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教室(2)

「ねえ、トリィ――」


 くだんの彼女が近寄ってくる。


「トリィったらぁー」


 ボクの名前は、一条通里いちじょう・とおりであって、断じて「トリィ」なんていう、羽根の生えた生物ではない。まして赤い門では決してない。


「また、いつものヤツがあったんだ、さっき。でね。でね――」


 本当に彼女――つなぐは、喋らなければ、ボクでさえ可愛いカテゴリーに分類してもいいとさえ思う。


「そんなことより、またやったでしょ、前の授業」


 ボクは、つなぐの問い掛けを制して、言った。


「な、なんのことかな〜」


 ひゅうひゅうと鳴らない口笛を吹きながら、つなぐは栗毛の柔らかい髪に両手を置いている。あからさまに、怪しい行動だ。


 つなぐは、小さい時から自分に都合の悪いことがあると、泣き真似をする癖がある。癖というよりは、完全に意図的なものなのだけれど。


 それと、例の「トリィ」って呼び名もちっちゃい時、口が回らない呼び方がそのまま、今の中学二年まで続いているのだ。つまり、躰は成長していても心は成長していないというわけなのだろう。(あ、躰も成長していたかな……?)


「……やっぱり、バレてた?」


 小さく舌を出しながら、片目を閉じてみせた。本当はウインクしているつもりなのだろうけど、つなぐがやるとどうもぎこちない。(それが可愛いのだという男子が若干数いるのが、まったく驚きだ)


「ホント、涙を出すのはテクニックがいるよのね。あんまり擦り過ぎると、目が真っ赤になっちゃうし、かといって、流石のあたしも女優さんみたく、自然と涙は出せないし――」


 くるっと身を翻しながら、つなぐは言った。


「おお、そうだ。この技を極めて女優を目指すのも悪くないかも。そうなったら、トリィ、あんたは有名人の知り合いってことになるのよ!」


 いつの間にか、大女優になってしまった彼女は、美術に使うスケッチブックをボクのカバンから強制的に取り出して、サインを書き始めた。おいおいおいー。


「そうだ。そんなことより、トリィ――」


 すぐにサイン書きに飽きたようで、ボクにスケッチブックを押し返した。そして、身を乗り出して、ボクに顔を寄せてくる。


「また、例のヤツ? つなぐ――」


 つなぐが必要以上に顔を寄せてくる前に、問い返した。


「そう――!!!」


 満面に笑みをたたえて、むふーと鼻息を出した。そして、またもや(こじんまりした)胸を張った。(これのどこが美少女なんだろう?)


 そして、彼女は大きく手を広げた。


「また”飛んだ”みたいなの――!」


 彼女の笑顔は、ボクを幸せにする。昔から何度も見ているけど、やっぱり何度見てもいい。


「今度はどんな感じなの――?」


 多少心配はしているのだけれど、ここはやはりさりげなく質問してみる。おそらく本人は、いつものようにあっけらかんとして答えると思うけど。


「う~ん。今回は本当に空を飛ぶ感じかなぁ。なんかね、高い空から地上を見下ろしているみたいにフワフワと空を泳いでいるみたいで。……そう、まるで魔法の絨毯に乗っているみたいだったなぁ……」


 遠い眼をして、つなぐは窓の外のグラウンドに視線を送った。


 ボクは、その横顔を見つめながら、ふと思う。彼女の世界は、きっと「ここ」よりももっと広いのだろう、と。


「つなぐちゃん――」


 突然、小さな声がした。ボクとつなぐは、同時に飛び上がりながら、その声の方向に顔を向けた。


 そこには、つなぐとは正反対の深窓の令嬢が佇んでいた。肩まで伸ばした黒髪を横で二つに束ね、深い翠の瞳が潤んでいる。(例のつなぐの「イカサマ」とは大違いだ)


 彼女は、両の手を胸の前で合わせて、ボクの幼馴染を見つめている。まるで、恋人を心配するかのような雰囲気だ。(あ、あれ……?)


「――大丈夫? どこか具合が悪いんじゃないの? 三知、保健委員だから、一緒に保健室に行こうか?」


 彼女は、阿倍野筋三知あべのすじ・みち。つなぐの親友らしい。……と、いうのも、ボクは、彼女とあまり話したことがないからだ。別に彼女ことを嫌っているわけではないのだけれど、どうも相手の方が……。


「だいじょぶ、だいじょぶ、みっちゃん。後でいつものお医者さんに行くし、特に問題ないから。まあ、トリィをからかっているだけで、十分元気になるから、ね!」


 と、言いながら、つなぐはボクの方を見ながら、にこにこ笑った。こういう時だけは、「カワイイ」んだけどね。


 そういう、つなぐを心配そうに見つめながら、阿倍野筋さんはボクに睨むような視線を投げてきた。……え?


「つなぐちゃんが、そう言うならいいんだけど……」


 阿倍野筋さんは、つなぐに駆け寄り、その手を取りながら、まるで泣きそうな表情で心配している。まるで恋人が不治の病に罹ってしまった、可憐な乙女のように――。(やれやれ)


 つなぐもつなぐで、なんだかまんざらでもないような顔をして、相好を崩している。お、お前たち、ま――まさか……。


 ――という冗談はさておき(笑)、授業は滞り無く過ぎていった。まぁ、毎度のことだけれど、例のつなぐの奇行が退屈な授業を楽しく盛り上げてくれるのだった。

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