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虚空のイーム  作者: 伊藤
Ⅰ 哀慕
3/10

3 際会、出合

 ◇


「――可能単位までの敵性体の物理的裁断に成功。目標の撃破は認められず。帰投する」

「了解。――あ、待って。ついでに荷物を拾ってきて。生存者よ」


 短時間の戦闘行動を終了した純白の人型機の操縦者は、母船からのオペレーティングに知らされる前にそれに気づいていた。


 両手指先からの有機接触を通じて機体を制御する操縦環に意識を込め、拡大する。

 映し出された映像の中にいる人物は、何代にも渡って使いまわされたボロボロの気密服で微動だにしなかった。バイザーが濃く落ちて表情までは見えないが、口元だけはかろうじて動きを追える。その口が何かを紡いでいる。


「……ふざ。け、ンな。――ふざけるな」


 呪いの言葉のように、それが繰り返されていた。


 人型機の操縦者はわずかに思考した後、相手との通信を開いた。続いて機体の胸元を開き、真新しい気密服に身を包んだ自身の姿を晒して告げる。


「乗れ」


 反応がない。

 操縦者は相手との回線に問題ないかを確認した。不調は認められず。


「エアならある。帰船する。動けないのか?」

「お前。……お前は、」

「リュクレイス。級士だ。作戦は終わった。帰るぞ、タカセ辺士」


 呼びかけられた相手の肩がぴくりと震えた。


「級士。じゃあ――」


 何事かを繰り出そうとするそれ以上の戯言を聞かず、リュクレイスは操縦環を操作して人型機の右手を伸ばした。素早く、しかし繊細な挙動で気密服の辺士を摘み上げる。


「わ、……やめろ、よせ!」

「却下だ。動くと怪我をするぞ」


 そのまま放り投げ、短い宇宙遊泳を経てコックピットに飛び込んでくる相手を避けながら、閉胸する。

 上下が逆さまの状態で投げ込まれ、無様に手足をばたつかせる積荷の足が偶然頭を蹴り、それを平然と無視しながら操縦者は現場に残るその他の周囲状況を確認した。


「リュイ。ヘーキ?」


 遠く母船にいる戦術オペレーターではなく、作戦行動の補助を務めるペア機からの通信が入り、それに応えようとしていたところで、今度は積荷の手が再び偶然、今度は最新製の気密服をささやかに持ち上げる胸元に触れた。


