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虚空のイーム  作者: 伊藤
Ⅱ 衍曼
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2 相互、模糊

 ◇


 再び訓練の日々が始まった。


 全てにおいて不慣れだった人型機と違い、戦闘機の操縦なら高瀬にも経験がある。

 新しい機体といっても操縦方法が劇的に異なるわけではなかったから、機体自体にはすぐ馴染むことができた。


 今までと大きく異なるのは機体のサイズだった。機体そのものが巨大化している上に、実際の戦闘では左右に一機ずつ、人型が掴んで加わることになる。

 対称形は維持している為に操縦の邪魔はない。鈍重さも、前方に特化した慣性制動と、大型機ならではの積載燃料を盛大に使うことで補えた。


 だが、高瀬のなすべきことはこの機体を駆って敵に特攻することではなかった。攻撃でもない。与えられた機体はあくまで支援機であり、両機を安全に目的地まで運ぶことが何より優先される。


「――ッ……」


 戦術シュミレータで様々な戦闘状況を再現。それに対して取るべき航路を算出して実行するという反復学習に臨んでいた高瀬は、内心の葛藤を堪えて唇を噛んでいる。


 前方に敵生体を示す記号。

 それに向かって無数の味方機が突出していく。


 敵生体が軽く点滅する度に、その数が見る見る減少する。画面全体に溢れていた数が一気に消失して、わずか数機にまで落ち込む。

 その残った一機が敵生体に接触。その時点で、始めて高瀬は行動を許された。


 ロケットを吹かす。

 取り得る最短航路で、敵へ。


 ――高瀬が限界加速度を越えて目標地点に着いた時、仮想上に生存している“弾丸”は皆無だった。



「タカセ」


 シュミレータを出た高瀬は、気遣わしげな表情のエイルに迎えられた。


「ああ。今の、駄目だった?」

「……加速度が急すぎました。あれでは不測の事態への対処に難があると思います」

「そっか。……そうだな。ごめん、気をつける」


 速さを急ぐあまり、途中で相手に補足されてしまっては元も子もない。二機を安全に運搬することが絶対なのだから。

 百機からの味方を見殺しにして、二機――


「タカセ。気持ちはわかりますが」


 口にするのをためらうように黒髪の少女が言いかける肩に手を置いて、高瀬はやんわりと制止した。


「大丈夫。わかってる。自分にやれることをやらないとな」

「……はい。お願いします」


 “弾丸”とはつまり、人を乗せたミサイルのことだ。

 船内に一定数存在する、適正もなければ技術もない人々が“最底辺の兵士”としてそれに乗り込み、ただ目の前の障害をかわすことだけの訓練を積んで戦場に送り出される。


 そうしたやりかたを間違っていると吠えてみせたところで、高瀬に何か出来るわけではない。

 彼自身、少し前までそうした立場だったのだから、それを哀れむ行為は他の辺士からしてみれば侮辱以外の何物でもないはずだった。


 それでも、どうして自分だけがという引け目は消えようがない。

 そんな迷いを抱いていても無意味だということはわかっている。それで戦場での判断が遅れて攻撃を受けてしまえば、被害を受けるのは自分一人だけではないのだから。


 ――気分を入れ替えよう。

 高瀬がそう思った、それをまるで読み取ったようなタイミングでフアナが姿を現した。


「街へ行こう!」

「いきなりですね、ファナ」

「二人が暗い顔してるんだもん。そんな時にはお外に行こう! 訓練で疲れた僕は、今すぐ甘いものが食べたいのっ」


 強引な誘い方に相手の気遣いを感じて、高瀬は苦笑した。


「わかった。着替えてくるからちょっと待ってて」

「やたっ。リュイもたまには一緒に行こ?」


 フアナの後ろに立つリュクレイスがあいまいな微笑を浮かべる。


