サークル(2)
ホワイトボードに書かれた文字が若干踊っている。
ここは公民館の一室だ。ボクたちのサークルで間借りさせてもらっている場所なのだ。
「今日の議題は、来週に迫った『サイエンス・ラボ』の件なのだが――」
いつの間にか復活した広小路先輩が議長をしている。タ、タフですね、先輩。
まあ、冗談はさておき、このサークルの本来の目的であるボランティア活動の件だ。
先輩の言う『サイエンス・ラボ』とは、今度実施する、小学生を集めて簡単な科学実験をしようとする企画だ。少しでも科学の楽しさを子どもたちに理解してもらおうというわけだ。
「せんぱぁい、『さいえんす』って何やるんですかぁ~?」
手元のケータイをいじりながら、一人の女のコが手を挙げた。かなり化粧が濃くて(つまりケバい)、髪もナチュラルとは言えないほど脱色している。よくもまあ、学校で怒られないものだと感心する。今どきの若者っていう感じだね。(あ、ボクのほうが若者か)
彼女は、大通らいん(おおみち・らいん)という、女子高生だ。確か一年か、二年生だっと思うのだけれど、あまり親しいというわけではないので、断言できない。
そもそも彼女は、ボクらの学校の卒業生ではなく、単に広小路先輩目当てにサークルに加入したらしい。こういったところは、流石だとは思う、広小路先輩。
「いい質問だ、らいんクン」
今までホワイトボードに使っていたマーカーをビシッと彼女の方に指してみせた。まるで、どこかの有名IT企業のプレゼンのようだ。
「僕が今回考えているのは、相対性理論を応用した実験なのだ。宇宙ひも理論を証明してみてはどうだろうか。我々で『時間跳躍』を証明しようではないか――」
どうだろうか――て、そんな壮大な実験、一体どうやるんですか、先輩?
「ひも――?」
らいんさんが、もの凄く反応した。しばらく考えていたけど、急に表情を明るくして、大きく頷いた。そして指で円を作ってみせた。おそらく完全に誤解しているよ。
「ちょっと先輩、待ってください――」
阿倍野筋さんが声をあげた。
「その、ひも……でしたか、何とかいう理論は、ちょっと子どもたちには難し過ぎるんじゃないでしょうか――」
至極まっとうな意見でびっくりしてしまった。まあ、阿倍野筋さんだったら、当然と言えるかも。
「……っていうか、その何ですか、『ひも』って……? 俗に言う、遊び人ってヤツですか――?」
頬を赤らめながら、彼女は言った。……え?
「遊び人……?」
一瞬、何を言っているのか分からなかったのだろう。広小路先輩は、ぽかんとした。
「ちょっと、ちょっと、あんたさぁ、ウチの広小路さんに手ぇ出さないでくれる?」
らいんさんが、ちょっと気色ばんだ。彼女は両の頬をぷくぅと膨らませている。何だかこういった表情をするとは意外だった。見た目はアレだけど、中身は結構、乙女系なのかもしれない。
それにしても、なんだか、変な方向にいってしまいそうだ。どうしよう、やっぱりここは一つ、男として一言言うべきかも……。
二人の間にかなり不穏な空気が漂い始めたとき――。
「あのー、時間跳躍って、『飛ぶ』って感じなんでしょうか~?」
場を考えてない、あの声は、そう彼女だ。
「おお。道玄坂くん、その通りだ。いわゆる『タイムリープ』、もしくは『パラレルワールド』って、ヤツだな――」
話題に食いついてきた、つなぐに満面の笑みを向けて、嬉しそうに広小路先輩が応えた。
「あ。だったら、あたしも経験があります――!」
その場にいた(ボクを除いた)全員が、「え。」という顔をして、凍りついている。まあ、それはそうだろう。このボクだって、初めて彼女からこの話を聴いた時、何を言っているのか分からなかったのだから。
「あ、あんたねぇ、突然、何言い出すの――!」
最初に現実世界へ帰還したのは、らいんさんだった。
「ば、ばかなことを言って、広小路さんに取り入ろうとしても、ムダだかんね――!」
「そ、そうよ、つなぐちゃん。わたしを庇ってくれるのは嬉しいけど、いくらなんでも、それはちょっと……」
あの、阿倍野筋さんまでもが、ちょっと引き気味だ。
「本当に道玄坂さんは優しいのね」
馬車道先輩は、うふふと笑いながら、つなぐを熱く見つめている。
この場にいる、ほぼ全員から白い目で見られていることに気付かないようで、続けて彼女は言った。
「――今日の授業中にも”飛んだ”んですよ。――ね。トリィ?」
突然、ボクに振ってきた! お、おい、つなぐ! それはないんじゃないのか!?
当然のごとく、全員の視線がボクに集中した。これをどうやって処理すればいいと言うんですか、つなぐさん!
「――ということで、説明してもらおうか、一条クン?」
広小路先輩が、不敵な笑いを浮かべながら、ボクに迫ってきた。た、助けて、誰かぁ……。