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虚空のイーム  作者: 伊藤
Ⅱ 衍曼
9/10

1 開展、所与

 ◇◇◇


 “エッダ”の艦政を話し合う場として設けられた会議室は、全面がガラス張りの仕様になっている。

 それは開かれた政治を志すという現艦長の意向であり、嫌がらせであると同時に皮肉だった。重要な案件が、開け広げられた会議の中で決定されることなどない。


 その日、会議室で議題にあがった内容も、そのほとんどは事前に調整済みの事柄に対する追認という意味合いが強かった。

 居合わせる十数名の中で、その上座中央に腰掛けた男は退屈そうな態度を隠そうともしていない。


 議事進行を務める彼のサポートAIが流麗な声で続けた。


「次に、試験運用中の人型機についてですが。船員の反応は上々です。これには先日あった摸擬戦――お披露目も兼ねた実演会が好評に終わったことも影響していると思われます」


 頬杖をついていた男、小童谷が片方の眉を持ち上げた。


「摸擬戦? ああ、例の? そういえばなんだかいい結果だったんだっけ」


 報告を遮られたAIは、嫌な顔一つせず自分の主人に首肯した。この場にいる最上位者の気まぐれな性格については、彼女も含めた全員が理解している。


「はい。対戦する二機に乗る操縦士が現撃墜王と、先日特例で訓練生扱いに上がった最底辺士ということで、勝負にならないのではないかという懸念も事前にはありましたが……結果は意外なものになりました。詳細についてはお手元をご確認ください」

「うん、ニュースは見たよ。凄いよねぇ。うちのエース相手にさ――」


 朗らかに良いながら、手もとに浮かびあがるホログラム・ディスプレイに目を走らせる。高瀬機、中破。対するリュクレイス機には大破判定という勝敗の結果と、そこから戦闘内容の推移についてざっと目を通して、


「でもさ、これって結局サポートが優秀だったってだけでしょ? 身体持ちの戦術AI乗っけて重くしてさ、良くて相打ちじゃ意味ないよね。それに、あんな機体運用じゃあとても実戦には使えないよ。修理がおっつかないとかコスト無駄過ぎとかそんな話より以前に、いつ敵に捕まっちゃうかわかったもんじゃないし」

「その通りです」


 うなずきながら、そもそも、と美貌の人工知能体は内心で考える。

 そもそも――実戦云々という話を持ち出すなら、強化処置も為されていない原体持ちを操縦者にするという時点でまずおかしかった。機体運用がどうこうという問題ではない。


 前提として奇妙なことは他にもあった。


 人型機同士の摸擬戦、という行為にもデモンストレーション以上の意味合いはないはずだ。あの機体は“巨人”という存在に対する決定兵器として考えられたもので、人型同士の戦闘など想定されていない。

 もちろん、同等の相手と戦えばどうなるかという試行は必然であり、必要でもある。パイロット同士の操縦技術を高めあう効果もあるだろう。


 しかし、そこにはもっと隠された意図があるようにも思えた。

 例えば、将来、あの人型同士で実際に戦うことを前提としているかのような――


 表情は動かさないまま、自身の中で一瞬に組みあがった無数の可能性について優秀な人工知能の女性体はそれ以上の思考を止めた。自律的限定判断の有無は、彼女達という存在を確立させた大きな要素の一つだった。


 沈黙の落ちた室内で、横目で隣に座る相手の様子を確認する。


「違うんだよなあ。僕は彼に、こういう風に頑張ってもらいたかったわけじゃないんだ。もっとこう……なんていうのかな。違うなあ」


 何事かを思い悩む男に声をかける相手はいなかった。


 最下級船員の人型機操縦士への抜擢。そして摸擬戦闘への選抜も決めたのはどちらも小童谷だ。

 理由は知らされていない。ただの気まぐれだろうと大半が理解していたから、それについて釈然としないなどといわれたところで、周囲から何を言いようもない。


 やがて、一人でうんうんと唸っていた男が顔をあげた時、表情はそれまでの苦悩などなかったかのように晴れやかになっている。


「――うん。決めた。やっぱり、彼には降りてもらおっか」


 ◇


 摸擬戦を終えた後、変わらず人型機の操縦訓練に励んでいた高瀬は、午前の訓練を終えたところでその通知を受けた。


「……そうですか」


 本人も自分で驚いたが、それを聞いた高瀬にさほど強い衝撃はなかった。


 半ば予想していた事態ということもある。

 高瀬の立場は、元々が異例中の異例だった。貧弱な肉体しかない人間を高価な人型機の操縦士に乗せる。それで一度ならず機体を損壊させているとなれば、そうした辞令が出たところで不思議はない。


