最終話 魔王の遺言
勇者と魔法使いは険しい山を登っていた。
勇者達が魔王を倒してから魔物を見かけることは無い。
しかし勇者にはやり遂げなくてはならないことがある。
それは託された約束。それが魔王からのものであったとしても、必ずやり遂げると言わんばかりに勇者は力強く歩を進める。
戦士と僧侶にも事情を話すと、同行すると言った。それを勇者は「これは俺が引き受けたことだから」と断った。
それでも二人はなおも同行したいと語りかける。
勇者は「二人にも帰りを待っている人達がいるじゃないか。早く帰ってその人達を安心させてほしい」と微笑みを浮かべて再び断った。
その言葉を聞いた二人は勇者と固い握手を交わして「また会おう」と帰路についた。
「険しい道が続いてるけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「ここよりもっと険しい山もあったもんな。あれは山登りというより、もはや崖登りと言ったほうがいいんじゃないか」
「フフッ、そうだね。それよりも私はみんなの登るスピードが速すぎてすぐ見えなくなったことの方がビックリしちゃったよ」
取るに足らない会話をしながらも、二人は確実に進んで行く。
「このペースだと間に合いそうだ。しかし、こんな場所があったなんて知らなかったな」
「魔王城の近くにある山だからね。誰も近づけないよ」
勇者達は今までにもいくつもの過酷な状況を乗り越えてきた。
足場が悪く足を踏み外そうものなら滑落するであろう山道、陽の光が届かない森、狭い洞窟内での強敵との戦闘。
それらは一心に魔王を倒して平穏な日々を取り戻したいという願いから。
そして今は魔王の願いを叶えたいという想いから。
勇者達は魔王を倒したその足ですぐに出発したが、もう三日が過ぎていた。
そして遂に勇者達は目的地に辿り着いた。
「ここが……そうなのか」
勇者達は辺りを見渡したが、雑草が一面に生い茂り、その先は崖だった。
目的地に辿り着いた勇者と魔法使いは辺りを見渡したが、雑草と崖と青空しか見当たらない。
だが、もう少し進んだ先に石碑があった。
「これが魔王が言っていたお墓か」
勇者はそう言うと黄色く美しい花をそっと手向け、二人で祈りを捧げた。
リミエルの花——。魔王の力の影響が強い地域では花が育たない。それ故に毎年、遠い生息地まで取りに行くのだと言っていた。
ここも二人でよく来ていた場所で、ここから眺める景色や夕日が大好きだったという。
そして勇者はもう一つ、あるものを取り出した。魔石——。魔族が力尽きると魔石となって残る。魔王も例外ではないようだ。
勇者は魔法使いに向かって語りかける。
「リミエル、この魔石を本当に埋めてしまっていいのかい? この魔石は君のお父さんの形見なんだけど」
「うん、いいんだよ。仲間にしてもらった日にも言ったけど、私は魔王を倒すためにやって来たんだよ」
「ごめん、俺は君のお父さんを……」
「謝ることなんてないよ。みんなは優しいから、私が本当のことを話すときっとためらってしまうと思ったんだ。私こそ隠しごとしていてごめんね。それに、最後は私自身でしたことだから」
「そういえば、あの指輪は? 魔王を倒せる指輪だなんて冗談だと思っていたよ」
「あれはお母さんの結婚指輪で、日に日に魔王として覚醒していくお父さんを見て、お母さんが毎日少しずつ聖女の力を溜めていったものを私が受け継いだんだよ。この指輪でいつかお父さんを止めてほしいってね。
でもね、指輪に力が溜まれば溜まるほどお母さんは弱っていってしまったの」
「自分の生命力を犠牲にしていたんだな」
「うん、直接は戦えないからそうするしかなかったみたい。お父さんは知らなかったようだけどね」
彼女は少し目を伏せながらそう言った。
「それよりも、どうしてお父さんの頼みを引き受けてくれたの?」
