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A級で見捨てられた日に、災厄級を拾った


A級ダンジョンで置き去りにされた日、守谷牧人が最初に思ったことは一つだった。


退職届、どこに出せばいいんだこれ。


「牧人、悪く思うなよ」


悪く思うに決まっていた。


灰環大迷宮の深層。天井は高いくせに暗い。壁は濡れているくせに熱い。足元では、さっきまで前衛が踏み荒らした骨と粘液が、ぬちゃ、と嫌な音を立てていた。


灰環大迷宮は、街の外に口を開いたA級迷宮だ。

人がいる場所じゃない。入口周辺に補給所や転移広間があるだけで、一歩奥に入れば、あとは魔物と探索者の縄張りが重なる危険地帯になる。

いま牧人がいるのは、そのさらに奥――大手攻略ギルドしか常駐しない深層寄りの攻略路だった。


そのど真ん中で、牧人だけが通路のこちら側に残されている。


向こう側には、《白閃牙》の主力連中。

その先頭で、堂前烈牙が、今日の昼飯でも決めるみたいな顔をしていた。


「囮役が必要だ」


「言い方を選んでください。せめて“時間稼ぎ”とかあるでしょう」


「同じだろ」


「だいぶ違いますよ!」


牧人は全力でツッコんだ。

最後の会話が雑すぎる。人を捨てる時の温度じゃない。


堂前は肩をすくめた。


「お前は補助役だ。最終局面では切る」


「トカゲのしっぽみたいに言わないでください」


「光栄に思え。A級に来られたのは《白閃牙》のおかげだ」


「帰れないのも《白閃牙》のせいなんですけど!」


後ろで、八代玲臣が迷宮扉の閉鎖札を持ち上げた。

こいつは入隊初日からずっとこうだ。名前では呼ばない。「おい」「テイマー」「お前」。人間への関心が薄いのではなく、最初から人扱いしていないだけである。


「烈牙さん。早く。臭いの来ます」


「言い方!」


「事実だ」


「人じゃなくて現象扱い!」


八代は牧人を見た。


「お前、魔物から好かれやすいだろ」


「好かれやすいですけど」


「なら好かれて死ね」


「最低だなこの職場!」


叫んだ瞬間、闇の奥から低い咆哮が響いた。


空気が震える。

濡れた壁の水滴が、びり、と跳ねる。


前衛が二人、顔色を変えた。


「災厄級だ!」


「来るぞ!」


堂前が一歩下がる。

八代が扉札を押し込む。


「じゃ、頼んだ」


「雑に深刻なこと言わないでください!」


ごうん、と重い音がして石扉が閉まった。


向こうで施錠の符が走る。

完全に閉じた。

迷いがない。閉める手つきが、あまりにも手慣れている。


牧人は扉に手をついた。

冷たい石の感触の向こうで、足音が遠ざかっていく。


「……えっ、ほんとに?」


返事はなかった。


代わりに、暗闇の向こうから、もっと大きな咆哮が返ってきた。


「いや、ほんとなんだな!?」


牧人は走った。全力で。半泣きで。


「ちょっと待って! 俺まだ今月の宿代払ってない! こんな死に方、生活が中途半端すぎる!」


誰に向けた主張かも分からないまま曲がり角を曲がり、その先で急停止した。


「…………でっか」


いた。


闇の中に、山みたいな黒い塊がうずくまっている。


犬だった。


犬というには問題が多すぎた。

頭が三つある。

牙が剣みたいに長い。

前足の爪が、普通の家なら一撃で解体できそうなサイズだった。


だが顔つきは、どう見ても犬だった。


黒い毛並みの隙間に、鈍く光る鉄杭が何本も刺さっている。

首、肩、脇腹、前脚の付け根。

杭には見慣れない刻印。傷口の周りはどす黒く腫れ、泡立つ毒が毛をぬらしていた。


三つの頭のうち、中央がゆっくりと持ち上がる。

六つの目が光った。


殺意が濃い。これを鍋で煮詰めたら、たぶん触れただけで死ぬ。


牧人は一歩下がり――そこで止まった。