 息を、止める。


「リュイ? どうかした?」

「問題ない」

「生存者はだいじょぶ?」

「そちらも問題ない。命はある。意識は刈っておいた」


 あー、と非難の声があがる。


「またなんか乱暴なことやったんでしょう」

「やってない。ちょっと撫でただけ。生身の連中は脆すぎる」

「そんなこといって、リュイがなにかする度に僕まで怒られるんだからねっ」

「……ファナがなにかやって、私が一緒に怒られるほうが多いと思うけど」

「――二人とも、そこまでにして」


 息のあった掛け合いを、苦笑まじりの通信が中断させた。


「積荷を収容したなら、すぐに戻って。なにかありそう?」


 会話と並行して続けていた周辺探査を打ち切り、リュクレイスは嘆息と共に告げる。


「いいや。ハズレだ。霧か霞か。持ち帰っても意味はなさそうね」

「そう。後はこちらでやるわ。帰投して。……積荷は大丈夫? ひどく生体反応が沈んでいるけれど」

「問題ない」


 素っ気ない声音で小さく付け加える。


「船まではもつ」


 ◇


「――……ッ」


 意識が覚醒した直後、何かの衝動に襲われて上半身を跳ね上げさせた高瀬は、すぐ至近にあった強化ガラスに顔面をぶつけてのけぞり、次に後頭部をぶつけた。

 頭を抱えようとして、そうするだけのスペースがないことに気づく。彼は長方の医療小箱に収容されていた。


「起きましたか、タカセ」


 頭上から降る声には聞き覚えがあった。


「……アリィ?」


 先の戦闘で死に別れたサポートAIの存在に驚き、それを驚いた自分に呆れた。失われたのは彼女の一人で、そして彼女は一人だけでなく他にも大勢いる。


「はい、おはようございます。タカセ。またこうやって話ができて嬉しいです」


 かけられた言葉に、言いようもない違和感を覚える。

 だが、それを相手にいったところでどうなるものでもなかった。高瀬は喉元にせりあがってくる無形の異物をなんとか胃の奥まで飲み下して、


「――俺は。ここは?」

「記憶に障害がありますか?」

「……いや、覚えてる。生き残ったのか、俺」


 脳裏に、気を失う前の記憶がフラッシュバックする。巨人。そしてもう一人の巨人。純白の、人型機。それに助けられ戻ってきた。――ノコノコと。

 唇を噛みしめて沈黙する高瀬に、気遣わしげな声がかかる。


「タカセ。身体のどこかに不調を感じますか?」

「――大丈夫。状況を教えてくれ、アリィ。あれからどうなった」

「はい。その前に、少し待ってください。今からそちらに向かいます」


 そちらに向かう?

 言葉の意味を問う前に、高瀬のいる医療箱の置かれた室内の扉が開き、誰かが入ってくる。


 中肉中背。いかにも軍製だと思わせる簡素で標準的なスタイルの持ち主は女性体だった。外見年齢は十代半ばで、すとんと落としたような黒髪を肩まで揺らしている。無音稼動する医療機に横たわる高瀬の傍まで歩み寄ると、操作してそれを開放する。


 窮屈な棺から起き上がった高瀬は、目の前にいる人物をまじまじと見つめた。


「アリィ、か? どうしたんだ、それ」


 戦術サポートAIは基本的に実活動用の身体を持つことはない。理由は単純で、そんな必要がないからだった。彼女の存在意義はパイロットの戦闘補助であって、それ以外の業務にはそれに適した人工知能が選ばれる。


 訊ねられた女性体が小首を傾げた。さらりと綺麗な黒髪が揺れる。


「髪の色はタカセの祖先にあわせてみたのです。身体年齢も。好みではありませんでしたか?」

「いや、そういうことじゃなくて」

「冗談です。今日から私は貴方の専属です、タカセ」

「……なんだって?」

「正確には、戦術目的補助知“アリィ”の一部機能を限定化、ローカライズしたのが今の私です。これからは作戦行動中に限らず、日常生活でも貴方のサポートに務めますので、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますって――どういうことだよ。意味わかんないんだけど」

「正直に言えば、私も戸惑っています」


 冷静な表情で頷く。 


「しかし、原因はタカセ、きっと貴方が先ほど言っていたことです」

「なんだって?」

「貴方は生き残った。そのことに意味があるのでしょう。そして、そのことに意味を持たせたい誰かがいるのだと思います」


 断定する口調で彼女は言った。



 ふと長い睫毛を揺らし、艦内通信を受け取った少女が告げる。


「――タカセ。動けるのなら着替えを。出頭命令が出ています」

「……懲罰か」


 高瀬は唇を歪めた。

 撃ったら帰らずの“弾丸”が何の間違いかおめおめと戻ってきたのだから、当然のことだった。軍組織にあって歯車を乱す存在は認められない。


「いいえ、そうではありません」


 静かな口調で訂正が入った。


「逆です。貴方は英雄なのです、タカセ」

「何だそりゃ」


 高瀬は顔をしかめ、すぐに険悪に歪めた。


「俺はなんにもしてない。俺の機体は爆発しなかった。自爆できたのは――あのふざけた巨人野郎に一撃喰らわせたのは、別の機のヤツだ。戦闘経過を把握できてないわけじゃないだろう!」

「はい。彼は死に、貴方は生き残りました。死んだ英雄と生きた英雄です」


 かっと頭に血が上り、高瀬は目の前の女性体に掴みかかった。ずしりと重い人工肢体を生身で持ち上げられるわけもなく、かえって引っ張られるようによろめいてしまう。


「大丈夫ですか? タカセ」


 平然とした声に舌打ちして、高瀬は相手を突き飛ばすようにして手を放した。


「……そんなのでいいのか? アリィ、お前はそれで納得できるのかよ。名前も知らない、あの死んだ操縦者だってお前がサポートしてたはずじゃないか」

「どういう意味でしょう」


 黒髪の少女が眉をひそめた。


「彼は優秀なパイロットでした。そしてもういません。貴方は生きています、タカセ。それでは回答になりませんか?」


 本気で戸惑った口調が、高瀬に彼の頭を冷やさせた。


 人工知能という存在にまつわる問題とその提起、警戒と疑心まで含めた様々な出来事は、既にやり尽くされてきたことだった。今では彼女達は、はっきりと自己という意志を持っていることが認められ、然るべき権利もある。

