サークル(1)
「――今日は、先輩、いらっしゃるかしら~!?」
つなぐが、突然、変なテンションで素っ頓狂な声を上げた。
ボクと阿倍野筋さんは、半ば呆れ顔で彼女を見た。まあ、これはいつものことだから、別に驚くことではないんだけどね。
ボクたち三人は、並んで商店街を歩いていた。これから、サークル活動に向かうところだ。放課後、晴れて自由の身となったボクたちは、自由時間を有意義に過ごすのだ。(単につなぐの付き合いに過ぎないのだけど、ね)
この街は、日本で一番小さい「市」として有名なところだ。(……と、書いておいて不安になったのだけれど、有名じゃない?) だけど、別に非常に辺鄙な田舎町(失礼)というわけではなく、大都会に隣接する、ごく普通の街だ。
特に何かがあるわけでもなく、かと言って、特に不便でもないところだ。ボクは、この街を結構気に入っている。
「先輩、大学の受験勉強で忙しいから、今日の例会も欠席かもしれないね」
阿倍野筋さんが、優しく応えてあげた。あのテンションに果敢にもついていこうだなんて、何とも無謀なことか。
「やっぱり、無理かなぁ……」
つなぐは、表情を曇らせた。彼女は、先輩にぞっこんなのだ。(ぞっこん……って、自分で言ってて、なんか恥ずかしいけど)
先輩というのは、馬車道流瑠さんのことだ。
馬車道先輩は、高校三年生・女子だ。(これがかなりの美人さんなのだ)
ボクたちは、有志のボランティアサークルに入っている。そのサークルの先輩の一人が、馬車道さんというわけだ。
数年前に学校の卒業生が、このサークルを立ち上げたらしいのだけれど、詳しいところは分からない。
かなり強引につなぐから誘われて入ったのだけれど、こんな活動は、別に嫌いではない。
「なんかブルーね~。あたしたち『馬車道先輩をお慕いする会』のメンバーとしては、残念極まりないわよね~?」
阿倍野筋さんは、苦笑しながらつなぐに合わせている。何もそこまでしなくてもと思うけど、やっぱりこれも愛なのか……!?
「身も心も貞操も捧げているのにね――」
阿倍野筋さんは、引きつった笑いをつなぐに見せた。なんだか阿倍野筋さんが健気過ぎて泣けてくるね……。
「――もう、カッコよくて優しくて才能があってリーダーシップがあって学校のトップの大秀才の先輩が、こんな忙しい時期にサークルにいらっしゃるわけがないわよね。あたしたちはたちは先輩をお慕い申し上げているけど、でもでもぉ~、他にもたっくさんファンがいて、もぉ大変。……所詮、はかない恋なのねぇ――るるる……」
「あら、道玄坂さん、今日は早いのね――」
突然、後ろから涼やかな声がした。これは、まさか……。
ボクたち三人は、その声のした方向に一斉に顔を向けた。
そこには、一人の「大人」の女性が、いた。まさに漆黒と言っていいほど艶やかで絹のような長髪をゆっくりと揺らし、まるで背景に花びらが舞っているような、そんな雰囲気だ、(いや、まさか本当に舞っているわけはないよね……?)
「ば、ば、ば――馬車道せんぱいぃぃ……!」
つなぐは、心肺停止状態に陥っている……ワケはないけど、かなり動揺しているようだ。なんだか口元があわあわしている。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
かなりパニックに陥っていることが、傍から見ていても分かる。日頃、落ち着きのない彼女が、哀れなほど、おたおたしている。(顔を真っ赤にしているのが、なんだか可愛いと、不謹慎にも思ってしまった)
そういう彼女の気持ちを知ってか知らずか、馬車道先輩は微笑んでいる。
「――先輩、お時間はよろしいんですか? もうすぐ受験だというのに……」
阿倍野筋さんが、棘のある口調でつなぐの代わりに応えた。な、なんだか、これって修羅場的な、あれって、ヤツ……? (女のコの場合も、恐ろしいものがありそう)
「うふふ。まあ、たまには息抜きも必要だからね。それに、可愛い後輩の顔も見たいじゃない……?」
そう言って、馬車道先輩はつなぐを見つめた。
つなぐは、その視線を感じて、卒倒しそうになっている。も、もうやめてください。死んでしまいます。
「ぐぬぬぬぬ……」
阿倍野筋さんは、まるで悪の女幹部のように苦虫を噛み締めたような表情をしている。「これで勝ったと思うなよ!」――と、心の中でアフレコしてみた。(知られたら、きっと殺されてしまうだろう)
三つ巴の異空間が、今まさに爆発しようとしていた、その瞬間……!
「待ちたまえ! 淑女の諸君――!」
低音のいい声があたりに響いた――。
そこには、広小路会堂さん(男)が、仁王立ちしていた。おそらく本人はかっこいいと思っていると想像にかたくないのだけれど……。
その声の方向に三人(+ボク)の視線が集中した。
最初に口を開いたのは、阿倍野筋さんだった。
「邪魔しないでください、広小路先輩! 先輩には関係ないじゃないですか――!」
新たな敵を視認して、阿倍野筋さんは「がるる」と吠えた(ように見えた)。
ここで新たに出現したモンスター……もとい、広小路さんをご紹介しょう。
彼は、大学一年の男子だ。見た目はかなりランクが高いように(男のボクでさえ)思う。背も一八〇は超えているし、いわゆる「イケメン顔」ってヤツだと思う。
この人もウチの学校の卒業生で、馬車道先輩とは、旧知の間柄らしい。昔、二人は付き合っていたんじゃないかという噂を耳にしたこともあったけど、果たして真実は如何に?
「何を言うんだ? 阿倍野筋クン。カワイイ後輩の諸君らが争っているのを、黙って見過ごせるわけがないじゃないか――」
ますます、阿倍野筋さんは唸った。
「関係ない先輩は、黙っていて下さい! これは女どうしの話なんですから――!!」
キッと、凛々しくキメ顔をして、彼女は最初の敵に対峙した――。
「――というわけで、馬車道先……ぱ……い……?」
が、そこには誰もいず、ずっと先の方に、楽しく談笑をする「お姉様」と「妹」が歩いているのだった。
「ま、ま、ま、待ってぇぇぇ――」
泣きそうになりながら、阿倍野筋さんはばたばたと駆けていった。彼女の未来に幸あれ。
後には、ボクと、呆然としている広小路先輩が残されたのだった……。(二人で一体どうしろと……?)