第3話 魔王から見た勇者。そして回想。
彼の前に四人の人間が現れた。こんな所までやって来る人間なんて想像に難くない。そして先頭にいる人物が告げる。
「この城の魔族は全員倒した! もう残っているのはお前だけだ、覚悟しろ!」
「威勢のいいことだ。人間が私に勝てるとでも思っているのか」
彼の低い声と落ち着いた話し方のせいもあってか、返事には威圧感があった。
それから彼は四人を見回した。勇者・戦士・僧侶・魔法使いまでを確認すると、彼の表情が柔らかくなり、彼の口からフッと小さな笑みがこぼれた。
それを見逃さなかったのか勇者は彼に激しく言葉をぶつける。
「何が可笑しい!」
「そうか、フフ……」
「笑っていられるのも今のうちだ! いくぞ、みんな!」
勇者はそう言い放つと何かの構えに入った。
すぐさま他の三人もそれぞれの構えに入る。
「ディバインスラッシュ!」
「鬼神の戦斧!」
「ホーリーディメンション!」
「メテオスウォーム!」
それは勇者達の最高の必殺技なのだろう。それを見た彼は全く動けなかったのか全ての技をまともに食らった。
「グォォアアアアアッッ……」
彼は苦痛により叫び声を上げ、片膝をつくような体勢になった。すぐさま勇者が他の三人に言葉をかける。
「よし、このまま一気に決着をつけるぞ!」
「グ……まだだ、私の最後の力を見せてやる」
彼はそう言い放つと何やら集中し始めた。
すると、何かを感じとったのであろう勇者達が一斉に動きを止めた。
「今魔王から目を離すわけにはいかない! 俺が必ず防いでみせるから、みんなはなるべく遠くへ離れてくれ!」
勇者がそう叫ぶと戦士と僧侶は勇者と距離を取って、それぞれの防御態勢に入った。
ただ一人、魔法使いだけは勇者の前に立ち、叫ぶ。
「破魔の指輪!」
魔法使いは指輪をかかげると、そう叫んだ。
その光景を見た彼は誰にも届かないような声で呟く。
「あの指輪は……そうか、そうだったのか。私はなんということを……」
その瞬間、目の前が真っ白になる程のまばゆい光が指輪から放たれ、彼だけを包み込む。
もはや何が起こっているのか分からない。分からないが、彼が苦しんでいることだけは明白だった。
やがてその光が消えると、そこには仰向けに倒れている彼の姿があった。
それを見た勇者が彼の元へ駆け寄る。そしてすぐさま剣を振り上げたが、ひと時の静寂の後、彼に語りかけた。
「何か言い残すことはないか」
「フ……そのまま……剣を振り下ろせばいい……ものを」
「もしあるのなら早く言え」
「ひとつ……頼みを聞いて……くれるか」
「この期に及んで頼み事だと? ふざけるな! 今までどれだけの被害が出たと思っているんだ!」
「分かって……いる。だが話だけ……でも聞いてく……れ」
「……聞くだけ聞いてやる」
「私の妻の墓に……花を……もうすぐ命日なん……だ」
「妻だって?」
「リミエルの花……妻がとても好きな花だ」
「毎年供えに行っていたのか?」
「ああ。妻には随分と迷惑を……かけたから」
さらに彼は勇者に語りかけた。
——「ッ!」
勇者は必死に何かに耐えようとしているような表情で、ゆっくりと剣を下ろした。
「分かった。お前の頼み、引き受けてやる」
「そ……うか、良かった……。勇者、あとは頼んだ……ぞ」
彼はそう言うと、最期の時まで過去を思い出していた——
——「最近また夢を見ることが多くなったよ」
「そう……もう時間がないのね」
「もしもの時は頼んだよ」
それから数日後、彼は苦しんでいた。
「グガァッ! クソッ! もう抑えられない」
「あなた! しっかりして!」
「僕はもう駄目かもしれない。終わらせてくれないか」
彼が彼女にそう話すと、彼女はナイフで彼に襲いかかったが簡単に跳ね返されてしまった。ならば魔法でと幾重にも攻撃したが、まるで効果は無い。
「僕は魔王になんてなりたくないんだ! それができないのならば、せめて僕の命に代えても魔王と魔族のいない世界に!」
彼はそう叫ぶと、やがて落ち着きを取り戻した。
「どうして僕は魔王の子孫なんだ……」
これまでに人間界は魔族に何度も侵略されそうになってきた。その度に勇者が魔王を倒し退けてきたという数百年の歴史があると言い伝えられている。
彼も魔王として勇者と戦うのだと、彼自身それが使命だと考えていた。
魔族は人間を欺く。彼が人間に姿を変えて、魔王に対抗できる力があるという聖女と呼ばれる人間を始末しに行ったが、彼は彼女に恋をしてしまった。
そして彼の努力が実り恋人同士になって一年が過ぎた頃、彼は自分が魔王であることを打ち明け、黙っていたことを詫びた。
すると彼女は驚く素振りも見せずに、今の地位も交友関係も捨てて辺境の地で静かに暮らすことを提案した。
きっと彼女は彼が魔王であることを薄々感じ取っていたのだろう。
彼も自分が魔王であることなど忘れるほどに幸せな日々をおくっていた。
彼は時々ある夢を見るようになった。それは魔王が彼の魔王としての破壊衝動を呼び覚まそうとする夢。人間との平和な暮らしなど許さんと言わんばかりの夢。
その頃から彼は度々、魔王に意識を支配されるようになった。始めの頃は彼の強固な意志で跳ね除けていたが、次第に支配される時間が長くなっていった。
そして彼は彼女にある頼み事をした。「もし僕が魔王に完全に支配されそうになったら、殺してでも止めてくれ」と。
だが彼女がいくら攻撃をしてもまるで歯が立たなかった。
彼が自分で終わらせようとしても魔王の意識に阻まれできない。
その出来事を境に彼女は日に日に弱っていき、一ヶ月後に天に召されてしまった。
彼は泣き叫び、自分に流れる魔王の血を心底憎んだ。
そして彼女の命日には毎年かかさず、リミエルの花を墓前に供えた。彼が初めて彼女にした贈り物だ。そんな彼にもまだ希望はあった。
——(最期に、意識を取り戻せて本当によかった。そして僕にはまだやることが残っている)
彼はそう安堵すると、そっと目を閉じた。




