5 転居、思惑
その場に残った事務官から様々な説明を受け、様々な装備と物資を受領する。
治療箱にいる間に採寸されていたらしい真新しい気密服を受け取った時は、今まで使っていたのは前に誰が着ていたかも定かでないお下がりばかりだったから素直に喜んだが、続けて護身用にと武器を渡され、高瀬は我が目を疑った。
それは用途に合わせて高圧電流と質量弾を使い分けられる代物だった。生まれてこの方、銃を撃ったことなどない高瀬の表情を見た事務官が告げる。「念の為ですよ、辺士」
さらに受領が続く。データをわざわざ薄紙に転写した紙媒体の感状。同じく高瀬の所属変更を伝える任官状。梱包された日用品や装備の数々。
「辺士への連絡伝達は、全てそちらの“アリィ”を介して行われます。その他、日常生活における支援に必要な機能も彼女は備えていますが、予備としての装備も厳重に保管しておいてください。特に日頃から身に着けておくべきものはありません。これからは、辺士の艦身分も彼女によって保証されます」
大小様々なパッケージを詰め込んだ箱を次々に押しつけられ、説明官が去った後には高瀬は両手に山のような荷物を抱えることになった。
「――なにがどうなってんだよ、もう」
言い知れぬ疲労感にげっそりとして呟き、前衛的な角度で積み上げられた荷物がバランスを崩しかけて、横から黒髪の少女がそれを支えた。
「タカセ。私が持ちます」
「ああ、いや。大丈夫だ。これくらい……なんとか」
「いいえ。ここはまだ基準重力の半分ですが、居住区に下りたらそうではありません。今の状態での歩行及び運搬は非常に危険です」
「あ、そうか。じゃあ頼む。――居住区? 寄宿区じゃなくて?」
全ての辺士達が住み込む、蜂の巣を模した構造の居住スペース内に高瀬の住居はあった。
「説明を聞いていなかったのですか? タカセ。貴方の住まいは今日から、寄宿区ではなく一般居住区に移ります」
「……なんで?」
「それはもちろん、今まで貴方が居住していた個人用スペースでは、私も一緒に寝泊りするのには窮屈すぎるからです。私は気にしませんが、タカセが辛いでしょう」
「……なるほど」
頷きかけて、高瀬は通路の向こうから手を振ってくる人物の存在に気づいた。
「やっほー」
リュクレイスとフアナだった。
「今からお家にいくんでしょ? 僕達も一緒するよ、荷物貸してっ」
「いや、級士達にそんなことしてもらうなんて――」
「いいからいいから。高瀬くんより力あるよ? アリィとは、どうかな。さすがに負けちゃうかな。高瀬くんは病み上がりだけど、女の子一人に荷物持たせとくってのもなんだか抵抗あるでしょう?」
「女の子三人に持たせるのは、もっと……」
抵抗する。不思議そうにフアナが瞬きした。
「変わってるね。高瀬くん」
「そう、でしょうか」
「うんっ。僕、嫌いじゃないよ。というわけでこの荷物、もらったぁ」
「フアナ級士。いきなり荷物を抜き取るのはやめてください。危険です」
「あはは、ごめんごめん。アリィ、僕の識別呼称はファナだけでいいよ。高瀬くんもよかったらそう呼んでね」
指示を仰ぐように人工知能の眼差しが高瀬を見た。高瀬はなんとなく視線をリュクレイスに向ける。苦笑がそれに応えた。
「本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」
「……わかりました。よろしくお願いします、ファナ級士」
「口調は変わらないんだ! まあ、これから仲良くしようよっ。明日から一緒に訓練する仲なんだし。というわけでレッツゴー。あ、番地ってどの辺り?」
割り込む間もない。さっきもあったような押しの強さに閉口していると、くすりと微笑したリュクレイスが高瀬の手元に残っていた小さなパッケージを取り上げた。
「ああいうコだから気にしないで。さ、行きましょ」
肩をすくめて歩き出す。
高瀬はため息をついて、前を行く人工知能の少女と、その同世代の友人にしか見えない小柄な級士。それに続く銀髪の後ろ姿を追いかけた。
◇
「これは酷い。ですね」
冷静な口調で、呆れたように黒髪の少女が言った。
船内地理を網羅している彼女に案内され、高瀬達が辿り着いた先にあったのは古びた一軒家だった。旧時代の精神性と美観の復元を図り、結局は不便だからといってほとんど利用されることのないまま放置されていた住居は、人の手から離れている長さもあって廃墟と化した外観でしかなかった。
