第1話 『出会い』
この小説に登場する人物名、地名、団体名は実際に存在するものと一切関係ありません。
法定速度を守り、安全運転を心がけましょう。
何の変哲もない私の人生を大きく変えたのは、15歳の夏の出来事だった。
「はぁ。暇だなぁ。」
少女は、ベッドに寝転がっている。
腰まである、灰色の髪をベッドいっぱいに広げている。
整ったキレイな顔には、ルビーのように赤い瞳が輝いている。
私は、高瀬雪。
工業校に通っているふつうの女の子。
今は、夏休み。やることもなくダラダラと過ごしている。
「雪!ぐだぐだするくらいならスポーツするなり勉強するなりしなさい!」
母の怒鳴り声が1階から響いてくる。
「分かったわよ…。」
勉強するのも嫌だった私は机の引き出しから自転車の鍵を取り出し、1階に降りる。
「お母さん!ちょっと出かけてくるから。」
「クルマに気をつけなさいよ。」
ガチャリと玄関を開ける。
「熱…。」
カーポートの下にある自転車にまたがり国道にでる。
こんな暑い日に外出だなんて戦場に武器も持たずに飛び込んでいくようなものだ。
「暑いなぁ…。」
とりあえず、暑さをしのげるところに行かなくては。
そう思った私は、近くの書店に向かうことにした。
ハア、こんな時にクルマの免許があったらなぁ。
今の日本は、先進国などに習い、自動車免許の取得年齢が原付と同じ16歳になった。
と言っても、クルマはバイクに比べて高価なもの、あまり16歳で自動車免許をとる人はいないのが現状だ。
「う〜。何で日本の夏はこうもジメジメしてるのよ!」
信号待ちをしている間にも容赦なく降り注ぐ太陽光。
早く、信号が変わらないかとイライラする。
すると遠くから、カン高いエンジン音が響いてきた。
「んっ?」
右から近づいてくるエンジン音に気づいた私は、ふとそちらを向く。
白と黒の色クルマがこちらに向かって走ってきている。
別に、飛ばしているようには見えないが、普通のクルマとは違う音を奏でている。
「キャア〜!!」
悲鳴に驚き左を見た時にはすでに遅かった。
止まりきらない速度でつっこんでくる自転車。
ヤバ!
あちらの自転車が私の自転車に衝突。
私は、投げ出されるように地面を転がった。
その時、私は恐ろしいことに気づく。
今私がいるのは車道のど真ん中。
そして、私に向かって突っ込んでくる白黒クルマ。
死んだ!
そう確信した瞬間だった。
激しいスキール音と共にクルマは真横になって滑る。
このとき、不思議と私の中の時間はゆっくりと流れていた。
リアタイヤから白煙をあげて迫ってくる。
ズギャアアァァァァ……
しばらくして静寂が訪れる。
ゆっくりと目を開けてみる。
すると鼻先10ほど手前で停車しているクルマ。
わたし、生きてるの?
「大丈夫か!?」
運転席から慌てて出てきた、男性が駆け寄ってくる。
「えっ!?浜坂先輩?」
「…雪ちゃんか!?」
運転席から出てきたのは、中学の時からの先輩、浜坂悠人先輩だった。
「そっかぁ。危ないとこだったな。」
私は、浜坂先輩と一緒に近くの喫茶店にきている。
浜坂先輩は18歳、受験などで色々お世話になった。
しかし、先輩がクルマに乗ってたと走らなかった。
それにしても、先輩のクルマ何だっけ?
確か、マンガにでてたような
……そうか、ハチロクだ!
