6 訓練、無様
◇
翌日。訓練所を訪れた高瀬を迎えたのは、これから訓練を共にする級士達の興味深げな視線と、それを取り巻く整備士達からの冷ややかな視線だった。
同僚候補の手並みを拝見といった操縦者達より整備士達の視線が厳しいのは、実際に彼らが機体を組み立て、日々の努力の全てを傾注させることを考えれば当然と言える。どれほど機械技術が発展しようと、最終的に人の手で動かすものを創り上げる以上、人の手を完全に離れることは不可能だった。
「――高瀬。こっちだ」
高瀬の姿を見つけたリュクレイスが呼びかけた。口調が硬いのは公私の分別、というよりは“エッダ”の誇る撃墜王が業務中に自然とそうなる癖の類である。
同僚のフアナの姿はない代わり、銀髪を邪魔にならないよう後ろにまとめた傍に初老に程近い容姿の男性が立っている。気難しげな雰囲気の持ち主が、じろりと高瀬を睨みあげた。
「お前さんが茶番の主役様か」
ほとんど憎悪のこもったような口調に高瀬が答えに詰まる。リュクレイスが口を開いた。
「……彼が、お話した高瀬級士候補です、整備長。高瀬、こちらが我々の機体を手がけるテオ整備長だ。整備長は同時に、エッダの技術開発主任も兼任されていらっしゃる。今日は、お忙しいところを君への教習にお時間を割いていただいた」
「ただでさえ忙しいのに、いきなり馬鹿げた命令を受けてこの二日は昼も夜もない有り様だ。辺士、お前が医療カプセルでよい夢を見ていた間にな。まったくあのアホは、儂のことをなんだと思っとるのか――」
忌々しげに呟き、見事な白髪を掻く。
「まあいい。無駄な時間をこれ以上増やしたくない、さっさと始めるぞ」
「よろしく、お願いします」
緊張した返事をかえす高瀬にテオが鼻を鳴らした。無言で背後に控える人工知能の少女に気づき、唇を歪める。
「“アリィ”か。懐かしいな」
「お久しぶりです、テオ。貴方の主観時間で約三十年振りになりますね」
「何々カウント、などと言ってくれなくて良かったよ。桁を数えるだけで気が遠くなるからな。またお前さんがそうやって歩いているところを見ることがあるとは思わんかった。……お前さんも難儀だな。こんなくだらんことに付き合わされて」
「私は私の務めを果たすだけです。貴方にもそう望みます、テオ」
不機嫌に皺を集めた表情に初めて笑みらしきものを浮かべ、老人が顎をしゃくった。
「説教臭いところは変わっとらん。――ついてこい」
案内されたのは模擬戦闘等も行われる広い球状の空間、そこに隣接する一室だった。前方の強化ガラスの向こうに、無重力に浮かんで巨大な人型の機体が佇んでいる。
「マニュアルには少しは目を通しているか? 辺士」
「は――」
高瀬は答えに迷う。通したは通したが、結局は最低限必要だと抜粋された半分にも届いていなかった。
「タカセには私から必要と思われるデータを抽出して提示しました。最低限必要と思われるものは確認済みです。すみませんが、大部分は省かせてもらいました」
「そうか。まあ、お前さんの判断なら問題なかろうよ」
旧知の仲であるらしい人工知能について、テオは強い信頼を抱いている様子だった。
改めて自分のサポートをしてくれる存在の頼もしさに高瀬が感心していると、老人がその胸倉を掴んで強引に引き寄せた。
「いいか、辺士。マニュアルのどこにも載っとらん、一番大事なことを教えてやる。知っての通り、宇宙で最も貴重なのは資源だ。人命ではない。水。無機物。そしてこれからお前さんが触る人型機はコストの塊と言える。具体的には、お前が昨日まで乗っていたアレの一千倍以上かかっとる。パイロットなしの段階でだ」
力強く囁く。
「それを扱う操縦者の育成にもまたくだらん程のコストがかかる。時間もな。複製、促成にも限界がある。儂は機械主義も自然主義もお断りだが、無駄は好かん。お前さんの立場には同情しても、はっきり言って迷惑なんじゃよ。だから――せめて、機体だけは壊してくれるな。お前さんが壊れるのは一向に構わん。そちらの方が格段に安上がりだからな。お前さんが今まで生きてきた時間の全部とこいつ、比較したらどのくらいのコスト差になるか聞きたいかね?」
