魔法世界(2)
中に入ってみると、思ったとおりクルマのような革張(だと思う)のシートがあった。
二人乗りぐらいの、そんな小さなシートだ。その娘 (コ)は先に座って、ボクたちに目配せして座れと合図した。
彼女はハンドル(らしきもの)を握って、スタンバイしている。はいはい、仰せのとおりにいたします、お嬢サマ。
そうこうしているうちに、フワっと身体が浮いたような気がした。外に目をやると――。
うおぅ、これって、空中に浮いてるのかっ!
「と 飛んでるー、飛んでるよ~、これぇ! ねえねえ、トリィ、トリィ――!」
つなぐは、口をパクパクさせながら窓に顔を押しあてて叫んでいる。
すると、不思議そうな顔をして、その娘 (コ)は言った。
「え? それがどうかした? 飛んで当たり前じゃないの――」
ボクは、絶句した。どうして、当たり前なんだ? ボクの頭の中はパニックに陥ってしまった。訳が分からないよ〜。
彼女は、ハンドルを手にしたまま、頭を抱えているボクたち二人に視線を投げた。
「あ。自己紹介がまだだったよね。あたし、魔法のセーラー服・マジカルセーラって言うの。『セーラちゃん』って呼んでね――☆」
おいおい。
ボクは、ますます頭痛がしてきた。マジカルなんとか、だってぇ? 何だよ、それ。見たまんまじゃないか。自分で言ってて恥ずかしくないのかな、この人。(苦笑)
……でも、ま、いいか。世の中にはこういうヒトもいるのだろう。ボクは、妙に納得してしまった。
「で――?」
彼女は、相手が名乗ったんだから自分も名乗るのが礼儀ってもんでしょ、といいたげな目をして、応えを促してきた。
すると、今まで窓の外の景色に釘付けになっていた、つなぐが反応した。
「あたしは、つなぐ。ヨロシクね――」
彼女は、明るく元気よく答えた。元気は、彼女のトレードマークだ。
「で、こっちは、トリィ――」
違う違う。慌てて、それを否定した。改めてボクは正式に『本名』を名乗った。こんな異世界に来てまで、変なあだ名で通されるわけにはいかないぞ。
セーラは、こちらのやり取りをにやにやしながら眺めていた。
「それでは、改めてよろしくね、ツナグ、トオリ――」
とその時、彼女の肩越しから、黒い影が飛び出してきた。
ボクは、ビクッとして大きく飛び退いてしまった。
な、何だ? ポクはその(何だかよく分からない)乗り物から半分ずり落ちそうになりながら、目を凝らしてみた。
その何かは、チチと小さく鳴いた。彼女の肩から動こうとしないみたいだ。ボクは、その『何か』を覗き込んだ。
「この子は、チャッピーよ――」
彼女は、そのコの頭を撫でながら、言った。
よく見ると、子リスのような小さな動物だ。きゃあ、かっわいい一! と、つなぐが叫んでいる。
でも、リスとは種類が違うのかな? 両耳はかなり大きく、尻尾は細くて長い。さっき空を飛んでいた、あの動物たちの仲間だろうか? 変な生物がいっぱいいるなあ、ここは。
そのチャッピーと呼ばれた生物は、またチチと鳴いた。いや、男のボクでさえかなり魅せられしまうよ。ホント、かわいいなあ。
(……しかし、すっごくどっかで聞いたことあるような名前なんですけど>チャッピー)
「可愛いでしょ? でも、これでも結構頼りになる『使い魔』なのよ――」
平然としてかなり大胆な発言をするな、セーラさん。何だよ、今度は『使い魔』ですか。そうですか。
「さて……」
セーラさんは、ハンドルから手を離して、再びステッキを取り出した。なんだ、この乗り物ってハンドルの操作って関係ないのか。
「あなたたち、晩御飯食べた? あたし、昼のバイトが長引いて、晩御飯まだなのよ。やっぱり、腹ごしらえしておかないと、夜の授業が辛いもんね――」
ボクは窓の外を見た。もうあたりは薄暗くなってきている。もう完全にタ暮れだ。そういえば、ボクとつなぐはサークルの帰りだったんだ。
そう言えば、夜の授業って、言ってたよね? これから彼女は学校なのかな? 定時制の学校に通っているのかな?
彼女は、さっきみたいに口の中でぶつぶつと何か唱えながら、ステッキをクルクルと回した。
すると、光とともにセーラさんの手に包子みたいなのが、三つ現れた! ボクたちは目を丸くする。
「すっご~~い! これって、魔法よね? ホントに使える人がいるなんて――!!」
つなぐが、感嘆の声を上げた。
「ツナグ、何おかしなこと言ってるの? このくらいふつ一でしょ? あたしのなんか、まだまだなのに……。あなたこそ、どうなのよ?」
つなぐは苦笑しながら答えた。
「どうなのよ? って言われても。そんなこと、できるわけないじゃない」
たはは、とロ元を歪めて苦笑いしている。まあ、当たり前だよね。別に魔女っコってわけではないんだから。(まあ、その素質はかなり有りそうだけど)
「……はは~ん?」
と、彼女は人差し指と親指を小さな顎に当てて、不敵に微笑んだ。な、何だ何だ。
「わかった。実は、すっご一い超魔法使えるのに、隠しておいて、後からあたしを驚かせようという魂胆なのね。ふふん。このあたしを編そうったって、そうはいかないわよ?」
そう言いながら、人差し指を口元にまっすぐ立てて、チチチと軽く舌を鳴らして指先を左右に振った。
「ま、いいわ。後でじっくり教えてもらうから。……じゃ、冷めないうちに、これ食べよ――」
と言って、ボクたちに包子を突き出してきた。ほのかに湯気が立っていて、ホントに美味しそうだ。実は、ボクもかなりお腹が空いていたところだったんだ。
「ありがと。遠慮なくもらっちゃうね」
つなぐは、満面の笑みを浮かべて、彼女から受け取った。ボクも手にした途端、かぶりついてしまった。
そんなボクたちを見ながら、彼女もパクついた。チャッピーにも小さくちぎってあげている。これ、結構美味しいよ。うん。うん。