4 佐倉の帰国
春の訪れは桜の開花とともに幸福感まで連れてくる。この年は佐倉の帰国も重なり幸福感は更に膨らんだ。私は自家用車で佐倉を出迎えるために成田に向かった。妻と娘は自宅で待機させた。妻は出迎えに行きたがったが娘の体調が悪かったのでどうにもならなかった。
「佐倉が到着したら真っ直ぐ家に戻ってきてね」妻は私が出掛ける際に寄り道を禁じた。私は当然そのつもりだったが佐倉が予想通りに動いてくれるとは思えなかった。私が飛行機の到着時刻にゲート前で待っていると意外にも佐倉はすぐに姿を見せた。
「チーフ!ご無沙汰です」佐倉は大きな荷物に見え隠れしながら夫を伴ってゲートから出てきた。佐倉の装いは麦わら帽子にヨレヨレの白シャツ、フレアスカートはパイナップル柄だった。佐倉の夫はパイナップル柄のシャツにGパンだった。
「はじめまして」佐倉の夫の日本語は流暢だった。
「この人、インドで日本語を教えていた変なイギリス人なんです」佐倉がおかしな紹介をした。
「お前は似顔絵で生計を立てていたおかしな日本人だったじゃないか」夫も負けてはいなかった。
「はじめまして」私は佐倉の夫と握手した。とても日本人には真似のできない眩しい笑顔だった。佐倉といれば笑顔も変わるのかもしれない。私はそう思った。
「マネージャーはどうしたんですか?」佐倉が言った。私は子供の体調を話して来られなかったお詫びをした。
「いやぁ、早くお子さんが見たいなぁ。マネージャー似だったらいいですねぇ」佐倉は私を前に失礼なことを言った。
「おい、私に似ていてもかわいいとは思わないのか?」
「いやぁ、マネージャーに似ていたほうがいいですよぉ。絶対マネージャーに似ていてほしいなぁ」佐倉は自説を曲げる気はないようだった。佐倉の夫が私に詫びたが佐倉はまるで気にしていなかった。
「チーフ、今日の夕飯は御一緒出来るんですよね」佐倉は早速食事の心配をした。
「もちろん、我が家で準備しているぞ。何か嫌いな物とかあるのか?」
「私もこの人もありませぇん」佐倉は荷物を引きずりながら陽気に笑った。佐倉は家に戻るまでパプアニューギニアでの話しを延々と語った。そのほとんどが睦まじい夫婦の話しだった。佐倉には不幸な話しなどあるはずはないのかもしれなかった。私はそう思ったがそれは思慮が浅かった。