「……ひど」


唸り声が低く響く。


だが牧人の目は、もう別のものを見ていた。


テイマーの仕事は、命令することじゃない。

読むことだ。

気配を読む。体調を読む。機嫌を読む。限界を読む。


だから分かった。


こいつは怒っているんじゃない。

痛くて、怖くて、もう誰も信じていないだけだ。


「俺、戦うの得意じゃない。だから変な期待しないでくれ。あと、いま俺を食うと、たぶんすごくまずい。汗と絶望の味しかしない」


右の頭が鼻を鳴らした。

左の頭が歯を見せた。

中央の頭だけが、じっと牧人を見る。


「……その杭、痛いだろ」


唸り声が、一瞬だけ止まった。


牧人は腰の道具袋を探る。

包帯、止血粉、干した解毒草、軟膏、水袋。

A級深層で災厄級を相手にするには、心もとないどころか心しかない。


「抜く。暴れるな。暴れたら俺が死ぬ。主に俺だけが」


返事はない。


「返事ないけど行くぞ!」


牧人は駆けた。


中央の頭が牙を剥く。

右が吠える。

左が噛みにくる。


「うおわっ」


噛まれそうになって転び、滑り、たまたま杭の真横に顔が来た。


「近い近い近い! 口が三つあると恐怖も三倍なんだよ!」


反射で杭をつかむ。

熱い。

嫌な脈動が手に伝わった。やっぱり普通の討伐杭じゃない。


「なんだこれ……嫌がらせにしても粘るな!」


短剣を差し込み、こじる。

解毒草を噛み砕いて傷口に押し込む。

軟膏を塗って癒着をゆるめる。


その間にも、奥の穴から牙ネズミがぞろぞろ顔を出した。


「最悪だな。見物客まで来た」


三つ首が吠える。

衝撃波で牙ネズミがまとめて吹っ飛んだ。


「えらい!」


褒めた瞬間、犬が固まった。


右の頭が中央を見る。

左の頭が右を見る。

三つ全部が「今の何?」という顔をした。


牧人も少し驚いた。


「いや、えらいだろ。野次馬追い払ったし。じゃ、続きいくぞ」


その勢いのまま、杭をひねる。


ぶち、と嫌な音がした。


杭が抜けた。


黒い血が噴き、犬が天井を揺らすほど吠えた。


「ぎゃああああ! 分かってたけどリアクションでかい!」


牧人は吹っ飛ばされ、壁にぶつかって落ちた。

痛い。

だが、目の濁りが少しだけ薄くなっている。


「よし、一本。あと何本――って多いな!?」


首に二本。肩に一本。脇腹に二本。前脚に一本。

合計六本。


「そんな刺さっててよく立ってたな、お前!」


そこからは半分治療、半分格闘だった。


二本目を抜いて吠えられる。

三本目で腕を噛まれかける。

四本目で包帯が尽きる。

五本目で自分の上着を裂く。

六本目では、ついにシャツの裾まで包帯代わりにされた。


「お前の治療で俺が半裸になるの、おかしくない!?」


右の頭が特に性格が悪かった。

毎回いちばん噛みにくる。


「右! お前だけ反応が注射嫌いの犬なんだよ!」


左は痛みに弱く、毎回大げさに鳴いた。


「分かる、痛いのは分かる! でもいま噛むのは違う!」


中央だけが、じっと牧人を見ていた。


最後の一本を抜いた時、牧人の道具袋はほぼ空だった。


クロ、とまだ呼んでいない三つ首は、ふらりと立ち上がる。

高い。でかい。圧がすごい。


「……立てるな。丈夫だなお前」


三つ首の中央が、ゆっくり牧人の手に鼻先を寄せた。

冷たい鼻だった。


「分かった。じゃあ、お前、クロな」


口から出たのは、かなり適当な名前だった。


「黒いし。いま俺、命名センスに気を使う余裕ないんだ」


クロはゆっくり目を瞬いた。


次の瞬間、巨体が沈み込んだ。

三つの頭が下がり、背中が差し出される。


「……え。乗れってこと?」


右がそっぽを向く。

左が床を叩く。

中央がくぅ、と喉を鳴らした。


「お前、犬だな。やっぱり犬だ」


牧人はクロの首元につかまった。


