第6話 『最速のハチロク娘』
「うは〜。ここが榛名山かぁ」
「榛名山名物。5連続ヘアピンコーナーなかなかキツかったよね」
榛名山の中腹に四人の人影があった。
「どうやら、まだ誰もきてないみたいだな」
忠秀が、辺りを見回しながらつぶやいた。
忠秀が言ったとおり、それらしき人や車は見当たらない。
「・・・・上ってくるときにすれ違ったハチロクぐらいだね」
街中で抜いていったハチロクと、峠でばったりあった。
山頂向かって上っていく途中で、下ってきたハチロクにすれ違ったのだ。おそらく、浜崎先輩のハチロクだろう。
「あのハチロク。いい腕していたな。でも、地元の奴じゃないだろうな」
「んっ?なんで地元じゃないって分かるの?」
「うーん、走り屋の勘。と言うか、なんとなくラインどりが違うんだよな」
忠秀は、おぼろげに話す。考えるというよりもいつの間にかに身に付くものらしい。
「ラインどりかぁ〜」
「お目当てのハチロクは、いつくるでしょうね」
「・・・・どんなハチロクなんだろうね」
四人は思い思いに榛名山のハチロクを想像していた。
「でもスゴいのが来ると思うね」
「そうだよなぁ〜。GTウィングとか」
忠秀は、前回も言ったが、派手目ながいかん
「いや、あんたみたいな趣味じゃないと思う」
美羽は、すっぱりときっぱりと否定する。
なんだが、漫才みているみたいだな。結構息合ってるし。
「ちょ!GTウィングをなめんなよ!」
「高速コースならまだしも榛名山は中高速セクションとテクニカルな低速のセクションからなってるのよ!」
そう言えばそうだ。
GTウィングが、効果を発揮するのは時速200kmからと言われている。変わって、スポイラーは120〜160kmらしい。
だから、ラリーの競争車は低速から効くスポイラーが多く採用されている
「って、そもそもスポイラーとウィングの違いってなに?」
「・・・・ウィングとスポイラーの違い?・・・・知ってるよ」
雪がボソリと呟いてしまった事に、聖が答える。
「・・・・ウィングを簡単に言ったら。・・・・飛行機の羽が反対にくっついてるって考えてくれたらいいかな」
「羽が反対にくっついている?」
「・・・・うん。飛行機の羽は、空気の早さを変えることによって揚力って言う上に上がろうとする力を使っているんだよ」
「うーん。分かったような分からないような」
何となくだが、宮ちゃんの言いたいことは分かる。
「・・・・じゃあ、逆に羽がくっつてたらどうなる?」
「えーと……あっ!下に押しつけられるんだ!」
「・・・・そう。コレがウィングの基本的な構造」
なる程、空気の流れを変えて下に押し付ける力らにかえるとはスゴい発想だ。
「じゃあ、スポイラーは?」
「・・・・スポイラーを日本語に訳すと『邪魔するもの』っていう意味なの。さっきのウイングは空気の速さを変えるものだったよね。スポイラーは空気の流れを邪魔することに下に押し付ける力に変えるんだよ。」
「なるほど」
先ほどから聖宮ちゃんは、親切に教えてくれている。
「・・・・じゃあ、寝かせた板と立てた板じゃどっちが空気の抵抗があると思う?」
「立てた板?」
「・・・・後は角度の問題かな。だんだん角度が地面に対して垂直に近くなるほど空気抵抗が大きくなるから低速でも下に押しつける力が発生するんだよ」
「へぇ~。ありがとうね宮ちゃん」
「・・・・いえいえ。分からないことがあったら何でも聞いて」
そんな雪と聖の話の時に、ほかの2人は大喧嘩を繰り広げていた。
「・・・・んっ?何台か上ってくる」
「えっ?ホントだ。5、6台ぐらいかな。おーい。2人ともソロソロ喧嘩やめたら?恥ずかしいよ」
「いや!雪ちゃんこんなとこで負けたら末代までの恥だよ!」
「アンタの趣味の悪さのほうが末代までの恥よ!!」
など意味の分からない事叫ぶ2人。
「・・・・っん?この高回転まで吹け上がる音は?」
「「はい?」」
先ほどまでにらみ合いになっていた2人は呆気ない声を出したかと思うと、山に響く車たちの声に耳を傾けた。