あれ、
でもマンガで見たハチロクとなんか違うような気がする…。
「浜坂先輩のクルマって、ハチロクですか?」
どうしても気になった私は、先輩に質問してみた。
「そう、AE86だよ。」
「何とかDの主人公が乗ってるクルマですか?」
「おしい!それはトレノ。俺が乗ってるのは、レビン。まあいわば、トレノの兄弟だな。」
「そうなんですか。レビンってカッコいいですよね。」
この言葉、お世辞でもない心の奥底からそう思った。
「そうかい。そう言われると嬉しいね。雪ちゃんも、クルマを買ってみたらどうだい?」
「…クルマですか。」その時から、頭の片隅にクルマがほしいと思う気持ちが芽生え始めていた。
その日の夜。
「ねぇ。お父さん。」
「んっ、どうした?」
父、高瀬一は、テレビを見ながら返事をした。
「クルマの免許とってもいい?」
「免許か、誕生日、明日だろ。なら、夏休み中に取れるんじゃないか?」
「えっ…。いいの免許とっても?」
予想外の父の答えに驚いた。
父は、テレビをきるとこちらを向いて言った。
「かまわないさ。好きなクルマでも出来たのか?」
「う、まだ決まってない…。」
「決まってないか…。だったら雪が免許を取ったら俺が知り合いの所に連れてってやるぞ。構わないよな母さん。」
「ええ、雪がやりたいことがあるならやりなさい。」
母、高瀬奈緒美もにっこり笑って答える。
「ありがとう、お父さん、お母さん。」
娘にありがとうと言われて照れる父、母もほほえましく笑っていた。
雪が二階に上がっていくのを見届けた父は、笑いながら言った。
「あの目、お前にそっくりだよ。」
「あの性格はアナタにそっくり。」
笑いあう夫婦。
「仕方ないよな。両親ともども走り屋だったんだからな…。」
翌日から、私は自動車学校に通うことにした。
目指すは、MT免許の獲得。
はじめの授業は座学。
ペーパーテストに向けての勉強だった。
「なるほど、ここがこうなるのか…。」
聞き漏らすまいとしっかりと話を聞く。
数日たつと、実技も入ってくる。
「それじゃあ、高瀬さん。ギアを一速に入れて発進してみましょう。いいですか、ギア、クラッチの操作は焦らず丁寧にですよ。」
「はい!」
クラッチをきり、シフトノブを左前に押し込み、クラッチをつなげる。
ボォォォ
「うまくいった!」
「高瀬さん、うまいですね。では、コースに沿って走ってみましょうか。」
「はい。」
私にとって、クルマを運転するということすべてが新鮮で面白かった。
そして迎えた、免許試験を何とか終わらした私。イスに座り合格発表を待つ。
「私は、24。」
電光掲示板の自分の番号が光れば合格だ。
…………24番
「やったぁ!」
一発合格。
これで私は晴れてクルマに乗ることができる身分になった。
それをみていた父、ぼそりとつぶやいた。
「スムーズに運転できていたからな。まさか、雪はかなりのセンスの持ち主なんじゃないか?」
その日の夜
「じゃーん!自動車免許。」
「よくやったな。約束だったクルマを見に行こう。」
「ホント!!やったね。」
翌日
クルマを見に行くことになった。
「いいクルマに巡り会えるといいな。」
運転しながら父言う。
「巡り会える?」
「ああ、クルマの出会いも人と全く変わらない。自分から選ぶ事もあれば、クルマに選ばれることだってある。」
「選ぶんじゃなくて選ばれるの?」
「まあ、もっと車に乗るようになって分かるもんだ。直ぐには分からないさ。」
いつか私も、分かるようになれたらいいな。
「さあ、着いたぞ。」
父が車を止めサイドブレーキをかける。
赤みがかったサビが壁にこびりついている工場。
「もっちゃん、元気か?」
父は、工場から出てきた赤いつなぎ姿の男性に話し掛けた。
「高瀬か!!久しぶりだな。」
「まあな、ところでもっちゃんは、まだ中古車販売してるのか?」
「しているぞ。まさか昔みたいに走りたくなったのか?」
「俺は、もう年だよ。娘の車を買いたくてな。」
「…お前の娘さんが好きそうなクルマはないぞ。ここはほとんどがスポーツカーだからな。」
「まあ、いいじゃあねぇか。」
もし、雪がスポーツカーに興味がないのなら考え方を変えないとな。
「分かった。嬢ちゃんも付いて来な。」
「は、はい!」
工場の中を通り向かい側にでる。
向かい側には様々な車がおかれている。
「あっ、これハチロクだ。」
1番手前には赤と黒のツートンカラーのAE86スプリンタートレノが止められている。
「嬢ちゃんよく知ってるね。」
実は免許を取る間、雑誌などを読んでクルマの勉強をしたのである程度は、車種が分かるようになった。
フロントガラスには、70万の値札がかけられている。
「70万か。ローンが組めたら買えなくもないな。」
続いて、横の車に目を向ける。
「コレは、シルビア?」
「正解。コイツはシルビアS13だ。懐かしいなぁ。」
父は、旧友に再会したような懐かしい目を真っ白のシルビアに向ける。
「お父さん、シルビア知ってるの?」
「昔乗ってた車だからな。」
ヘェ。
お父さんもこんなスポーツカーに乗ってたときもあったんだ。
さらに横に行く。
「インプレッサ。」青色のインプレッサGC8。
インプレッサのシリーズの中では、つり目のフロントライトのGC8が私は好きだ。
フロントガラスにかけられている値札は120万。
ちょっと、高いなぁ。
右に右に車を見ていく。
フェアレディZ、80スープラ、シビックEG6、スカイラインR32GT−R。
「うーん、イマイチぱっとこないなぁ。」
ここに置かれているマシンはどれもいいマシン。
だけど、何だか私が乗っているイメージがわかない。
悩んでいる娘を見て、一も考えていた。
やっぱり、雪はイマイチスポーツカーがピンときていないのか?