そして、クロが走り出した。


「うわああああああ!」


風圧で涙が出た。

怖い。速い。高い。

しかも三つの頭の真ん中にしがみつく形になるので、絵面がひどい。


「待って待って! いま俺どう見えてる!? 絶対やばい人だろこれ!」


クロは答えず、深層通路を一直線に駆け抜ける。


途中で飛び出した魔物たちは、三つ首が一斉に睨んだだけで全部道を開けた。


「左、壁! 壁! あっぶな!」

「速い速い速い! 助かってるのに全然落ち着かない!」

「あとで! あとでちゃんとお礼言うからまず減速を!」


そして、深層出口の転移広間へ飛び出した瞬間。


待機していた探索者たちが、一斉に固まった。


黒い災厄級。

三つ首。

その背に、血まみれ半裸の男。


しかも男は半泣きで叫んでいる。


「違う! 違うんです! これには事情が――」


誰かが魔導端末を落とした。

誰かが悲鳴を上げた。

誰かがその場で土下座した。

そして誰かが、震える声で言った。


「……親玉だ」


「親玉じゃない!」


牧人の全力否定は、クロの咆哮で消し飛んだ。


広間の全員が、静かにひれ伏した。


「なんで!? なんでそうなるの!?」


そのまま街まで大騒ぎだった。


---


道が空く。

人が逃げる。

店が閉まる。

警備隊が集まる。

でも誰も近寄れない。


クロは牧人に「待て」と言われたので、ギルド本部の前で本当に座った。

だが、座っているだけで本部前広場の半分が無人になった。


窓から職員がのぞく。

悲鳴が上がる。

カーテンが閉まる。

別の窓が開く。

また悲鳴が上がる。


「やめろ、見世物みたいに窓を回すな」


牧人が頭を抱えていた時だった。


本部の正面扉が勢いよく開いた。


堂前が出てくる。

八代もいる。

事務方が数人、その後ろにくっついていた。


そして全員、階段の途中で止まった。


黙った。


まず牧人を見る。

次にクロを見る。

もう一度、牧人を見る。

最後に、待ての姿勢で座る災厄級ケルベロスを見る。


堂前の口が、初めて本当に開いた。


「……生きてたのか」


「そりゃ俺もそう思いましたよ!」


八代が眉をひそめる。


「なんで」


「俺も知りたいです!」


「なんで災厄級がいる」


「いるんじゃなくて、ついてきたんです!」


「なんで待てしてる」


「俺が待てって言ったからです!」


「なんで通る」


「そこが俺も一番怖いんですよ!」


広場の空気がざわつく。

事務方の一人が、青い顔で言った。


「ど、堂前さん……あれ、本部前にいていいやつですか」


「よくはないだろ」


「じゃあなんで座ってるんです?」


「俺に聞くな!」


堂前が初めて声を荒げた。


牧人はちょっと見た。

こいつ、動揺すると普通に声が裏返るんだな、と。


八代はまだ信じていない目で牧人を見ていた。


「深層で置き去りにしたはずだ」


「確認しなくていい本音が出ましたね」


「……」


「あとそこ、否定するとこですよ八代さん!」


八代は黙った。

堂前は周囲を見た。広場は騒然としている。野次馬まで増えてきた。これはまずい、という顔だった。


次の瞬間には、もういつもの会議室の温度に戻っていた。


「……中へ入れ」


「えっ、俺?」


「お前だ!」


「クロは」


「入れるわけないだろ!」


たしかにそうだった。

物理的にも空気的にも無理だ。


結局、クロは裏手の広場で待機になった。

牧人が「待て」と言うと、本当に座った。

だが、それを見ていた警備員が三歩下がった。


「なんで従うんだ……」

「俺もさっきからずっとそう思ってます」


会議室に入る頃には、本部中の空気が変だった。


廊下の向こうで職員がこそこそ見る。

目が合うと引っ込む。

遠くで「災厄級」「生還」「親玉」という単語が聞こえる。


