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1 さくら帰国予告なのだ

 私がめでたく結婚をして妻のお腹が大きくなり子供の出産を間近にしていた頃、一通のエアメールが届いた。差出人はキョウコ・カーライル。知らない名だった。封筒を開けて中を見ると懐かしい息吹が便箋を通して伝わって来た。

『ご無沙汰してます。旧姓、佐倉響子です。お元気ですか。うっかり新婚旅行を忘れていたので東京見物をすることになりました。浅草とか東京タワーに行こうと計画を練っています。日本に戻る際にはご連絡しますのでお時間をいただければお会いしたいです。久々の日本なので二週間ほど滞在しようと思っています。それまでにたくさん絵を描いて結婚祝いにできそうな絵を選んでもっていきますのでお楽しみに!』

 佐倉だった。相変わらずだった。お会いしたいと書いておきながらすでに会うことが前提になっている。予定を他人に決めさせないところはまるで変わっていなかった。私は妻に手紙を渡すとそれを読んで嬉しそうに笑った。

「相変わらずね」妻は何度も手紙を読み返した。その日妻は佐倉に返事を書いた。女同士のことだからと言って手紙の内容は教えてくれなかった。しかしどんな手紙を書いたのかは容易に想像がついた。彼女なりの感謝と出産祝いの催促に決まっている。出産祝いは間違いなく生まれてくる子供の絵だ。息の合う上司と部下だった二人は私の知らない側面も多くあったが想像を超えることは決してなかった。そもそも佐倉の行動が想像を常に超えていた。慣れるまでは随分振り回された。

「春に帰国するみたいよ」妻は佐倉からの返事を読んですぐに教えてくれた。遠い国にいるはずの佐倉は我が家の予定を大きく揺さぶっていた。

「赤ちゃんが先ね」妻は入院の準備をしながら鼻歌を歌っていた。まるで佐倉が妻に歌わせていたようだった。部屋中がマタニティグッズで溢れ、しかも赤ん坊の洋服と玩具が部屋を占領していた。すでにまだ誕生していない赤ん坊が主役の家庭になっていた。

「佐倉はまだなんだって」妻が言った。

「何がまだなんだよ?」

「赤ちゃん!」

「あぁ、赤ちゃんか」佐倉に子供なんて私には想像できなかった。佐倉の遺伝子は残すべき価値があるがこればかりは私たち夫婦にはどうすることもできなかった。冬の寒さが身に凍みる十一月。月の明るさは夜空を飾り星々の瞬きがいつもより煌びやかに見えた。佐倉効果はその光彩を失ってはいなかった。


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