11 梅干し柄の商品化
佐倉の梅干し柄は我が社で大きな波紋となった。その場にいなくても人を騒がせる才覚は健在なままだった。私は営業会議の際に議題として佐倉の梅干し柄シャツを提出した。私は前日の晩に妻の意見を聞いて書類を作った。商品化となれば佐倉が持ちこんだままでは通らない。夏を迎える前に半袖で商品化せねばコストも合わなかった。生地も変える必要があった。私はあれこれと思案した末書類にしたが睡眠不足だった。佐倉の人気が如何にずば抜けていても商品として採用するには多くの手続きをクリアせねばならず、本来商品企画を行うデザイナーたちの反論もかわさなければならなかった。
「これなら売れると思いますよ。企画部の商品とは別に作ればいいのではないですか」営業部員のひとりが言ったが売れるだけでは意味がない。商品化のコストを払うだけの余力は営業部にはなかったのだ。
「直営店の仕入れ予算から借りることはできないんですか?」斬新だが強い反発を招きかねない意見も出た。私は微妙な立場だった。提案者であると同時に予算に対する責任を負っていたのだ。佐倉には申し訳なかったが委託条件でお願いするしかなかった。買取りであれば売れ残っても納品分は佐倉の元に入金されるが委託であれば実際に売れた数の支払いになってしまう。私は決断した。委託でお願いするしかなかった。私は佐倉の実家に電話をして会議の結果を佐倉に伝えた。
「おっ!だったら明日半袖シャツを百枚納品しに行きますよ。チーフありがとうございます」と佐倉は言った。いつもの会議より疲れた。ところが企画から私に入った報告は私の疲れを吹き飛ばした。
「佐倉さんのデザインした梅干し柄を企画部で採用しましたのでご報告いたします」私はその内線に驚いた。佐倉は企画部にも手を回していたのだ。恐らく佐倉は子どもの面倒を見ながらミシンと向き合っているに違いなかった。母となった佐倉は猛烈に働く母ちゃんに変貌を遂げていた。
その翌日ダニエルが我が社にやって来た。車に商品化された梅干し柄のシャツを梱包したダンボールが積まれていた。
「響子が忙しいので私が納品に来たですよ」ダニエルは陽気な笑顔で私に言った。
「これはきっと売れるですよ。梅干し柄のシャツ以外にどんなデザインがされるか楽しみネ」ダニエルは納品を済ますと早々に引き上げた。その日、企画部では梅干し柄でピーターパンカラーのブラウスを立案していた。襟に丸みのあるピーターパンカラーはシャツよりも女性らしさがあった。
「部長、このサンプルが仕上がったら佐倉に見せてあげてくださいね」企画部長がわざわざ私の元にきて言った。佐倉旋風が社内で再び吹き荒れていた。