「親玉じゃないんだけどな……」


「うるさい、座れ」


会議室には堂前、八代、事務方が二人。

机の上には、妙に用意のいい書類が一枚置かれていた。


牧人はそれを見て、眉をひそめた。


「……早くないですか」


「何がだ」


「俺がまだ深層で死んでる予定だった頃に作ったみたいな顔してますけど、この書類」


堂前は答えなかった。

それが、いちばん答えだった。


だがその前に、牧人には言いたいことがある。


「というか、そこからですよね?」


「何がだ」


「お前生きてたのか、なんで災厄級連れてるんだ、で終わるのおかしいでしょ。もっとあるでしょ」


「十分驚いた」


「驚いた顔のまま追放書類出してくるな!」


八代が低く言う。


「危険個体との不適切接触、独断行動、隊の名誉失墜――」


「待ってください。見捨てたのそっちですよね?」


「証拠は?」


「扉閉めた音が証拠ですよ!」


「音は記録に残らない」


「性格の悪さは残ってますけど!?」


事務方の片方が気まずそうに目を逸らした。

残っている。良心が少しだけ。


堂前は書類を指先で押した。


「報告書には、“深層調査中に単独で別行動を取った結果、危険個体を誘引した”とある」


「書き換えてるじゃないですか!」


「正式受理済みだ」


「受理が早すぎるんですよ! 俺がまだ食われてる想定のうちに処理終わってるでしょこれ!」


堂前は涼しい顔を崩さなかったが、そのこめかみはさっきから薄く引きつっていた。

窓の外にクロがいるせいである。


実際、会議室の窓の向こうを、巨大な黒い頭が一つ、ぬっと横切った。


事務方が跳ねた。


「ひっ」

「待てしてるだけだろ」


「待てしてる災厄級が怖いんですよ!」


もっともである。


堂前は咳払いした。


「本日付で除名だ。宿舎も退去しろ」


「は?」


「危険だ。お前も、その犬も」


「犬」


「災厄級だ」


「でも犬でもあるだろ」


「災厄級だ」


「犬要素を無視するな!」


会話が成立しない。


堂前が立ち上がる。


「処分は決定済みだ。A級事故の詳細も機密扱いとする」


「機密って、自分たちが逃げた話を隠すだけでしょ」


その一言で、堂前の目が初めて冷えた。


「お前は補助テイマーだ。お前の証言に、誰も興味はない」


牧人は一瞬だけ黙った。


補助テイマー。

報告書に名前が載らない枠。

面倒な仕事だけ回ってくるのに、功績にも責任にも数えられない立場。


だからこそ、切りやすい。


「……分かりました」


牧人は立ち上がった。


「荷物、まとめます」


堂前が少しだけ意外そうな顔をした。

もっと騒ぐと思ったのだろう。


「ただ」


「なんだ」


「クロには手を出さないでください。あの子、もう俺の家族なんで」


堂前の眉が動いた。

八代が鼻で笑った。


「家族? 災厄級が?」


「犬だから」


「犬じゃねえだろ」


「さっき犬って言ったのそっちですよ」


八代が黙った。

図星だった。


牧人は会議室を出た。


その日のうちに、街外れへ追い出された。


---


南西旧保全区画。


灰環大迷宮の内側、昔は補給と避難に使われていた管理区画の廃墟だ。

いまは探索者もほとんど寄りつかず、壊れた設備と、行き場をなくした魔物だけが流れ着く。

だから人間が来る方がむしろ面倒で、魔物が歩いてくる方が、この場所ではまだ自然だった。


昔は中継補給や避難に使われていたらしい石造りの建物が一棟、半分死んだみたいな顔で建っている。


屋根は欠け、窓は割れ、扉は三回に一回しか素直に開かない。


「ひどいなこれ……」


中に入る。

埃と湿気。倒れた棚。壊れた机。隅の古い資材。

でも床は意外としっかりしていた。壁も、苔の下の石材はまだ生きている。