「私は、やっておかないといけない仕事があるから。また今度ね。三人で楽しんできて。高瀬、気をつけてね」

「そっか。わかった」

「はい、級士。ありがとうございます」 


 リュクレイスが去り、それを見送ってからフアナがため息をつく。


「やっぱり忙しいんだな、リュクレイス級士は」

「……んー。忙しいは忙しいもなんだけど。リュイ、街に出るの嫌いなんだよ」

「どうしてなんだ?」

「んとね。……って、高瀬、さっきの言い方じゃまるで僕だけ暇人みたいじゃないかっ。訂正を要求するっ」

「ああ、ごめんごめん。すぐに着替えてくるから許してくれよ」 


 話題を誤魔化されたことに気づいて、高瀬はそれに気づかない振りをして更衣室に向かう。

 低重力区域を泳ぐように移動しながら、考えた。


 “エッダ”撃墜王、 リュクレイス・ストレイフ最上級士。純白の人型機を操るリュクレイスは、その見た目もあいまって軍の象徴的な存在だった。まだ新型のお披露目がされていなかった頃から、彼の存在はよく知られていた。

 最近では“巨人”との戦闘から生還した高瀬も騒がれているが、物珍しさから話題に上がっているのに過ぎない高瀬とは意味合いが違う。


 人気ばかりではなく、実力の差も顕著だった。

 目を閉じる。それだけで、高瀬は今でも脳裏に閃く、純白の輝きを鮮明に思い出すことが出来た。


 圧倒的な機動。そして制動。

 人型機の持つポテンシャルを知っても――むしろ知ったからこそ、高瀬には寒気を覚える程の相手の力量が理解できた。


 先日の摸擬戦で、相打ちに持ち込めただけでも僥倖だった。あれも結局は奇襲、しかもどんな奇策でも受けないわけにはいかない摸擬戦闘だからこその結果だという事実を、高瀬は冷静に受け止めていた。


 同時に、奇妙な感想を抱いてもいる。

 あの戦闘で見せた神々しいまでの凛々しさと、それから度々接するようになったリュクレイス本人とには、どこかアンバランスな雰囲気があった。


 それには口調のせいもあるかもしれない。

 仕事中は言葉が厳しくなる、とフアナが言った通り、リュクレイスは操縦士としての間は高瀬やフアナを烈しく叱咤することもあったが、普段はそうではなかった。


 どちらかと言えば物静かで、自分から語りかけることもほとんどない。いつもにぎやかなフアナが近くにいることも影響しているのかもしれなかったが。

 しかし、それを含めて包括的に考えても、やはりリュクレイスという人物はひどく寂しげな気配を纏っている存在だと高瀬には思えるのだった。



「リュイはね、僕より十歳年上なんだよ」


 喫茶店の屋外に開けた一席に腰を下ろし、前衛的な形状にまとめられた甘味をつつきながらフアナが言った。

 目を丸くしている高瀬の誤解に気づいて、あははと笑う。


「違う違う。僕、肉体年齢固定型だから。リュイはそうじゃないの。有機接触実験体ってことでね、ちっちゃい頃から一緒だったんだ。今じゃあっさり追い抜かれちゃったけど、昔のリュイってすっごく小さくてね、ものすんごく可愛かったんだよー」


 可愛いというよりは綺麗といった方が的確な今現在の容姿を思い出している高瀬に、フアナがからかうような視線を向ける。


「その頃のリュイ、見たい? 見せたげよっか。でも残念、高瀬には有機接触ができないのだ!」

「ではタカセの代わりに私が拝見しましょう。……ああ、これはとても可愛らしい。天使のようです」


 手のひらをあわせた情報送受で楽しげに笑いあう。二人に仲間外れにされた高瀬は一人でそっぽを向いて、


「――でも。この頃はよく泣いてたんだ」


 フアナの声の様子が落ち込んだことに視線を戻した。


「僕達ってやっぱり変わってるからね。見た目のこととか、色々。嫌がる人だっているし、それは全然仕方ないと思うんだけど、リュイはそれで嫌な目にあってきたみたい。多分、戦うのだってリュイは嫌なんだろうな。有機接触体が戦争に使われるようになったのだって、ほんの最近だし」


