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虚空のイーム  作者: 伊藤
Ⅰ 哀慕
1/10

1 戦闘、別離

 ――光った。と思考が認識する前に、機体は既に動いていた。


 それは反射という行動ですらない。今までに得られた戦闘情報をかき集めた結果、かろうじて予測として上げられる敵行動に対して機体がランダムにとる機動変更に過ぎなかった。

 搭乗者の肉体限界を越えた負荷のかかった駆動に、薄く引き絞られた唇から押し潰された悲鳴にも似た音が漏れた。


「口笛なんて余裕ですね、タカセ」


 その場に響いた抑揚のない声に冗談の気配はない。

 冗談が通じない、というのは既に一昔前における人工知能の有する問題点、その象徴だったが、こうやってあえてそうぶってみせるのであれば返ってよい諧謔になる。


 実際くすりとしてしまい、狭く暗い操縦棺に押し込められた男、高瀬は、相手に負けてしまったような気分で口をへの字に曲げた。


「昔から、――苦手だったな。そういや、よく兄貴達にもからかわれた」

「タカセの兄弟。画像データでしか見たことはありませんが、似ているのですか」

「ああ。まあ、お前達ほどじゃないけど」

「それはそうでしょうね」 


 操縦者のサポートに入る人工知能は全て同型であり、その情報も全員が同期している。彼女達は全てが等しく姉妹であり、一個という人格でもあった。


 後方で爆発。

 高瀬機に当たらなかった――回避した、のではなく――レーザーが別の誰かへと焦光し、重水転換炉に誘爆、それを爆砕させる。


 極めて真空状態に近い宇宙空間には爆音もあがらなければ悲鳴もない。ただ、味方の残数を示すマークがひとつ消失したのを確認して、高瀬は舌打ちした。


「全体ではどれくらい残ってる」

「損耗はすでに八割を突破しています」


 コンソール上部に表示された作戦開始時間を確認する。


「300カウントも経ってまだそんなに? 凄いな」

「ええ。今回の弾幕には、タカセ以外にも悪運持ちが多いようです」

「結果は変わらないけど、な……っと!」


 前方に高速度で迫った礫屑を、今度は自らの操縦で回避する。

 真空状態におけるレーザーが強烈な威力を発揮する以上、接近にガスやゴミの密集地帯を使うという選択は必然だったが、それは当然のように多くの事故を招く決断でもあった。

 宇宙環境で強く作用する慣性の法則が牙をむく。敵に至る前に岩や瓦礫と衝突し、自滅する味方が頻発する中で、二割残存という結果は実際過去に例がなかった。


 だが、同時にそれはどこまでいっても誤差に収まる範囲の出来事であり、さらにいえば、過程でどのような経過を辿ろうともその結末は変わらなかった。


 高瀬が参加し、他の多くの同類達と望んでいるこの戦闘で、彼らの消耗は規定された事項であるからだった。

 何割がではなく、その全て。弾幕という表現通り、それは始めから撃ち尽くされることを前提としている。


 高瀬が搭乗した機体こそが、まずその事実を裏付けていた。


 超硬度装甲を雑に張り固めただけのような無骨な流線型は、ただ被弾面積を薄くしつつ航宙距離を稼ぐという設計姿勢だけが顕著だった。それ以外の機構はない。安定した球状を基本としない点に尖った先端部は、ひたすら前に進むことを乗り手に強制していた。


 終わりに至る棺桶、弾丸と揶揄されるように、それには一つの意味しか持たされていない。

 前へ。死へ。


 帰りのない特攻に用意された装備は、その内部も同じく貧弱だった。

 慣性制御も最低限ならその他の生命維持系統もお粗末なもので、生きて還れなどということははなから求められていない以上、そのことに文句をつける者はいなかったが、押し込められる操縦棺の窮屈さには不平不満は多く、そして当然のように無視されていた。


 貧相な内部装備は、最も複雑な部品といえる操縦者にも同様のことがいえる。

 棺に詰められる操縦者はもちろん技術修練を積んではいたが、あくまで最低限の錬度しかなかった。肉体的強化のされていない原始人体は、その時点で強化の必要はないと押された烙印でもある。文字通りの意味で彼らは捨て駒だった。


