"元"東国無双の美姫は平和を望む
今日も私の目の前には、書類が山積みになっている。
溜め息をつきたいけど、もうこの状況が当たり前だから、ついても変わらない。
クソ上司め、と最後に思ったのは何年前だろうか。
仕方ない。やらないといけないのだ。そうだ、私は大人なのだ。我儘は通用しない。
私は自分の双眼を擦る。眠気なんて吹っ飛ばす。おっけ、よし、やろう。
と、思いました。思っただけで、手が動かないのです。
今日は調子が悪いな。む、怒られたから?でもいつも私、怒られているし。気にしていないつもり、なのだが。……考えることは原因じゃない。必要なのは、結果。
ほら、隣の同僚も結果を残すために、一生懸命、頑張っている。頑張って昇進した仲間もいるのだから。……だから。
時間が過ぎていく。チクタク、チク……
眠いのかな、少し、仮眠するぐらいなら……いいよね?
おやすみ……。
「ひ、姫様ー!」
う、ううー。頭が痛いなぁ。頭痛が痛い、なんちゃって。
「甲斐、大事ないか!?」
あ、もしかして書類に頭を預けちゃったかなぁ。うわ、どうしよう。大事なことが書いてあることもあるのだぞ。……うん、いっか、別に私のじゃないし、と思うことが出来ないのが悲しい。
ていうか、今、何時?結構、寝ちゃったかも!
やばい、やばい。終わらない、明日提出なの!
締切を守らないと!
……どうしよう、目が開かない。パチパチしても開かない。あ、聞いたことがある。すごい疲れた日は寝ると、金縛りにあうって。身体がびくともしないから、金縛り?
「甲斐!」
「「あねうえ!」」
「甲斐姫様!」
むう。外が騒がしいですな。少し、辟易しちゃうよ。
……え、かい?
甲斐国、という国名ですか。それとも、甲斐甲斐しい、みたいなそのまんまの意味ですか。美味しい貝ですか。
でも、姉上って……。人名の甲斐、でしょうか。あと、姫様?
残念です。ここには、姫様はいませーん。
いたとしたら、交番へ拉致します。怖いので。
そういえば、身体が熱くなった。燃えているような熱さだ。
閉じている目をギュッとする。勿論、暗い。
私がいる場所はわかる。ここはオフィス。なのに、何故か怖い。私がどこにいるのか不思議で。
……子供じゃないのに。ああ、土の匂いがするから?
「甲斐、目を開けなさい!!」
バチッ。
目が開いた。ええー、開いた。今、呪いが解けたように金縛りも解けた!
ああ、良かった。よし、仕事だ。ん、なんか明るくない?ま、まさかの朝とか……。
恐る恐る身体を起こす。バッ、と上を見ると。そ、外?
おお……そして貴方達はどなたです?時代遅れの着物……。
不審だけどキョロキョロする。
……え、え、えー。ここ、どこーー!!
目を限界まで開く。驚かない人はいないよ、この状況。しかし、何故かしっくりくる。なんか落ち着いてしまう。でもでも、何、あの建物。博物館にしかないやつだよぉ。う、え。ゆ、夢かな、そうだよ夢……。
「「あねうえーー!!」」
「わっ」
我ながら甲高い声が出たな——って思う前に。
二人のちびっこちゃんが私に飛びついた。
ギュッギュッと。久しぶりに触れた人の肌は温かかった。特に子供は。
子供と触れるのが久しぶりすぎて、あまり動揺出来なかった。ちびっこちゃん、可愛いなぁ。無意識に二人の背に手を置いちゃうよ。
そっと、ちびっこちゃんを見ると。
……へ、着物ですか?