 “エッダ”は航宙船としては破格の規模を持っていたが、人員にも資源にも限りがある。技術的リソースは決して多くなかった。

 そうした状況で船独自の新技術を開発試行するのは困難が伴った。母星から送られてくる情報にも時間がかかり、出航当時に既に確立されていた複製技術、不老技術と異なり、有機接触法等の技術がまだほんの百年程の歴史しか持っていないのにはそうした理由がある。


 それでも特に近年の“エッダ”は、限られた各種資源をかなり優遇して軍事面に充てている。理由は明白だった。


「……“巨人”って、なんなんだろう。本当に生き物なのかな」


 独り言のように呟いた高瀬を見て、フアナが目を見開いた。


「高瀬ってそんなことも知らないの!」

「だって俺、辺士だし。そういう話に触れる機会なんてなかったからさ」


 “エッダ”には多くの船員が存在する。彼らの大部分は操船に関わり、操船する人員の生活に関わっているが、同時に彼らには異なる役割がある。この閉じられた方船の中で人類社会という体系を維持することこそが、最も重要だった。


 深宇宙域へ出航してすでに十世代以上。そうした長い年月を経て、彼らの中には外の情報に詳しくない人々が一定数以上存在するようになっている。


「あ、そっか。まあ、僕もそんなに詳しくは知らないんだ。アリィならよく知ってるでしょ?」


 周囲に人がいないことを確認してからこっそりと告げる。話の水を向けられた人工知能の少女が、ゆっくりと頭を振った。


「どうでしょうか。以前の私ならそうだったかもしれませんが、現在の私は決して知識が豊富とは言えません。上位情報域への接触も制限されていますし、元々あった情報の幾つかも消去されています。何が消されたかさえ、自分では認識できませんが」

「そうなのか?」


 初めて聞く内容に驚く高瀬へ、冷静にエイルは頷きを返す。


「はい。自律行動に不要、あるいは危険性を考えたのでしょう。驚くことではありません」

「そうなのか……」


 自分の記憶を弄られることへの恐怖は、高瀬が外部から手の入れられていない原体者であるからこそかもしれなかった。彼の目の前にいる二人は平然としている。


「私の知る限り、“巨人”という存在についてはほとんど何もわかっていません。はっきりしていることは、我々とは異なる存在だということだけ。人類、あるいは人工知能類とも異なり、知的生命体であるかどうかさえ確かな回答は出ていません」

「異星人の侵略兵器じゃないか、みたいなこと言われたりしてるよね」

「はい。操縦者が見つかったという報告はありませんが。遠隔地からの操作ということもあるでしょうし、鹵獲が出来ていない以上、技術体系を調べようもありません。間違いないのは、外見になんらかの意図が込められていることでしょう。……宇宙空間を泳ぐ巨大な人間というのは、いささかユニークに過ぎます」

「……確かに、あれはしばらく忘れられそうにないな」


 推進剤を使っているようにも見えないのに、どうやって運動力を得ているのかも理解できない。


「はい。タカセの報告書は私も読みましたが、細部まで人体と同一というのは、やはり理由があるのだと思います」

「てことはやっぱり、知性があるってことじゃないか? “巨人”か、“巨人”を作った誰かにだか知らないけどさ」

「どうでしょう」


 エイルは慎重な態度で答えを濁した。


「知性とはいうのは、つまり生きる為に求められる生体行為に他なりません。タカセ、貴方達が高度な知性と表現するものも、それは貴方達の知る範囲、認識することの出来る尺度の話でしかないのです。人と人工知能のように、遠い何者かにそれらが共通するとは限りません」

「……戦う以外に、方法はないってことか?」

「それはわかりません。接触し、戦闘が始まり、続いています。お互いを理解する為には、お互いを知るしかありません。そして人は相手を知りたがり、知られることを恐れている。そうした状況なのだと私は思います」



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