 だが、それは決して相互理解を意味しない。

 他者を認めるのに理解は必要としない。違うのだと、そう認めてしまえばよいことだった。


 高瀬は頭を振った。


「……もういい。わかったよ」

「はい。それでは着替えをお願いします。準備が出来次第、艦橋へ上がるようにと指示が出ています。すぐに迎えの人間が来ます」

「迎え?」


 部屋の扉が開き、若い外見の二人が入ってくる。


「準備は出来たか」


 入室して来た姿に見覚えはなかったが、声にはやはり覚えがあった。


「あんたは――」

「リュクレイス級士だ。リュクレイス・ストレイフ。二日前にも自己紹介したと思うけど、改めてよろしくね」


 艶やかな銀髪を長く背中に伸ばした相手が口を開き、その隣に立つ小柄な相手が続く。


「僕はフアナっ。フアナ・ユージェニー・エウヘニア、リュイとペアしてる級士だよ。よろしく、高瀬くん」


 屈託のない表情で微笑む。


 階級が自分より上位である二人に、高瀬は慌てて背筋を伸ばした。旧時代の軍組織のような規範や礼法があるわけではないので、敬礼等といったものは交わされない。


「高瀬、翼です。“弾丸”の――いえ。辺士です。さっきは……って、二日前っ?」


 仰天する高瀬にくすりと笑い、銀髪の級士が頷く。


「ああ。君は先の戦闘後、客秒単位で150000カウント、約二日の間を昏睡していた。……直前の記憶はある?」


 問われた高瀬は、すぐにそのことを思い出した。

 あの人型機の大きな指に摘まれ、放り投げられてコックピットに入り、そこで暴れているうちに何か柔らかいものに触れて、そして――


 はっと思い至り、改めて目の前の二人を注視する。


 どちらも魅力的な容姿だったが、級士であるというなら見た目通りの存在であるわけがなかった。生まれる前からの遺伝子改造、肉体強化。そして、彼らは男性でもなければ女性でもない。


 身体にフィットする艦内気密服を来た二人の胸部は程度のこそあれ、どちらもふくよかに盛り上がっている。視線に気づいたリュクレイスが困ったように肩を揺らした。


「君のような生身の人からは不思議な生き物かもしれないけど、そうマジマジと見るのは遠慮して欲しい。また気絶したくはないだろう? 私もまたファナに怒られたくはない」

「当たり前じゃん! せっかくの生存者を殴りつけるとか信じらんないよ」

「不可抗力だ。正当行為だ」

「もうっ。ふふ、高瀬くん勇気あるね! リュイの胸を触ったって、他の人に言ったら尊敬されるよ、きっと」

「おいっ……ああ、すまない。それで、話は聞いているか? 艦長がお呼びだ」

「あ、はい。すぐに準備します。リュクレイス級士」

「別に堅苦しい言葉遣いはいらない、高瀬」


 鯱張った様子にリュクレイスが首を振る。


「こそばゆいから、普通にして。それに君は私のことを憎く思ってるはずでしょう」


 高瀬はぎくりと身体を震わせる。


「別に、そんなことは――」

「文句を言ってるんじゃない。素直な感情を向けてくれていいの。そっちのほうがこっちも気が楽だから、自然にして欲しいだけ」


 柔らかい表情で銀髪の級士は言った。

 自分がひどく幼い人間であるように思えて、高瀬は赤くなった。頭を下げる。


「……すみません」

「普通にして。なんなら、命令しようか?」


 むっと高瀬は口を尖らせる。


「これで普通です。初対面の、しかも上官にタメ口なんてできません」


 リュクレイスは意外そうに瞬きをした。


「そうなのか。ちょっと意外。もっと、狂犬みたいな性格だと思ってたから」

「リュイから聞いてた印象と全然違うねっ」


 ほとんど面識さえない相手に、いったいどんな印象を持たれていたのかと高瀬は渋面になった。


「じゃあ、着替えますから少し待ってもらえますか」

「ああ、了解した」

「わかったよーっ」


 部屋から出て行こうとしない二人に、高瀬はそれ以上何か言うのを諦めて着替えに取り掛かり、


「タカセ。私は外に出ていましょうか?」

「好きにしてくれ」


 思い出したように気を遣ってくる相手にうんざりと答えた。



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