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五日後、うちの廃墟に看板が立っていた


初日から五日で、守谷牧人の普通の生活はきれいに終わった。


三日目にザガが根菜を三本持ってきた。

四日目には五本になった。

五日目の今日は石が混ざっていた。

ニコの癖だ。もう諦めた。


朝起きる。

鍋を火にかける。

怪我人を診る。

ぷるが床を磨く。

まめじいが帳場をつける。

クロが門に座る。


ザガたちもいる。


「……なんでお前ら今日もいるんだよ」


「たまたまだ」


とザガ。


「昨日もいた」


「たまたまだ」


「一昨日もいた」


「……たまたまが続いてるだけだ」


ベロは片腕で鍋を運びながら言った。


「俺は腕の様子見」


「その腕で鍋持ってるだろ」


「鍋は別だ」


ニコは入口の板に矢印を書き足していた。


「俺は案内係」


「頼んだ覚えないけど」


「でも俺がいないと列が混ざる」


「それはちょっとそう」


ザガが顔を逸らしたまま言う。


「勘違いすんなよ。住みついたわけじゃねえ」


「うん」


「ただ、飯時に近くを通るだけだ」


「都合のいいやつだな」


牧人は鍋を混ぜる手を止めた。


「住みついてないって言い張るわりに、動きがもう住んでるんだよ」


クロが門前から短く言った。


「……ずっといる」


ザガが耳を伏せる。


「若頭、刺さること言うな」


「事実だろ」


と牧人。


「事実でも痛ぇ時はあるんだよ!」


ベロがぼそっと言った。


「……追い返されねえしな」


ニコも続く。


「飯も出るし」


ザガは最後に、ぶっきらぼうに言った。


「……怪我してても、変な顔しねえし」


牧人は少しだけ止まった。

でもすぐに鍋へ向き直る。


「じゃあ、いるなら働け」


「もう働いてるだろ」


とザガ。


「言い返しが早いな」


その直後、ザガは列に向かって怒鳴った。


「押すな! 怪我が左! 飯が真ん中! 相談が右だ!」


牧人はため息をついた。


---


五日続けて朝からいる時点で、完全に住み着いていると言ってよかった。


ここまでは、もう慣れた。


問題は、それが全部勝手に制度になっていたことだった。


「なんで列が三本あるんだよ」


廃墟の前には今日も列ができていた。

左が怪我、真ん中が飯、右が相談。


しかも相談がいちばん長い。


「相談って何を相談するんだ」


先頭の片耳イタチみたいな魔物が答えた。


「巣をどこに作っていいか」


「外」


「やだ」


「……わがままだな」


ザガが胸を張る。


「列分けは俺の案だ」


「お前、完全に運営側の顔してるな」


「皿洗いしたら昇格した」


「そんな制度はない」


ニコは入口横の板に炭で書いていた。


怪我→

飯→

相談→


字は相変わらず下手だった。


「曲がってるな」


「勢いがある字って言え」


「勢いで案内するな」


まめじいは別の板に在庫を書いている。


干し肉 少

根菜 中

塩 危

鍋 一


最後だけやけに切実だった。


「鍋、一って書くな。見れば分かるだろ」


「見える危機は共有すべきですぞ、親父殿」


---


五日前、服を裂いて包帯にしていたのが嘘みたいだった。

あの時は一人だった。

いまは列があって、帳場があって、案内板まで立っている。


俺はただ、飯を出して、怪我を診て、名前を呼んだだけだ。

なんで看板まで生えるんだよ。


クロは門の前に座っていた。

クロの前では誰も押さないし、割り込まないし、大声も出さない。


「お前、いるだけで便利だな」


クロは中央の頭だけで牧人を見た。


「揉めるやつが減る」


「それだけで十分だよ」


右の頭が少し偉そうに鼻を鳴らした。

左は眠そうだった。


その時だった。


列のざわめきが止まった。


影が差す。


旧保全区画の崩落穴の向こうを、巨大な影が横切った。


牧人もつられて見上げる。


「……でかいな」


天井の大穴から、石像が真っすぐ落ちてきていた。


石像だった。


女の形。

翼つき。

片翼は砕け、右肩もひび割れている。

それが、まっすぐこっちへ来ていた。


「避けろ! みんな避けろ! 鍋も避けろ!」


鍋は大事だった。


全員が散る。

ニコが旗を投げる。

ぷるがしゅるっと壁に張りつく。


どごおん、と庭に落ちた。


土煙が上がる。

干していた布が飛ぶ。

廃墟の屋根の残り少ない方が、また削れた。


「屋根が!」


煙が晴れる。


石像が片膝をついたまま庭に埋まっていた。

片翼は半分ない。

肩から先もひびだらけだ。

それでも目だけは赤く光っている。


クロの右が低く唸る。

中央が頭を低くする。


だが石像の方が先に動いた。


ぎぎ、と顔が上がる。

赤い目が牧人を見た。


「……保守……申請……」


全員が止まった。


「は?」


「修繕……希望……」


「希望なんだ」


「屋根……破損……謝罪……」


「そこ謝るのか」


石像は頭を下げようとして、顔面から地面にめり込んだ。


「下げ過ぎ!」


牧人は石像を注意深く見る。


「……石像が動いてるんじゃなくて、これ魔物なのか?」


まめじいが横に来る。


「はい。石の体を持つ守護個体ですぞ」


と、まめじい。


「はじめてみる魔物だ」


「そうでしょうな、古代要塞型ガーゴイルで、古代遺跡の守護核を持つ上級個体ではないかと、石造の身体を持つ生きた守護者ですかな」


「じゃあ壊れたとこも直せる?」