「……どういうこと——」
視線を下にずらすと自分であろう手がとても小さかった。これは凝視するしかない。
「……は?」
数秒後経った後に思わず、手を離してしまった。すると、二人は顔を見合わせて、不安そうに瞳を曇らせる。
「あねうえ、どうかしましたか?」
「しましたか?」
決まっています。キャパオーバーです。メンテナンスをしますので、時間が経ってからでお願いします。
「甲斐!無事で……。これ、二人とも、静かに。あら?甲斐、熱が——」
お姉さんかな、べっぴんさんがやって来る。わあ、着物の柄が素敵——
そこで意識が飛んだ。
なんという馬鹿げた夢なの。
なんてね。
「——夢じゃないなら、誰か現実だ、とか言ってよー!!」
「ひ、姫様?」
いえーい。転生しましたー。
転生は前世で少し憧れたけど、えらいとこに来てしまったよ。異世界でも未来でもない、戦国時代に。
私はどうやらあの"甲斐姫"になりました。あの、です。
「姫様。お休みになられたほうがよろしいかと……」
あ、ごめん、そうだね。と私のそばにいる女性に言う。そうしたら女性は、また参りますと部屋を出て行った。……多分、侍女?
記憶が正しいなら、どうやら甲斐姫こと私は武芸の練習をしていたそう。で、なんかあって家臣と対決!そしたら……どこかやっちゃって。ということで自室で寝込んでいました。
確かに発熱はしたけど、なんか軽かったみたいで三日で治った。
戦国時代、ってすごいね。治療方法は、祈り。私、何もされていない。強いて言うなら、妹たちから貰った果物。みずみずしくて美味しかったなぁ。
回復したのに、父である成田氏長に休めと言われたのが今朝です。
一言で言うならつまらない。スマホもテレビもないからなぁ。せめて本を……。
本、ね。私自身、甲斐姫のことはわからない。こちら、平安時代が専門なので。でも本好きかつ歴女の友達から戦国時代の姫の話は、よく聞いていた。友達は姫たちがお好きのようで、マイナーなお姫様も知っていた。本当にすごい。何十人の人生を覚えている記憶力だけ褒めて差し上げたい。
甲斐姫は成田の生まれ。成田氏は、ころころ主君を変えていたそう。今は……えっと北条氏かな?
1590年に秀吉が天下統一を成し遂げたことは学校でも習った、と思う。その裏には、忍城の戦い、という戦がある。忍城は、現在の埼玉県行田市にあるところ。当時は成田氏のお城だった。今の秀吉は北条氏を倒そうとしていたから、北条の家臣である成田にもちょっかい出すのはまあ、妥当だね。
結果的には、北条は負ける。忍城は水攻めをされたのだけど——流石、「浮き城」と称えられているお城。水攻めに耐えて、落ちませんでした!
つまらない友達の話を流そうと思っていたら。なんか興奮する内容でついつい聞いてしまったのが私の運命。そのあと、延々と歴女っぷりを見せられたのは内緒。
そんな忍城の戦いで極めて活躍したのが、この甲斐姫。全部が甲斐姫、というわけではないし、多分優秀な家臣もいたと思う。けど、友達曰く「『成田記』によると甲斐姫は戦ったらしい。……かっこいいよね、普通だったら怖いはずなのにね」と。
その時は、戦うお姫様を知らなかった。よーく深掘りしてみると戦うお姫様はいっぱいいたそう。勿論、お姫様じゃなくても。……戦国時代だもんね。敵がきた!どうする? はい、戦いましょう、です。
つまり、未来は刀を握り弓を引く、ということです。……無理無理無理!
戦えと?断言しましょう。怖くて無理です!死にます、はい!
未来、未来。……あ、未来を知っているからこそできることがある……?
うん、ある!
未来を変えればいいんだ!
へへ、私ったら天才ー。多分、1590年まで後十年はありそう!
そうだ、変えるんだ。戦わない未来のために。
「今すぐ、平和になーーれ!」
夢はでっかく、身体は小さく!
とりあえず、大きい目標は平和にすること。
さて、今は何年ですか?
1579年。天正7年。
甲斐姫、1572年年生まれ。
うち、八歳。あー、八、ですか。ちっちゃいな。自分で言うのは躊躇いがあるけど、甲斐姫、可愛いよ。後に東国一の美女とも東国無双の美姫と言われるんだもん。今もきっと可愛いと自負しましょう。
子供にできることがー、できることが、あることを願って。
……なんか、ワクワクしてきた。戦国時代は怖いけど、少しは楽しみたいもん。折角の第二の人生!
(多分)過労死した前世の人生も含めて、この人生を精一杯生き延びたいです!
よーし、本能寺の変をどうしようか考えなくては!
私の知識が間違っているように、史実も定かではないのが痛いところです。