今度は、ふつうの車を選んであげるべきだな。
そう思い始めていた。さっきまで、悩んでいた雪がいきなり顔を上げキョロキョロとしている。
どうしたんだ?
話を数秒まえに戻す。
悩んでいる雪の耳に声が聞こえたかがした。
「えっ?」
あたりをみてみるが、私に話しかけてきたそぶりの人は見えない。
…気のせいかな。
カチカチ
「!?」
確かにその音は聞こえた。
工場の片隅にあるブルーシートから音が聞こえて気がする。
私は、呼ばれるようにブルーシートに向かって歩いていく。
「オジサン。このブルーシートめくってもいい?」
「んっ?かまんが、ソイツはただのガラクタだぞ。」
「もっちゃん、あれは何だ?」「エンジンもかからんような化石状態の車だ。」
四隅にくくりつけてるひもをほどき、ブルーシートを引き剥がす。
「これ…。」
ブルーシートの下から姿を現したのは、上半分が白い、下半分がシルバーのクルマ。
フロントライトはハチロクなと同じリトラクダブルライト。
エンブレムは羽ばたいている鳥が描かれている。
車内には赤いロールバーと呼ばれるクルマの剛性をあげる金属パイプが通っている。
驚いたことに、シート2つしかない。
「見たことないクルマ…。」
クルマの後ろに回り込む。
TOYOTA MR2
銀色の文字でしっかりとそう記されている。
「MR2…。」
「そう、MR2 AW11。国産車初のミッドシップエンジンのクルマだよ。」
父が歩み寄ってきた。
「エンジンが後ろにあるの?」
「ドライバーのすぐ後ろにエンジンがあるからな。普通とは違うものが味わえる。」
そう、ミッドシップエンジンというのは、ホイルベースの中にエンジンが入っている。
中心に重たいものが集中するため、飛躍的に運動性能の上がるためF1をはじめとする、レーシングカーにはミッドシップエンジンが多く採用されている。
しかし、ミッドシップエンジンにも欠点がある。
それは、フロントが軽くなったために起こるアンダーステア(ハンドルの切れ角よりクルマが曲がらなく、
コーナーでクルマが外に膨らんでいく現象)がより強くなる。
荷重移動を完全にマスターした人間が次のステップに選ぶのがミッドシップエンジンである。
「…お父さん。この車が欲しい。」
「だったら、他の店で探そう。」
「嬢ちゃん、なんなら、他のAWを探してきてあげよう。」
「それじゃあ、ダメだよこのコじゃないと。」
「そうは、いってもなぁ。コイツは、エンジンもかからないポンコツだぞ。」
「オジサンお願いします。キー貸してください。エンジンがかからなかったら諦めますから。」
「もっちゃん。貸してやってくれないか?」「仕方ない。ちょっと待ってろよ」
「ありがとうござます!」
工場にカギを取りにいくオジサンの姿を見ながら父は雪に尋ねた。
「どうして、このクルマじゃないといけないんだ?」
雪は、AW11を眺めながら答える。
「お父さん、言ったよね。クルマに選ばれることもあるって。」
「あ、ああ。」
「このコが私を呼んだ気がするの。だから。」
「嬢ちゃん。はいカギだよ。」
ちょうど戻ってきた、オジサンからカギを受け取る。
ドアの鍵穴に差し込みクイッと回す。
カギ開けられドアを開ける。
ドアは抵抗もなく素直に雪の手に沿って動く。
運転席のシートに滑り込んだ彼女は、ゆっくりとカギを差し込む。祈るようにイグニッションを回した。
ヒュルヒュルヒュル…
お願いかかって!!
ヒュルルルル コワアァン!!
背中からエンジンが唸る上げる。
「かかった!」
ドッドッドッドッ
落ち着いたアイドリング音と私の心臓の鼓動が同調したように思えた。
「かかりやがった…。俺があんだけ整備してもかかんなかったエンジンを一発でかけるなんて。」
「ホントに雪を呼んでたのかもなコイツは。」
「やるな。お代はいらない。ソイツは、今日から嬢ちゃんのモノだ。」
「ホントですか!ありがとうございます!!」
こうして、私ともAW11の物語が幕を開けた。