「守護核が無事なら。泥を落とし、ずれを戻し、樹脂で埋めれば馴染みます。包帯ではなく石工の手当てですな」


牧人は石像の魔物を見る。


「……硬いけど怪我人ってことか」


「ええ。だいぶ硬いですが、怪我人です」


牧人は近づいた。


近くで見るとさらにでかい。

人間の倍はある。

翼の付け根には古い金具。

肩には崩れた装甲。

顔立ちは女だが、雰囲気は完全に要塞だった。


ひび割れを見る。

翼の付け根が深い。

肩の接合部もずれている。

泥が詰まっていて、余計にひどく見えた。


「ぷる」


ぷるを呼んだ。


「ぷるん」


「まず泥、取れるか」


ぷるがぬるっと石像の肩に乗った。


石像の赤い目が見開かれる。


「……冷……」


「うちの床係だ。泥だけ取る」


ぷるがひびの間の泥を吸って、ぺっと黒い塊を吐いた。

泥が消えると、壊れ方がはっきり見えた。


「縄、板、樹脂がいるな」


ザガが手を挙げる。


「板ある」


ニコが言う。


「縄ある」


まめじいが頷く。


「樹脂は帳場に」


「帳場に樹脂あるのかよ」


「拾いました」


「今回は助かる」


牧人は、石像の魔物の傷を見ながら言った。


「クロ、えーっと、イシコ押さえといて」


「イシコ?」


とザガ


「石像だから、イシコね」


「適当過ぎるだろ!怒るぞ!」


とザガが言いつつ、石像の魔物を見た。


石像の赤い目が光った。


「やっぱり、怒ってる!」


とザガ。


石像は無表情につぶやいた。


「……イシコ……気に入った」


「気に入るのかよ!」


ザガが叫んだ。


クロはもう石像の後ろに回って、倒れないよう支えていた。


板を当てる。

縄で固定する。

樹脂を流す。

ぷるが隙間の汚れを取る。


途中でイシコが小さく言った。


「……ここは……保守班?」


「違う」


「……工房?」


「違う。保護施設」


「……?」


「俺もまだ説明できてない」


固定が終わる。


牧人は、ひび割れた翼の付け根を見た。


「……で、なんで落ちてきた」


イシコが少しだけ黙る。


「上層保全路、崩落。回避失敗。着地失敗」


「それは見れば分かる。なんで戻らない」


イシコの赤い目が、わずかに揺れた。


「帰投先、消失」


牧人は眉をひそめた。


「消失?」


まめじいが横から低く言う。


「戻る持ち場が、もう死んでおるのでしょうな」


イシコは短く答える。


「守護区画、半壊。管理線、応答なし。守護対象、消滅」


「……つまり?」


「戻る場所がない」


牧人は少しだけ黙った。


それから、いつもの調子で言う。


「じゃあ、怪我が治るまでは、ここにいろ」


まめじいが小さく頷く。


「親父殿。勧誘が自然ですな」


「勧誘じゃない。行く場所がない怪我人を置いただけだ」


イシコは数秒止まり、やがて低く言う。


「……了解」


石像がゆっくり立ち上がった。

庭が急に狭く見えた。


一度肩を回す。

翼を少しだけ持ち上げる。

そこで口調が変わった。

さっきまで途切れていたのが、短く滑らかになった。


「屋根、壊した。直す」


「責任感が強いな」


「外壁も直す」


「そこまで」


「地下通路の床も危ない。補強する」


「なんで地下が分かる」


「足音で分かる」


石像は少し胸を張った。


「古代要塞型守護個体。イシコ」


「肩書きから入るのな」


「大事」


列の後ろから歓声が上がる。


「屋根直るのか!」


「すげえ!」


見ると、ニコがもう板に書き足していた。


怪我→

飯→

相談→

修繕→


「増やすな!」


「流れで!」


「勝手なことするな!」


まめじいはもう新しい板を探している。

ぷるはイシコの足元を磨いている。

クロは門前に戻って何事もなかった顔で座った。


たった五日で、人も列も機能も増えていた。

誰も頼んでいないのに。


「……なんでこうなるんだよ」


その時だった。


足元が、かすかに揺れた。


牧人は眉をひそめた。


「……ん?」


もう一度。


今度は、床下のどこかで石が擦れるような、低い振動だった。


列がざわつく。

ぷるがぺたりと床に張りつく。

ザガが耳を立てた。

クロの三つの頭が、一斉に下を向く。


「地下」


と、クロ。


イシコも動きを止めた。

赤い目が、廃墟の床を見たまま細くなる。


「旧保全路。反応あり」


牧人は地下へ続く階段の方を見た。


薄暗い穴が、廃墟の奥に口を開けている。


「……反応って何だ」


イシコは短く答えた。


「まだ弱い。だが、古い」


「敵か?」


「不明」


「設備か?」


「その可能性、高」


まめじいが静かに言う。


「親父殿。この建物、やはりただの廃墟ではありませんな」


牧人は黙って階段を見た。


五日前は寝床があればそれでよかった。

いまは列ができて、帳場ができて、修繕担当まで増えた。

その下に、まだ何かあるらしい。


「……明日、下を見に行くか」


ザガがすぐに言う。


「俺も行く」


「なんでだよ」


「まあ、ついて行ってやってもいいよ」


「つまり行きたいんだな」


ベロが肩を回す。


「腕、もう動くし」


「それは知ってる」


ニコが板を抱えたまま頷く。


「地下→って書く?」


「増やすな!」


ぷるが、ぷるんと震えた。


イシコが最後に言う。


「地下は、旧保全の領分。私も行く」


牧人は階段の暗がりを見た。


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