公園(3)
そして――。
ボクたちは、例の公園にいた。もう陽が落ちているせいか、遊んでいる子はほとんどいない。あの可愛いコも姿が見えないようだ。
「それでは、つなぐクン、始めてくれるかな――?」
広小路先輩が、つなぐに微笑みかけた。何だか、ちょっと嫌な気持ちになってしまった。何故、だろう? いつもと同じ仕草なのに……。
「お願いね、道玄坂さん」
はいっ。先輩のご命令とあれば、たとえ火の中水の中、この可憐な命が燃え尽きようとも、必ずや完遂してみせますです、とつなぐは直立不動の最敬礼してみせた。
「それでは、参ります――!」
つなぐは、大きく息を吸い込んでから、まるで長距離走のスタンディングスタートみたいに身構えた。そして、タタタと走り出した。
「とお~~っ!!」
手近かにあった小石をめがけて、突っ込んでいく。で、タイミングよく、つまづいた。
どうだ――!
つなぐは、思いっきり地面にオデコをぶつけたようで、額を両方の手で押さえながら、皆の方に顔を向けた。
だが、何も変わった様子はない。
仕方ない、もう一度やってみる。と、言いながら、彼女は元のスタート位置に戻った。そして、再び走り出す。……
それから何度やったことだろう? 何度やってみても全然、成功しなかった。
「ど、どうして何も起こらないの……?」
つなぐは、呆然としながら、呟いた。
どうして……。ボクも信じられなかった。確かに魔法は使える。でも、その力を得た世界に戻ることが、できない。
「まあ、こういうこともあるわよ、道玄坂さん――」
ガックリ肩を落としている、つなぐに馬車道先輩は優しく声をかけている。先輩、その優しさは、彼女には酷というものです。
「ふんっ。まったく茶番ねっ。あんた、夢でも見てたんじゃないの? ちょっと信じた、あたしがバカだったじゃん――」
らいんさんが鼻で笑いながら、つなぐに罵声を浴びせかけた。らいんさん、お変わりありませんね。(苦笑)
「つなぐちゃん、落ち込むことないよ。きっと、調子が悪いだけなんだって。時間が経てば、絶対できるようになるって――」
阿倍野筋さんだ。こちらも平常運転のようだ。あからさまに、ここぞとばかりスキンシップをとっている。
「何が足りないのか。気象条件か、時間帯なのか……」
広小路先輩は腕組みしながら、しきりに首をひねっている。
それそれ対応はまちまちだったげど、やっぱりみんな失望しているようだった。
それは、そうだろう。みんなここに来るまで相当意気込んでいたからね。
全員がカメラとかビデオとか持参して、つなぐが走りだすたびに一斉にシャッター音とフラッシュ音が鳴り響くのだから。まるで、つなぐがグラビアアイドなんかと錯覚してしまったよ。
「……やっぱり、夢だったのかなぁ……」
つなぐは、がっくりと肩を落としながら、公園でブランコに腰掛けていた。ボクも隣で一緒にいた。
目の前に、実験に使った「小石』があった。まあ、実験といっても、単につまずいただけだったけれど。
本当におかしいなぁ。彼女が石につまずくたびに、意識が遠くなって、気がついたら魔法世界へ。
あっちの世界からも、魔法大戦の最中、走っているとき石につまずいた拍子に、意識が遠くなって、こっちの世界に戻ってきたのに……。
――意識?
ポクは、ふと気がついた。
ただ転ぶだけでいいのだろうか? 何か足りないような気がした。
そう思ったとき――。
「もう、いいや。帰ろ、トリィ。お家に帰って、ゴハン食べよ。当然、今日もウチで食べていくよね――?」
つなぐが、明るい声でボクに語りかけた。やっぱり、彼女は偉大だ。こんな時でも、いつもの『つなぐ』だ。
彼女は、腰掛けていたブランコの上に立ち上がり、大きくこぎ出した。あれ? この光景は……。
つなぐは、空中に身体を投げ出した。
制服(夏ver.)の上着がふわりと浮いた。そのとき、つなぐの白い脇腹が覗いた。うわ。これはこれで、どきどきするなぁ……。
と、目眩がした。
『あれ』だ。
それ以上、考えられなかった。もうボクの意識は空中に四散していた。最後にわずかな断片で思ったのは、転ぶ必要はなかったんじゃないか、ということだけだった……。




