道玄坂家(1)
大きくため息をついてみた。
あれから、ボクはつなぐの部屋に上がっていた。
小さい頃は、ちょくちょくお互いの家にお泊りする間柄だったのだけれど、最近はだんだん遠慮するようになってきて、今日はかなり久しぶりのつなぐの部屋だ。
つなぐのおばさんは、ボクの顔を見るなり、歓声を上げた。こういうところは、つなぐにそっくりなんだよね。
ご飯を食べて行きなさい、もう遅いからウチに泊まっていきなさい、取りあえずオウチの方にお電話しておかなきゃね、ああそうだった、通里クンのオウチの方って今海外にいらっしゃていたんだわよね、普段不便はないの? いつでもおばさんのところに御飯を食べにいらっしゃいな、ああ、そうだ、今日お隣から美味しい桃をいただいたんだわ、早速切らなくちゃあ――。
ふう。毎度のことだけど、つなぐのおばさんには、参ってしまうよ。つなぐも大概だけれど、もっと上手だもんなあ。
と、そんなこんなで、今の状況である。
昔は、全然気にも止めなかったのだけれど、何だか久しぶりの空間にどうも緊張してしまっているようだ。意識しているつもりはないのに、ちょっと心臓の鼓動が速くなっている気さえする。
そんなボクのことなどお構いなく、つなぐは久しぶりのマイルームのべットに寝っ転がりながら、枕元のティディベアをもてあそんでいる。確か、コイツの名前は、クマ太郎って言ったっけ。
この前、阿倍野筋さんと遊ぴに行ったとき買ったコだって聞いていた。とってもラブリーな目をして、あたしを見つめてたから、思わず連れて帰ってきちゃったんだ、とかなんとか。
そのコを抱きよせ、つなぐは頬擦りしていた。ふわふわもこもこしていて、気持ちがよさそうだ。
しばらく、二人とも無言で時を過ごしていた。それにしても、なんだか落ち着かない。それは、久しぶりの女のコの部屋にいるというばかりではなかった。
しかし、ウチの親の放浪癖が、こんな時に役立つとは思わなかった。もし、普通の親御さんだったら、そうそう他所の家に泊まることなんて許してはくれないだろうし、ましては年頃の女のコの部屋になんか、絶対に許可されないだろう。(そう考えると、つなぐの親御さんも大概なものだけど)
ボクの両親は、ある『研究』の専門家で、しょっちゅう家を開けて出歩いている。確か、今はNYにいるんじゃなかったっけ。メールが届いていたような気がするけど、常に移動しているから、正確な場所は把握できていない。
そんなわけで、一日くらい家を開けても全然大丈夫なのだ。ボクって自分で言うのもアレだけど、基本はマジメだから、余計に両親は自由奔放になっているのかもしれないけど。
「ねえ、トリィ……?」
ふいに、つなぐが声を発した。
「――あの世界、本当だったのかな……?」
いつになく真剣な表情をして、ボクを見つめている。
ボクは、もう一度、今日(自分の体感では一ヶ月くらいなんだけど)のことを、口に出して反舘してみた。
サークル活動の帰り道、『悪の秘密結社』に声をかけられて、逃げ出したら、つなぐが石につまづいて、魔法の世界に飛んでいって、しばらく魔法の勉強して、クラブ活動もして、それから再び『悪の秘密結社』と戦って(戦って?)、最終魔法発動の時にまたまたつなぐが石につまづいて(一体何度やらかすんだ)、元の世界に戻ってきて――。
ざっと振り返ってみても、何という波乱万丈な人生だろう。(苦笑)
うんうん、とつなぐが頷く。
「そうそう。まったく、その通りっ! やっぱり、あれはホントだったよねっ! ね、ねぇ――!!」
彼女は、胸の前で腕を組んで、大きく首を縦に振った。
「あ、そだっ!! まだ使えるかやってみよ、魔法――」
今まで寝っ転がっていたのを、急に飛び起きて、ベッドの上に立ち上がった。
両腕に抱えていたクマ太郎を、机の上にぞんざいに放り投げて(お〜ぃ)、その方向に両方の掌をかざした。
つなぐは、呪文を口に唱えながら念じた。浮き上れ浮き上れ浮きあがれ浮きあがれうきあがれうきあがれウキアガレウキアガレ……。
すると、クマ太郎はびくんと小さく痙攣した。そして、次第に力が抜けていくように見えた。
やがて、ゆっくりと静かに机から離れていく。
ついに空中に静止した。何の仕掛けもトリックもない。まだ魔法の力は残っている。と、すると――。
やっぱり、あれは現実だったのだ。
ボクは背筋がぞくぞくするのを感じた。禁断の夢オチなんかじゃなかったんだ。頭の中がパニックになりそうだ。
「いやっほぉっ――!!」
つなぐは、ベッドの上で小躍りしている。まったく、人の心も知らずに、やれやれだよ。
「見て見てっ、トリィ、トリィ! やっぱ、まだ使えるよ、魔法――」
なんだか疲れちゃったよ、つなぐさん。
ボクは、完全に明日解決しようと決めて、ベッドの隣に敷いてある布団に潜り込んだ。明日は明日の風が吹く、風が吹けば桶屋が儲かる……って、何だそれ?(笑)