 大いに不満そうなのは、むしろ高瀬にそれを伝えた相手の方だった。


「納得がいきません」


 整った顔立ちを怒らせながら、エイルが黒髪を振る。


「先日の摸擬戦内容は十分に認められるものでした。相手が同型機である以上、多少の被害はあって当然です。訓練内での事故も。それを理由に降ろすというなら、始めから乗せるべきではないではありませんか」


 冷静な彼女らしくない感情の露出を意外に思いながら、高瀬は苦笑して相手を宥めた。


「まあ、命令だからしょうがないさ」

「それは。そうですが。しかし――悔しくはないのですか、タカセ。これでは、」


 今までの努力が無駄になってしまいます。口ごもるように小さな声で囁いて、唇を噛む。

 高瀬は苦笑を大きくして、


「そりゃ悔しいし、残念だけど。でも、なんていうのかな。スッキリしたっていうか。ちょっとはやれたから。それだけで良かったと思ってる。ありがとう、エイル」


 自分より頭一つ小さい人工知能の少女の肩に手を置いて、高瀬は微笑んだ。


「エイルのおかげで、こんな風に思えるんだと思う。今までありがとうな」


 高瀬を見上げた少女が頬を染め、それから眉をひそめた。


「お別れのようなことを言わないでください、タカセ。悲しくなってしまいます」

「いや、でもなぁ」


 エイルというサポートは、高瀬が人型機を操縦するからこそ宛がわれた存在だった。それから降ろされれば高瀬を補佐する必要もなくなるが、エイルは毅然とした意志を込めた眼差しで首を振った。


「関係ありません。タカセの所属がこれからどうなるかはわかりませんが、生身である以上、サポートは必要なはずです。それに、」

「それに?」

「私はエイルです」


 肩に置かれた高瀬の手に自らの手を添える。そこから伝わってくる相手の誠意に、高瀬が何か言いかけたところに扉が開いてリュクレイスとフアナがやってくる。


「高瀬えええええ」


 栗色の髪をふわりと揺らした有性体は、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 慌ててエイルの肩から手を離した高瀬に抱きつく。


「うわ! ファナ、どうしたんだよっ」

「なんで高瀬がパイロット降ろされなくちゃいけないのさ! せっかく仲良くなれたのにー!」

「待って。苦しい! タップ、タップ!」


 強化された筋力で遠慮なく身体中を締め上げられた高瀬が窒息しかける。それを後ろから引き剥がしながらリュクレイスがため息をついた。


「やめなさい。……でも、本当に残念。高瀬、貴方ともっと訓練したかった」 


 物静かな撃墜王は、先日自分が敗れた遺恨など全くない表情で微笑んだ。


「ありがとうございます。リュクレイス級士」

「最後まで、私には敬語のままなのね」


 不満そうに唇を尖らせる。


「いえ、だって撃墜王相手にそんな」

「その撃墜王に土をつけたんだから、もっと偉そうにしてもいいんじゃない? 私、ちゃんと本気だったわよ? 次があったら、今度はやられないつもりだったのに」


 少しだけ悔しそうな響きに、高瀬は苦笑いを浮かべる。

 先日の模擬戦闘で高瀬がとった戦術は、決して褒められるものではなかった。二度は通じることもない。要するに奇襲が上手くいっただけで、勝ったなどとは当の本人も思っていなかった。