「独特なエンジン音だな。ロータリーが2台。後はエボと・・・・しかし、何だこのエンジン音は」
聞いただけで相手の車種が分かってしまう忠秀だが、一台だけ分からないエンジン音があった。
その叫びは、市販された車には無い。研ぎ澄まされた声。
これはまるでレースの世界で鍛え上げられたレーシングカーのような音だった。
「とんでもないものがコッチにきてる」
素人の雪でも分かるほどの空気。まるで、榛名山がこのエンジン音を待っていたかのように空気を振るわせる。
「まさか、榛名のハチロクって」
みんなの息が詰まる。コーナーから車を真横にして飛び出してきたパンダトレノ。
明らかに先ほど聞こえた超高回転なエンジン音がそのハチロクから発せられていた。
「うそだろ・・・・。榛名の上りをものともせずに上っていくなんてありえない!?」
ハチロクからは、凄まじいオーラのようなものが漂っている。
カッチ、カッチ、カッチ
後ろから物音がした美羽は振り返ると、雪のAWがゆっくりとハザードを打っている。
目の前に現れた強敵に答えるかのよう美羽は思えていた。
「ねえ、雪。AWのハザード点いたたままだよ」
「へっ?」
言われて振り向いてみるとAWのハザードが確かに点滅している。
「あれ?おかしいなぁ。点けた覚えないのに」
首をかしげながらAWに近づくとメーターの様々な警告灯がいっせいに点灯していることに気づいた。
「なにこれ・・・・どういう事なの?」
背筋にゾクリとしたものが駆け抜けたのが確かに感じ取れた。
「しかし、あのハチロクどういう事だ?いったいどうチューニングしたら・・・・」
「正直、私たちで何とかなるなんてぜんぜん思えなかったよ」
「・・・・榛名山にあれほどの人がいたなんて」
雪が、AWを見に行っている間に残りの3人は先ほど前を通ったハチロクの感想を口々に口にしていた。
「AW、どうしたの?」
カッチ、カッチ、カッチ。
あたりの音がだんだん小さくなっていき、自分とAW11だけがこの空間にいるようにさえ思えた。
カッチ、カチ・・・・・・。
『怖じ気付いたのか?』
「えっ?」
『嬢ちゃんは、強敵の前にその膝を屈してしまうのかい?』
ハッキリとその声の主は喋った。
「も、もしかしてAW11!?」
驚きのあまりしりもちをつくかと思った 。
『いかにも。ワシはそれなりに老体だ。前のオーナーにかわいがってもらっていたから、ソロソロ引退と思ってたが、嬢ちゃんがワシを呼んでくれたからな。どれ、榛名山を攻めてみんか?』
「で、でも。私、運転うまくないし‥‥」
『それは、当たり前だ。仮にもワシはレーシングカーにもっとも近いミッドシップエンジンだぞ。簡単に乗りこなされてはワシのプライドが許さんからな』
AWは、優しく言い聞かせる。
『ハチロクは、ドライバーを育てるクルマ。AWは、ドライバーを映し出す鏡。ごまかしは利ないシビアなんだ。さあ、本当の峠の楽しさを君に教えてあげよう』
私は、AWに言われるがままに運転席に乗り込む。
キー捻ると、背中から爆音とともにエンジンに火が灯った。
アクセルをあおると信じられないくらいのレスポンスの良さが分かる。
『さて、久々の仕事かな』
雪のAWは、ゆっくりと行動にでる。
ほかの3人は、動くことができなかった。
全く理解できないことが、目の前で起きたのだから。
2車線しかない道でAWがコマのようにくるくると回りだしたのだ。
「す、スピンターン!?」
2、3週回った後、AWは炎を吐き捨て榛名のを下っていく。
「なにがおこったんだ?」
三人を残し、あっと言う間にAWは見えなくなった。
AWはドリフトをしながらコーナーを抜けていく。
激しい横G、凄まじいスピードで流れていく周りの景色、唸るエンジン音。
安心できる要素なんて何処にもないのに雪は、意外と冷静だった
前をしっかりと見据え、マシンから伝わる全てを取り込んでいた。
この時、雪はこう思っていた。
自分の手でAW11を駆り、いろは坂最速になろうと。
榛名の山にこだまする2台の4AGの咆哮。
いろは坂の伝説の幕が上がる数日前の出来事だった。




