえるだけだ。
(あぁ、学校よりも先に病院かな……)
最後にそんなことを思って、祐介の意識は完全に閉じた。