「ただのまぐれです。あれが、自分の限界だと思います」


 幾ら訓練を続けようが、生身の身体であの人型機が秘める性能を使いきることは出来ない。

 はっきりと高瀬はそれを理解していた。


 それでも、自分の無力さに打ちひしがれるのではなく。あの時の戦闘では悔しさを噛みしめながら見上げるしかなかった相手に、何かが届いたのだから――ふと大事なことを思い出して、高瀬は銀髪の級士に向かって頭を下げた。


「忘れてました。……リュクレイス級士。あの時は、自分のことを救ってくれてありがとうございました。お礼が遅れてしまって、すみません」


 級士からの返事はなかった。

 顔をあげた高瀬に、今度はそのリュクレイスが近づいた。力を遠慮してしがみつき、柔らかく抱きしめる。


「級士――?」


 困惑した高瀬が尋ねるが、相手は彼の肩に顔を押しつけて上げようとしなかった。


「……馬鹿。そんなこと、今言わないでよ」

「あー、リュイばっかりずるい!」


 フアナまで再び抱きついてきて、高瀬は全く身動きが取れなくなる。

 二人分の重みと温度。それに髪からの香りに心臓の鼓動を早めて、はっと背後からの視線に気づく。


 エイルが冷ややかな眼差しを高瀬に向けていた。


「嬉しそうですね、タカセ」

「そ、そうかな」

「乳ですか。やはりタカセも所詮は永劫に呪われた哺乳類ということでしょうか」

「なんの話だっ!?」


 そこに、扉の外からテオが入ってきて目を丸くする。


「なにやっとんじゃ、お前ら」

「あ、整備長――機体、すいませんでした。それと今まで、ありがとうございって、二人ともちょっと離してくれっ」

「美人を二人も侍らせながら礼とは、お前さんも随分と偉くなったもんだな」


 楽しそうにかかと笑って、少し離れたところで面白くなさそうなエイルを見てさらに笑った。

 級士二人を引き剥がそうと必死な高瀬の側までやってくると、白髪の整備長はその胸元を軽く叩いた。


「謝る必要はない、“級士”。戦闘の結果だ。操縦士が結果を出して機体と無事に戻ってくる。それをまた直すってのが、整備士の誉れだよ」


 思わず目頭が熱くなり、それを拭う為の両腕はそれぞれ両側から封じられてしまっている。高瀬は悲鳴をあげた。


「そろそろ本気で離してくれ!」

「ヤダ!」


 きっぱりとフアナ。


「整備長、整備長からも上にかけあってよ! 高瀬、パイロットから降りなくたっていいじゃんっ」

「んなことを儂に言われても困る」


 テオは渋い表情で顎を撫でた。


「こないだの戦闘は立派なもんだったが、あれを正当に評価するわけにもいくまい。なにせ、あの機体は元々、決戦用ではなく殲滅目的だからな」

「整備長のケチ! ジジ!」

「爺で悪いか、小童。今生の別れでもあるまいし、そこまで騒ぎ立てんでもよかろう」

「……テオ、タカセはこれからどうなるのです」


 エイルが静かな声で訊ねた。

 高瀬やリュクレイス、フアナも顔をあげて相手からの返答に注目する。


 テオは不思議そうに目を瞬かせた。


「なんじゃ、お前らまだ知らんのか。パイロット連中はわかるが、アリィ、お前もか?」

「なんのことでしょうか。――やはり新しい辞令は来ていません。今の私に許された領域情報にタカセに関わる内容は見つからないと思いますが……」

「ああ、なるほど。だったら仕方ないな。……しかし、情報制限とは――まあいい。なら、ついてこい。小僧、お前さんの新しい職場に案内してやる」

「職場?」

「そうだ。高瀬。お前さんの新しい機体だよ」


 四人はお互いの顔を見合わせた。



 そこにあったのは黒い戦闘機だった。

 高純窒化炭素材を基にした超硬装甲自体は、決して見慣れないものではない。それだけなら高瀬が前に乗っていた“弾丸”も同じである。


 違うのはまずサイズで、目の前の機体は“弾丸”の倍近くは大きかった。

 質量が増えれば積載する燃料量も多くなる。推進力、あるいは航続時間の延長も可能になる一方、被弾面積も当然大きくなる。


