7 佐倉二世登場
その日の佐倉は娘を喜ばすことに余念がなく、食事の時間を除けば我が子に張り付いてあやし続けていた。その間に即興で描いた我が子の絵は十枚を超えた。それらは我が家にとって何よりのプレゼントとなった。佐倉が去った後の我が家はまさに祭りの後のようで子供の泣き声さえささやかなものに思えた。
それから佐倉は何度かの手紙を寄こしたが忙しく出歩いていたようで会う機会は訪れなかった。一方、佐倉のご主人は英語教師の仕事を見つけ都内で忙しくしていた。
佐倉が帰国して次の桜の季節が訪れた時に佐倉は突然現れた。佐倉が伴った佐倉二世は女の子。妊娠したことさえ知らせずに突然彼女は現れたのだ。
「約束のものをお持ちしましたよ!」佐倉は挨拶もせずにいきなり大きな紙袋から梅干し柄のパジャマを幾つも取り出した。
「サイズがたくさん揃っているのでしばらく梅干し柄をお召しになれますよ」佐倉が取り出したパジャマはパイル地の柔らかいパジャマだった。どれにも佐倉が描いた梅干し柄がプリントされていた。突然現れた佐倉はパジャマを届けにきたのだ。
「佐倉、その子ってあなたの子?」妻が尋ねると佐倉は照れくさそうに「はい」と答えた。
佐倉二世は佐倉の背におぶられて寝ていた。
「その子にはパジャマ作ってあげないの?」妻が尋ねると佐倉は「母ちゃんがたくさん作っちゃってこの子が着るモノはしばらく必要ないんです」と答えた。
「チーフも梅干し柄のシャツ着ますか?」と佐倉は私に聞いたので私は右手を振って遠慮した。
「そうなんですか?今縫っているんですよ。夫婦でお揃いのシャツなんて持ってないですよね」佐倉は私と妻の顔を交互に見た。
「いや、でも娘にこんなにたくさん貰っちゃったのに悪いよ」と私は答えた。
「そんなことないです。梅干し柄を流行らせましょうよ。チーフとマネージャーが着て街を歩いてくれたら注目を浴びること間違いなしです。うちの旦那にも着せようと思っているんです」
「お前は着ないのか?」私は当人が着ないのはおかしいと思って尋ねた。
「私は毎日着ていますよ」と佐倉は答えた。
「どこで?」妻が尋ねた。
「お買い物に行く時とか、お花見の時ですかねぇ。近所を歩く時は梅干し柄に限りますよ!」佐倉は楽しそうに言った。佐倉が言うようにとても注目を浴びそうだった。しかし流行るとは到底思えなかった。それにこれで街を夫婦揃って歩く気にはなれなかった。
「来週持ってきますね」佐倉は玄関先で紙袋を置くとそのまま飛び出して行った。