聞くまでもないことだったので、高瀬は黙って首を振った。よしと頷いた老人が手を放す。
「人型機というのは、元々は船外資源掘削用を再設計したのが始まりだ。大気圏内や重重力圏下での運用ははなから考えられとらんかったし、間違っても純軍事用とも言えん。互いの相対速度をあわせにゃならん宇宙戦闘で、どうして互いに示し合わせて殴りあうことになる? 無人機に推進剤を詰め込んで飛ばした方がはるかに効率がいい。ならどうしてそんな代物を作ってるかといえば――お前さんも知るように、普通のやり方じゃどうにも上手くいかん連中がいるからだな。つまり、相対速度差を考えんでいいが、無人機をいくら投入したところで効果があがらん。ここまではいいな?」
「……はい」
「人型というのは、重力の井戸の底で濃い大気に悶え苦しんどったからこそ当然であり、自然だった。だがまあ、我々にとって一番慣れ親しんだ格好であることも確かだ。畢竟、意識とは形に宿るのよ。人間が人間としてこの宇宙にあろうとする以上、人型という概念自体は決して馬鹿げたことでもない。壮大な無駄では、あったとしてもな」
ちらりと男の視線が高瀬の傍に控える人工少女を見たが、黒髪の少女は無言のまま応えない。
「さて。忙しいと言っとるわりに自分でえらい長話をしたが、辺士。お前がこれから乗る機体はそういうモノだ。汎用といえばそれらしいが、実際には思想も運用もまるで洗練されとらん、無駄の固まりと言える。そして、だからこそ出来すぎる。特にお前さんにとってはな」
「――出来すぎる?」
「実際に体験してみるのが早かろうて」
「待ってください」
黒髪の少女が顔をしかめた。
「テオ。いきなり直乗というのは、あまりにも――。訓練用のシュミレータがあるはずでしょう」
「あるが、今は使えん。そもそもこいつの操縦系統は棹じゃない。環だ。シュミレータも当然そうなっとる」
「しかし、だからといって」
「わかっとる。今、うちの若い連中が装置に外付けの棹をおっ立てとるとこだ。それが終われば使える。なにせ機体の換装だけで大わらわだった。仕事が遅いと怒ってくれるな?」
「……時間を無駄にするな、と言いたいのですか」
「まずは機体に触れてみなければ始まらん。そうじゃないかね、アリィ」
老人と少女が睨み合った。
やれやれとテオが肩をすくめる。
「相変わらず過保護だな。儂が嫌がらせでやっとるとでも?」
「事態は普通ではありません。警戒は当然でしょう。テオ、貴方が今回の件について不愉快に思っていることも間違いないのですから」
「感情を仕事に持ち込むほど若くはない。まあ、好きにすればいい。今日一日待てばシュミレータの調整も終わろうさ。それまで眠くなる座学に励んでおくのも、機体に触れるのも、決めるのは儂じゃない。アリィ、お前さんでもないな」
テオが高瀬を見た。
「整備長。やはり、まずはシュミレータから」
「――乗ります」
訓練官を任じられた立場にあるリュクレイスを遮って、高瀬は口を開いた。
「乗らせてください。あの機体に」
「よかろう」
老人は皺を刻んでつまらなそうに頷いた。
人型機の操縦席は実際以上に広い印象を持っていた。
それは操縦棺と揶揄される“弾丸”に比べれば天と地ほどの差で、両腕を伸ばして振り回すことさえ不可能ではない。シート後方にも余裕があり、先日の戦闘で少しだけコクピットを視認していた高瀬は、そこに増設して何かが足されていることに気づいた。
人工知能が直接乗り込んで、操縦補助をしてくれるということを思い出す。つまりは複座。質量と運動量、そこに必要とされる推進量は密接に関わるのだから、操縦者を二人に増やすことは決してよいことではないはずだった。
しかも、その操縦者の一人に生身の肉体を持った人間を使う――サポートAIが訝しんで当然の疑問を、高瀬は頭から追い払った。今は、目の前に集中しろ。
「――辺士、聞こえるな」
広大な仮想訓練球室の内部で、宛がわれた機体に乗り込んだ高瀬の気密服に通信が入った。
「はい」