「見たところ、普通の生活をするにあたっての強度には問題ないようですが、緊急の慣性負荷がかかった時にどうかまでは、もう一度念入りに確認しておいた方がよさそうです」
立て付けの悪い引き戸を横に流しながら報告する隣で、フアナが不安そうに眉をひそめている。
「うん。ていうか、どうしてこんなとこなんだろ。だってこの辺り、治安だって……」
多くの船員が住む“エッダ”には複数の一般居住区が存在する。居住には日々の生活と、さらには文化体系を保つという側面もあったから、その多様性も可能な限り認められる様式になっていた。
その一地区、高瀬に宛がわれた住居のある一帯は数ある居住区の中でも犯罪の頻発するエリアだった。そこにいる住人も専ら下層船員ばかりで、失踪や理由不明死が起こることも度々である。
「急だったから良い場所が見つからなかったのかな。それにしたって、もうちょっとありそうなもんだよねぇ」
納得がいかなそうなフアナの横で、黒髪と銀髪の二人が沈黙している。表情はそれぞれ何事かを思案している様子だった。
高瀬は頭をかいて、
「でも、まあ、嬉しいよ。こういう家って昔の祖先とかが使ってた造りのはずだし」
「あ、高瀬ってニホンジンなんだよね」
「らしいってだけで、全然実感ないけど。でも、こんなに広いだけでちょっと気持ちいいかな」
「えー、確かに広いけど。なんだか怖いなあ。慣れてないせいかな。ね、高瀬。よかったら僕達の部屋に来る? ここより広くはないけど、便利だし、綺麗だよ。ねえ、リュイ。駄目?」
「駄目じゃないけど。止したほうがいいと思う。多分、認められない」
「この配置は意図的なもの、という意味ですか?」
機械的な確認に、それを見返したリュクレイスが小さく頷いた。
「きっと。だって、いくらなんでも、ここよりもっと利便性のいい場所がないわけないもの。エッダは広くて、余剰スペースには事欠かない。そういう風になってるんだから」
「私も同意見です、タカセ」
黒髪を揺らした少女が同調した。
「今回の指令は非合理的すぎます。強化人体を前提として開発された機体運用に、原体のままで訓練させようというのがまず理屈におかしいでしょう」
それは俺もそう思う、と高瀬も納得する気分で頷く。
「俺なんかに使えるわけがないよな」
「はい。そんなことはわかりきった事です。それでいて、このような指示があるということは、何らかの思惑があるはずです」
「嫌がらせか、それともやっぱり懲罰かな」
高瀬の台詞に、リュクレイスが薄く唇を噛む。
「わかりません。仮に非合理ではないのだとしたら、表層に出ない理由。――例えば、政治的な理由というのも考えられます」
人間の速度を越える思考計算を重ねたAIの少女が、ちらりと傍らの相手を見上げた。
「リュクレイス級士。私は、全力でタカセをサポートします。それが今の私の存在観念に位置付けられていますから」
「……ええ。そうね」
「何か知っていることはありませんか? あるいは、気づいていることでも。私のようなAIでは、貴方がたの考え得る妥当解を正確に取捨するのは難しいのです」
最上級士として“エッダ”で飛びぬけた操縦性能を誇る銀髪の有性体は、細い眉を寄せて長い髪を揺らした。
「わからない。ごめんなさい。私もただのパイロットだから。けど、アリィの言っているように、おかしな命令だってことはわかる。あれを操縦するなんて無茶だってことも絶対にそう。だから、私が思うのは――」
そこで言葉を区切り、艦の撃墜王は戸惑うように言った。
「高瀬に期待しているのかなって。思う」
「……タカセというソフトに有用性を感じているのなら、ハード面を強化すればいいことです。私のように外付けではなく、タカセ自身を。それをしないというのは、やはり何かの思惑があってのことなのでしょうね」
ふと、そこで彼女は言葉を切った。
「タカセ。ファナ。どうしましたか?」
「いや。なんとなく、話に入っていけなくて」
「とりあえず荷物置こう! 休もうよっ」
三人で一番多くの荷物を引き受けていたフアナが、痺れを切らして大声を上げた。
埃の積もった宅内を清掃し、日用生活に必要な小物を買い集め、受領した装備品を開封して詳細を確認する。時間は一気に流れ、艦内放送が夜時間の訪れを告げた。
艦内部の度量衡を含む基礎単位系には古代の地球環境のそれが適用され、平均太陽日から一日も24時間に設定されている。
