6 佐倉のため息
その日、佐倉は娘の寝顔を描き、妻を描いて私も描いた。佐倉の帰国を喜ぶ人は多いのに帰国当日に我が家族を佐倉が選んだことを申し訳なく思った。佐倉は実家ではなく我が家を優先したのだ。喜びのあまり気にもかけなかった。
「佐倉、ご実家には連絡してあるの?」妻が尋ねると佐倉は「はい」と簡単に答えた。
「ご両親も心配していたでしょう」と妻が尋ねると佐倉は「父ちゃんも母ちゃんも心配じゃなくて怒っています。勝手に結婚して、勝手に海外に行っちゃいましたから」と答え表情を曇らせた。佐倉は両親の賛成も得られないまま結婚していたのだ。
「母ちゃんがあんなに怒ったのを見たのは初めてだったなぁ」佐倉は思い出しながら呟いた。
「せっかく帰国しても親に歓迎されないんじゃつらいな」私は佐倉に声をかけた。
「いやぁ、つらいですねぇ」佐倉は笑って見せた。
「でもご実家にしばらくはいるんでしょう」妻が佐倉に聞いた。
「でも父ちゃんと母ちゃんはインド旅行に行っているんですよ」
「インド?」私と妻は同時に言った。
「はぁ、私が面白いぞって教えたら夫婦揃って旅行に行っちゃったんです」佐倉の親も娘に負けず破天荒だった。
「それって避けられているの?」妻は恐る恐る尋ねた。
「いえ、それはないです。お父ちゃんもお母ちゃんもいつまでも怒ってないです。奈良か鎌倉に住みたいって言ったのがいけなかったんです」佐倉はため息をついた。
「そうなの?」妻は意外な佐倉の答えに驚いた。佐倉家の考えることはまるで理解ができなかった。
「一番のまずかったのはダニエルの親に会わせていなかったことですねぇ。でもまさか勝手に会いに行くとは思わなかったなぁ」佐倉は更に深くため息をついた。
「勝手に会いに行ったの?」妻が更に驚いた。
「そうなんですよ。インドからイギリスまで行くらしいです。英語も話せないのにどうするんだろう?」
「お前の両親ってすごいな」私は驚くと同時に感心した。
「ボディランゲージで大丈夫とか言っていましたからねぇ。困った親です」佐倉の言うこともわかるが同行しない佐倉にも驚かされた。