地下へ降りる階段まであった。

しかも下は思ったより広い。やけに整った通路が続いている。


「……普通の廃墟にしては、ちゃんとしてるな」


少し妙だったが、今はそれどころではない。


「クロ、入れ。……入れるか?」


玄関でクロが詰まった。


「横。横向き。右の頭から。いや左が先に入るな。だから順番に――ぶつけた。言ったろ!」


三つ首の大型犬を玄関に通す作業は、想像以上にバカみたいだった。


なんとか中へ入れたあと、牧人は割れた机を起こし、使えそうな板を集め、外から枯れ草を運び込んで寝床を作った。


「寝床ってほどじゃないけど、床に直よりマシだろ」


深層で応急処置した傷を見直す。

薬草は足りない。包帯はもっと足りない。

結局、自分のズボンの裾まで裂いて巻き直すことになった。


「お前の治療、最終的に俺が布になるんだよな……」


中央の頭が、ぺろ、と手を舐めた。


「お礼はいい。あと涎が多い」


最後に、自分の上着を丸めて枕にした。


「ほら。今日はここで寝ろ。立派じゃないけど、雨風はしのげる。……ここはもう、誰にも追い出されない。家ってほど大したもんじゃないけど、まあ、お前の場所だ」


三つの頭が、ぴたりと止まった。


「……家」


中央が、ゆっくり藁の上に伏せる。

右も左も、それに続いた。


巨大な災厄級ケルベロスが、やっと安心した犬みたいに丸くなる。


「……ほんとに犬だなお前」


牧人はその場に座り込んだ。


疲れた。

腕は痛い。

服はボロボロだ。

仕事もなくなった。

金もない。

明日からどうするかも分からない。


でも隣では、さっきまで六本も杭が刺さっていた犬が、静かに寝息を立てている。


「まあ、明日のことは明日考えるか……」


壁にもたれて、目を閉じた。


夜中に一度だけ目が覚めた。


クロがいなかった。


「……クロ?」


少しして、のそのそ戻ってくる。

三つの頭をまた玄関に引っかけながら。


「どこ行ってたんだお前……」


クロは答えず、元の場所に丸くなった。

中央の頭が、牧人の足元に鼻先を乗せる。


「重い」


でもどかさなかった。


翌朝。


扉を開けた牧人は、しばらく無言だった。


小さなスライムが一匹。

片耳の欠けた老ゴブリンが一匹。

羽の焦げた大コウモリが二匹。

足を引きずる牙ネズミが三匹。

ひびの入った甲羅の亀みたいなのが一匹。


全員、怪我をしている。

全員、やせている。

そして全員、玄関前にきっちり二列に並んでいた。


「…………何これ」


先頭のスライムが、ぷるん、と震えた。


次の瞬間、並んでいた魔物たちが一斉に頭を下げた。


いや、スライムには下げる頭がないので、なんとなく平たくなった。


牧人はゆっくり後ろを向く。


クロが入口の奥にいた。

三つの頭のうち、中央だけがわずかに逸らされている。

明らかに目を合わせない顔だった。


「……お前、昨日の夜、何しに行った?」


右の頭がそっぽを向く。

左の頭が天井を見る。

中央は相変わらず逸らしたまま。


「呼んだの、お前だな」


尻尾が一回だけ揺れた。


牧人は玄関の方に向き直った。


二列に並んだ魔物たちが、じっとこちらを見ている。

傷だらけで、やせていて、行く先がなさそうな顔をして。


牧人は頭を掻いた。


「……飯は?」


スライムが震えた。

ゴブリンの腹が鳴った。


「……分かった。入れ。何か作る」


その言葉で、列が一斉に動いた。


廃墟の朝に、元テイマーの悲鳴が響く。


「待て待て待て! 押すな! 入口は一つ! お前ら受付か!?」


この日、守谷牧人の保護施設が始まった。


本人は、ただ飯を作っただけのつもりだった。


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