「わ。もうこんな時間だ。リュイ、そろそろ帰る?」
内装の色合いについて人工知能相手に議論を白熱させていたフアナが顔をあげた。
「それとも泊まっていっちゃおうか」
「なに言ってるの。帰るわよ」
高瀬はぎょっとしたが、彼女の同僚は素っ気なく肩をすくめて応じなかった。
「ちぇー。了解、じゃあ高瀬、またね。明日から訓練がんばろっ」
「うん。ファナ、ありがとう。リュクレイス級士もありがとうございました。帰り、気をつけてください」
「私とファナに襲い掛かってくるような人はいないわ」
銀髪の撃墜王がくすと微笑んだ。フアナが両手を握ってみせる。
「そうだよ。僕たち、強いんだから」
「高瀬、君こそ気をつけてね」
「はい。一人じゃ外は出歩きません」
高瀬は笑ったが、相手は冗談のつもりではなかったらしかった。物憂げに頭を振る。
「それもだけど。家の中でも。防犯や、自衛の心構えは忘れないで」
「……やっぱり、そんなに危ないんですか。この辺り」
「君のことは、映像報道でもう流れてるの。昼間の艦長との面談も。君の立場は注目されるから、きっと周囲は騒がしくなると思う」
「注目?」
「生還者。生身の身体。新型の操縦訓練。どれも人の目を惹くわ。だから、気をつけて。保安部門には報告しておくけど、エッダの全域をカバーするのは難しいから――私のプライベート通信先、教えておくわ。なにかあったらすぐに連絡して」
手のひらを向けて来る彼女の行為に応えられない高瀬に、リュクレイスが頬を染める。
「ごめんなさい。生身だったのよね。じゃあ、アリィ。貴女に伝えておけばいいかしら」
「はい、リュクレイス級士。……受信しました」
互いの手のひらをあわせてデータを受け取った人工知能の少女が、からかうように長身の相手を見上げた。
「リュクレイス級士は猫派ですか?」
理知的な美貌を持つ有性体の表情がさらに赤く染まった。
「――他の人には、秘密にしてね」
「了解です。ちなみに級士、私も猫です」
「そう。じゃあ今度、猫のお店にでも行きましょう。いいお店があるの」
「楽しみにしています」
高瀬にわからない話題で彼女達は微笑みあった。
「それじゃあ、高瀬。また明日」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「またねー! 明日から大変だから、今日はゆっくり休むんだよっ」
二人の級士が去り、空気の薄くなったような室内で高瀬はほうっと息を吐いた。
「タカセ、疲れているでしょう。休みますか?」
「ああ。……いや、機体のマニュアルとか、そういうの読んでおくよ。俺、飲み込み遅いし。なんでこんなことなってるかさっぱりだけど、せっかくだから。初日から馬鹿にされたくない」
目覚めてから突然のことばかりで彼は戸惑っていたが、それでも自分がするべきことは理解していた。それに、と内心で続ける。純白の人型機。あれに乗ることが出来るんだから――
銀髪の級士が言ったように、あの機体に対する強いわだかまりが彼の内部にはある。だがそれと同時、操縦者であれば心が踊らないはずがなかった。意気込みに体温を上昇させる高瀬に、黒髪の人工知能少女は冷静な眼差しでそれを眺めて、ほんの少し口元をほころばせた。
「わかりました。しかし、タカセ。たった今確認しましたが、該当するマニュアルのデータは膨大です。とても半日もない時間で把握できるとは思えませんが」
「ああ、そりゃそうか。膨大って、どのくらい?」
そうですね、と簡単に少女は言った。
「貴方が先ほど受け取った任官状。あのサイズに換算すると、ざっと二万枚ほどになります」
「……無理すぎる」
今から一晩中をかけても、彼の能力ではその半分さえ読み解くことさえ困難だった。高瀬の熱意が冷めかける前に、彼をサポートする人工知能が続けた。
「ひとまず、私が必要な箇所に限って抜粋します。スペックの詳細などは無視してかまわないでしょう。所詮、機体は操縦してみなければ始まりません。前提として頭に叩き込むのは操縦法と禁止事項。タカセ、貴方には“弾丸”の操縦とその訓練経験があります。それとの類似点と相違点、そこから少しでもイメージを蓄えておきましょう」
「ああ、そうだな。……助かる、アリィ」
「貴方のサポートが私の仕事です。感謝されることではないと思います」
慣れ親しんだ反応に高瀬は笑いかけ、その笑みが途中で止まる。唇を噛んだ。