 その辺りを追求した結果が、既存の宇宙戦闘機の規格だった。燃料は片道分を考えればよく、可能な限り速く、相手にぶつけられるように。


 ならば、それから肥大したこれはいったい何なのだろうと、高瀬は説明を求めて顔を向けた。

 白髪の老人が頷いて口を開く。


「見て判るとおり、これは特攻機ではない。支援機だ」

「支援機?」

「そうだ。加速、停止。方向転換。それらの一々に推力を必要とする宇宙環境では、燃料問題は常に頭が痛い。実際、人型機の一番のネックはその稼働時間の短さだ。より激しい機動を行う程、問題は増大する。なんとか今の質量サイズを維持したまま、それを解決できないかと考えて――なら、戦闘宙域までの移動を別の物にさせればいいのではないか、というわけだ。それがこいつだ」

「じゃあ。人型との連携っていうのが、これの運用思想なんですか」

「そうだ。武装もある。まあ、大したものではないがな。基本的には一撃離脱だ。人型を運び、その後は敵を撹乱する」

「……人型機の代わりに、的になれということですね」


 エイルの言葉に、老人はあっさりと頷いた。


「そういうことだな。だが、特攻しろとは言われておらん。これは大きな違いだと思わんか?」

「これには辺士が乗るんですか?」

「お前さんの機体だと言っただろう。人型と違って慣性制動がシンプルだからな。操作も同じく」

「なら、もう辺士の皆が特攻なんかしなくてもいいんですね!」


 高瀬は顔を輝かせた。しかし、テオはそれに首を振る。


「残念ながら、そうではない。あくまで“弾丸”が弾幕を張って飽和攻撃をしかける。その後に投入される“人形”の、限定支援という意味合いでしかない。それもまだ、ちょっと試してみようかというだけだ」

「そんな……」


 肩を落とす高瀬の頭を老人が叩いた。


「馬鹿たれ。なにをうなだれとる。支援機の運用試案は前からあった。それが採用されなかったのは、わざわざ強化した操縦士を、人型機より撃墜確率が高くなるこれに乗せることのコストを考えたからだ。だが、先日の摸擬戦で上の考えが変わったらしい」


 高瀬は顔を上げる。

 テオはそっけない態度のまま告げた。


「誇れ。お前さんが可能性を提示した結果だ。適正のない生身の身体でも、ミサイル以外に使い道があるかもしれないぞ、とな」


 ――無駄なんかじゃなかった。


 思わず目を潤ませかけて、高瀬は慌てて全員から顔を隠した。なんでこんなに涙もろいんだと自分が恥ずかしくなる。


「ありがとう、ございます」

「なんの礼だ」


 老人は顔いっぱいのしかめ面だった。


「テオ。私もこの機体に乗れるのですか?」


 それこそが最も大事なことであるというように、エイルが訊ねた。


「……あるいはな。だが人工知能に内包される膨大な情報の流出は、絶対に阻止しなければならん。アリィ、もし同乗が許されたとしても、お前さんにはその為の処置がなされるだろうよ」

「わかりました。その程度のことなら問題ありません」


 こともなげにエイルは頷いた。


「ね、整備長。僕とリュイが関わるってことはさ。ようするに?」


 我慢しきれない様子でフアナが口を挟んだ。


「ああ。一機の支援戦闘機で二機の人型運用を予定しとる。リュクレイス、フアナ。お前さんら四人でチームということだ」

「やったー! また高瀬と一緒!」


 飛びつかれ、高瀬はそのままフアナと一緒に低重力の室内を流れかけた。その手を掴んだリュクレイスが、引っ張って二人を押し留める。


「びっくりした。でも、これからよろしくね。高瀬」

「はい、リュクレイス級士……よろしくお願いします」


 涙ぐんだ表情を誰にも見られないように視線を逃がそうとして、高瀬は自分を見つめる人工知能の少女の視線とぶつかった。


 少し離れて小さく微笑んでいる相手に、高瀬は手を伸ばした。


「エイル」


 呼びかけると少し戸惑うような表情を浮かべる。

 それから、彼女はそっと高瀬の手を握り返した。



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