「魔王から妻のお墓に花を供えてほしいと聞いた時、魔王にも家族がいるんだということにその時初めて思い至ったんだ。
そして弔うという気持ちがあるということにも。その想いを無駄にしたくなかったんだ」
墓前を見ながら勇者はさらに言葉を続ける。
「魔族の寿命は分からないけれど、数百年もの間魔族の侵略を防いできたという歴史があるんだから、魔王も親から子へと受け継がれていても不思議じゃない。
俺はそんなことにすら気付いていなかったんだ」
唇を噛みしめる勇者に彼女は優しく語りかける。
「引き受けてくれただけでも嬉しいよ。実はね、私もお母さんのお墓がどこにあるのか知らなかったんだよ」
「え、なぜ?」
「お母さんが亡くなった時、お父さんが苦しみだしてそのままお母さんを連れて行ってしまったんだ。私に『幸せになるんだよ』と言い残してね。あまりに突然で何もできなかったよ」
「お父さんが魔王だということは知っていたの?」
「そのほんの数日前にお母さんから全部教えてもらったんだよ」
自分の娘に君は魔王だなんて言ったところで何になるだろうか。娘に重荷を背負わせたくない。そんな想いから隠していたのだろう。
「お父さん、毎年お墓参りに来ていたんだね」
「そうだな。今日が命日で魔王として覚醒してからも毎年この日だけは自我を取り戻せるんだと言っていたな」
「そうだったんだね。それともう一つ、謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「謝ること?」
「私、破魔の指輪を持っているのにすぐには使わなかったよね。お母さんの形見で、使えば砕けて消えてしまうことが分かっていたから躊躇ってしまったんだ。
そのせいでみんなを危険な目に遭わせてしまって……」
「いや、気にしなくていい。指輪を使わなくても勝てる自信があったし、実際に攻撃が効いていたんだ。誰だって大切な人の形見を失いたくないだろうさ」
勇者はそう言って彼女に微笑みを向けた。
「ありがとう、私を仲間にしてくれて。これで平穏な日々が戻るんだね」
勇者は「そうだな」と言いたかったが、どうしても無視できない不安があった。
彼女が魔王の子供だということは、いずれは彼女も魔王になってしまうのではないか。そうでなくても別の魔族が魔王になってしまうのではないか、と。
勇者はそのことを彼女に伝えるべきかここに来るまでに散々悩んだ。
そしてこれは曖昧にしてはいけないと、彼女に聞いてみることにした。
「最後に一つ、ハッキリさせておかなければいけないことがあるんだ」
「何かな」
「君のお父さんは魔王だということなんだけど、その……君も魔王になってしまうんじゃないかと、俺は心配なんだ」
「うん、そうだよね。そう考えるのは当然だね。でも大丈夫! さっき祈りを捧げた時にお父さんとお母さんが私に言ってくれたんだ。
魔王の意識は指輪に込められたお母さんの聖女の力と、お父さんの強い意志の力で完全に消滅したって」
魔王を倒してからは一度も魔物に出会っていないし、暗雲に覆われていた空が晴れている。
それに父親を止めるために長い間一人で旅をして、最後は自らの手で終止符を打った彼女の言葉に間違いなど無いだろう。
そして彼女の母親は間違いなく魔王を倒せる聖女だったのだ。
「そうか、本当の勝者は君たち親子三人だよ。ありがとう」
それから勇者は魔石を埋葬して二人で再び祈りを捧げた。
こうして数百年にも及んだ戦いは今度こそ本当に終結した。
「これで二人とも安心して休めるだろうな」
勇者がそう語りかけると、彼女は墓石の横に立ち、一面に広がる雑草に向かって両手を広げながら話す。
「ううん、二人じゃないよ。私もたくさん会いに来るし、それにここをリミエルの花でいっぱいにするんだ!」
そして満面の笑みで言葉を続ける。
「そうすれば親子三人いつも一緒だからね!」