 そのことはこの死の棺に乗りこむ者全てがとっくに了承しており、それは高瀬も同じである。

 彼らの抱く思いはある種の諦観にも似ている。どれほど文句を言おうと、愚痴ろうと、既に弾丸は銃口から発射されてしまっていた。


 光ると同時に弾着、相手を爆砕させる敵攻撃にほとんど全滅寸前まで数を減らしながら、高瀬達の操縦する“弾丸”は相手との距離を肉薄していた。

 迫り来る終わりの時に、落ち着いた声が先にそれを告げてくる。


「――最終同期を完了。10カウントの後、焼き切ります」

「そうか、お別れだな」


 情報端末である人工知能は、あらかじめ制限された情報しか持たされない生身の操縦者とは比較にならないほど多くの情報を内包しており、“敵”に入手されるわけにはいかなかった。

 故に、彼女達はそうなる前に自らで始末をつける。情報の消去では復元される恐れがある為、それすらありえないよう物理的に粉砕してしまうのだった。


 ある意味、他の自分自身との同期を終えて自死するまでのそのわずかな時間こそが、彼女達個人に許された本当の意味での自由な時間でもある。

 “十秒間の蜜月”と操縦者達の間で囁かれる皮肉な別離の一寸に際して、


「私と貴方は別に仲が良くもありませんでしたし、特別な関係でもありませんでした」


 高瀬をサポートしてきた人工知能は淡々とした声で告げた。

 操縦棺に乗り込む者にとってかけがえのない相棒となる彼女達に、特別な思いを抱く者は多い。


「そうかな。……そうかも」

「ええ。他のパイロットはもっと私に優しくしてくれました。もちろん、もっと不快な相手もいましたし、パイロットとして優れた相手も大勢いました」


 高瀬は目の前のデブリを回避操縦しながら、黙って唇を歪める。

 彼女のサポートを受ける人間は無数に存在する。過去にも、これから先の未来にも。その中の特別な一人に、ということがただの夢想でしかないことはわかっていても、それでその他大勢になってしまうのは我慢がならなかった。


 子どもっぽい、それは意地だった。


「嫌な思いをさせてきたなら、悪かったよ」

「いいえ。決して嫌ではありませんでした。これは、自分でもよくわからない感情ですが……」


 機械的な口調が少し迷うように揺れて、その意外さに気を取られた高瀬は小惑星の欠片に機体をかすめそうになる。慌てて機動を持ち直して、


「大丈夫ですか」

「あ、ああ。それで?」

「いえ。……もし、貴方達の間に古くから言われるように、私という意識が再び何かに落ち着くことがあるのなら。――タカセ。私は貴方の兄弟に生まれたいと思いました。それだけです」


 そこで声は途絶えた。

 襲ってくるレーザーに対する自動回避と、その後に操縦者へ強引に委ねられる修正駆動に全神経を集中させながら、高瀬は送られた言葉の意味を考える。


 何十万と複製され、同期される中での自我という在り方について、生身の肉体しか持たない彼にはとてもその想像が及ばない。

 想像できたところで実感のしようもない。


 彼女の残した台詞が彼女個人のものなのか、彼女達全体のものなのか。

 その言葉が高瀬だけに向けられたのか、それとも別離の際なら誰にでも向けられる類のものなのか。そのことさえわからなかった。


 ただ、何かの衝動が喉奥からせりあがる。


 “弾丸”に、弾同士の連携など存在しない。だから戦友なんてものはほとんどいない。


 ああ――自分は今、その戦友を失ったのか。

 そう納得し、なんとなく泣きたい衝動に襲われて、その安い感傷を誤魔化すために高瀬は笑った。


「兄弟かよ。せめて恋人とかさ。もっとも、俺って胸がおおきなコのほうが好きなんだけど!」


 もう返ってくることのない相手へ軽口を飛ばしながら、機体後部から推進剤を吹かす。


 その時点において、放たれた弾幕はその九割以上が撃破され、爆砕していた。

 残存する“弾丸”は十機に満たない。


 そこまでの犠牲を払い、ようやく彼らは目の前に敵の姿を目視できるまでになっている。




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