「どうかしましたか?」
「――いや、なんでも。じゃあ、さっそく頼む。端末機はどこに入ってたっけ」
「この中です。私はお茶の用意をしてきますから、その間に準備をすませておいて下さい。適度な栄養摂取と水分補給がなければ学習も効率的ではありません。タカセ、貴方の場合は特にそうでしょう」
それから高瀬はマニュアルの習読を始めた。
サポートAIからの適切な助けが入っても、提示されるデータ量はなお膨大だった。何より時間がなさ過ぎた。二日間、医療小箱に入っていた高瀬の体力はそれだけで減少してもいる。彼の持つ肉体はそれほど脆弱だった。
その日の深夜時間。ついに体力の限界を迎えて、高瀬の意識はそこで途絶えた。
前時代的な床置きのテーブルに突っ伏し、小さな寝息を立てる高瀬の様子を確認して、黒髪の少女はそっとその肩に毛布を掛けた。
生体データを測定し、疲労以外に問題がないことを確認する。十分な体力回復にはベッドでの就寝が望ましいが、それで起こしてしまうのも可哀想だった。
この場に布団を敷くことにして、隣の部屋から寝具を持ってこようとする。同時に彼女は無線通信を接続させ、広大な場に自己の情報を潜り込ませた。
戦術目的補助知“アリィ”。彼女はまだ人類が地球上で互いに殺しあっていた時期に誕生した、最も古いタイプの人工知能の末裔である。
彼女は自身の存在観念を正しく把握していて、今回の事態の異常さもよく理解していた。
――情報が必要だ。そう考える。
高瀬翼という個人のサポートが彼女の任務だった。
そこに何かの思惑が含まれているなら、それを知らなければならない。意図的に隠されているのなら暴き、無意識の仕業であるのなら予測される事態を推測する為に、彼女は多くの情報を必要とした。
睡眠を無用とする少女はそれから一晩中の間、電子の海を泳ぎ続けた。
◇
さして重要でもなければ緊急でもない日常業務に終われ、自身の個室に帰った壮年の男、小童谷はゼリー質の安息椅子に身を埋もらせた。
「お疲れ様でした、艦長」
彼個人をサポートし、身体警護も務める女性体が腰を折って彼を迎える。服装は古い時代の女中がしていたような趣味的なものだったが、男の趣味というわけではなかった。
おかしな格好を見た相手が、おかしな反応を見せるのが彼には愉快なのだった。艦内で国家元首として絶大な権力を持つ小童谷は、そうした変わった性癖を持っている。
「うん。なにか報告は? つまんなそうなやつはパスね」
「それでしたら――例の、最底辺士の件はお耳に入れておくべきかと思います」
「ああ、そうだね。反応は?」
「大方の意見としては、戸惑いが強いようです。最下級船員に対する偏見、それに人型機の存在は噂レベルでは既に浸透していましたが、それらがどのような方向へ流れるかはこれからでしょう」
「うん、そんなとこかな。彼はどうしてる?」
「宛てられた家宅に移り、明日からの訓練に向けて先ほどまでマニュアルを閲覧していたようです。また、“アリィ”が彼女に許されたC級領域までのデータを参照しています」
「健気だねえ。任務に忠実でけっこうけっこう。それじゃ、引き続きよろしく。なにか面白そうなことがあったら報告してちょうだい」
あいまいな命令に、しかしそれを聞いた人工知能の女性体は戸惑いを見せなかった。主の嗜好は理解している。彼女は“エッダ”に存在する中で最も優秀な人工知能だった。権限、容量、処理能力。全てにおいて突出し、最初期型の人工知能など相手にならない。
「艦長。お聞きしてもよろしいでしょうか」
その彼女が疑問を呈したのは、与えられた任務の遂行に必要だと判断したからだった。
「なあに?」
「何故、あの辺士にそこまで特別扱いをされるのでしょう。先の戦闘は全くのイレギュラーです。わざわざサポートをつけ、貴重な人型機にまで触れさせるというのは、」
「ナンセンスかい?」
「……貴方の思考を読むことは私にもできません。艦長」
小童谷は肘掛けに頬杖をついた。
「そりゃ、僕らと君らは違うからね。わからないのは当たり前。だからこうやって、仲良く共存できるんじゃない」
「では、教えていただけますか。いったい何故あのようなお戯れを?」
「そりゃあ君、決まってるさ」
質問に口元を持ち上げる、男の笑顔はひどく子どもじみていた。
「彼、生きてるんだもん。利用させてもらわなきゃでしょ? だって生きてるんだから」