「さっきも言ったが、機体操縦は両環によって行われる。掌、指先。そこからの有機接触による。そして辺士、お前の身体にはその為の機能が一切備わっていない。お前さんに馴染みの深い棹式に換装したところで、如何せん伝えられる情報量が圧倒的に少なすぎる。実際にはアリィがサポートすることになるが、始めからそれでは意味がない。まずはサポートなしに、身の程を知れ。理解したな」
「理解、しました」
「よし。操縦方法は頭に入っているな? なら、“踊って”みろ」
じわりと手のひらに汗がにじむ。指示を受け、ゆっくりと右腕だけをわずかに動作する。重心を中心として運動が生じ、機体が緩やかに回転を始めた。
人体でもそれの質量を増大させた人型機でも、宇宙における法則は変わらない。物体が何者かに運動を与えず、何者かから与えられない以上、推進はない。
宇宙に生きる者にとって呼吸と等しく基本的な事柄であり、重要でもある行動を改めて確認するように、高瀬は細心の注意を払って操縦を続けた。
すぐに違和感の怪物が高瀬の全身を貫いた。
何かが違う。何もかもが違う。
視界が揺れた。四肢の運動によって起こる反作用が、全周の慣性制動によって強引に取り消される。その感覚が高瀬には追いつかない。
わずかな動揺が操縦棹に伝わり、それを何倍にも増幅して機体に運動させる。
やがて、高瀬の乗る人型機は、まるで真空中で呼吸に悶え苦しむようにその場で回転しながら手足をばたつかせ始めた。
その格好の無様さに、訓練の様子を見守っていた級士や整備士達から嘲笑の波が生まれる。しかし高瀬はそれに気づかなかった。その余裕がない。
まるで生まれて初めて宇宙遊泳に際した幼子のように、彼はただ足掻くに足掻き続けた。
際限なく視界が回り、感覚がずれ、意識が混濁する。堰を切って、熱く苦しいものが喉頭を逆上ってくる。
高瀬は、自らの吐瀉物の海に溺れた。
外部からの強制介入で機体の運動を停止し、開いたコクピットの中で既に高瀬は意識を失っている。
ぐったりとした辺士が医療室に運ばれていった後、操縦席に散乱した汚物の清掃をしたのは黒髪の少女の姿をした人工知能だった。
それを後ろから見守りながら、老人が声をかける。
「甲斐甲斐しいな。今のお前さんの主は、悪い相手ではないのか」
「貴方の言う良い悪いはわかりませんが、タカセは嫌なマスターではありません」
後ろを振り返らないまま彼女は答えた。
「そうだな。だがそんな事とは関係なしに、出来る事と出来ない事はある。お前さんにもわかっとるだろう」
「わかっています。わからないのは、わかっていながら何故こんなことをさせるのかということです」
「お前さんはAIだからな」
女性体が振り返った。
「貴方にはわかるのですか、テオ。小童谷艦長はいったい何を目的としてこんなことをさせているのです」
「さて。わかりたくもないが――」
苦みばしった表情で男は鼻を鳴らした。
「自然主義、機械主義連中へのちょっかい。船内ヒエラルキーへの警鐘。新型機の政治的宣伝。そんなものではあるまいよ。あったとしても、そんなのは瑣事に過ぎんはずだ」
「では、いったい」
「ただの暇つぶしかもしらんな。怒るな、本気で言っとるんだ」
「……小童谷艦長は、苦手です。彼は私や、私のような立場からもっとも遠い存在と言えます」
「そうだな。だからこそ人間らしいヤツだとも言える」
自分自身の台詞に嫌そうな顔を浮かべ、白髪の老人は続ける。
「あの男は宇宙で一番、始末が悪い。アリィ。あの男を出し抜くとか、企みを見抜こうとか、そういうことは考えん方がいいぞ。やるだけ無駄だ。考えるならどう被害を抑えるか、被害を自分以外に押しつけるか。そちらにしておけ」
「忠告ですか?」
「これでも、お前さんのことは友人だと思ってるからな」
皺くちゃの顔面でぶっきらぼうに告げられた台詞に、黒髪の少女は小さく首を傾げると、微笑んだ。
「ありがとう、テオ。私も貴方を大切な友人だと思っています」
「……後はうちの連中にやらせておこう。お前さんは、マスターの元へいってやれ。小童谷の悪趣味は今さらではないが――あの小僧は不憫だ。道化を強要されてるだけで、哀れすぎるよ。生身の生まれには辛かろう。身体も心も。お前さんの助けが要る」
「わかっています。その為に、私はいるのですから」
迷いのない声で彼女は言った。