10.渡した
「テント」に魔石をセットし、アイテム集めを決意した翌日、2年分の申告をちゃんと済ませた。
夕方には頭部CTのある病院で当日診てもらうことができ、異常はみられないことが確認できた。
これまでに起こったことをかいつまんで伝えると、この一年ちょっと記憶がないことは丁度『神の声』があった直後でもあるので、それが影響していることが少なからずあるのでは?とお医者さんも分からずじまいである。不安ならばもっと詳しく精密検査をするか、それでもわからないならば精神科受診も勧められたが、今見て脳に異常がみられないならば大丈夫である旨を伝えた。
私もなんとなく『神の声』の影響な気がするから、これ以上深掘りしないことにした。
その間にも家族、幼馴染、親しい友人とは連絡を取り続け、脳に異常がみられなかったことも伝えてある。
実家には明日の土曜に帰る事が決まったし、幼馴染グループとは既に私抜きで来月半ばに飲み会が決まっている。
他の友人とはなかなか予定が合わず、近々会おうで止まっている。取り敢えず無事であったことを安心してもらえているから大丈夫だろう。
幼馴染達は、結婚した子もいて全員で集まるのは3年ぶりぐらいではないだろうかと、私が返信しない間も盛り上がりに盛り上がっていた。私を入れて4人のはずなのだが、10人ぐらいいる勢いでトークが進んでいくので追いつくのに大変だ。
もちろん私が上級ダンジョンを攻略したとは皆微塵も思っていないようだし、動画を見ていないみたいなのでそのような話にはなっていない。
良かった良かった。
しかし、自宅に帰ってきて四日ほど経つが、周りは静かなものだ。
今でもテレビやネットでは上級攻略者の話で持ちきりとなっているけど、私の家まで報道関係者やイタズラにSNSにあげる人が来る事は今のところない。
家まではバレていないという事なのだろうか?
それともIDCが何かしら警護をつけていたり対処をしてくれているのだろうか?
まあ、平和であるならそれに越した事はないからいいか。
ただ、いまだに知らない電話番号やメール、SNSのDMなどの連絡が来るのは大変面倒だ。
来週は自分の電話番号を変更しようと心に決めた。
♢♢♢
「ただいまー」
「姉ちゃん! 待ってた、早く早く!」
「え、うるさっ。どうしたの?」
「あ、月姫お帰りなさい。昨日の夜から陽太も帰ってきてて、もう姉ちゃん姉ちゃん五月蝿いのよ。良い加減姉離れしないのかしら」
「え、キモっ」
「ひどい……」
そんなやりとりを実家の玄関で行う土曜の朝11時。
自宅と実家は同じ県内なので意外に近く、大体一時間半もあれば着ける距離だ。
今日は電車を乗り継いで帰ってきたが、特に何か変な目で見られる事もなかったし、誰も私のことなど気にしていない。
やはり考え過ぎなのか……自意識過剰はいけないね。
「お父さんもただいま」
「……お前、皆に心配かけておいてなんだその、」
「ご、ごめんなさい! 本当に悪かったと思ってるの!!」
リビングにいた父に軽く挨拶したもんだからお怒りモード発動寸前でなんとか謝り倒して宥める。
こちらとしては然程久しぶり感はないけど、家族からしたら一年以上も音信不通にして心配させたのにと思う気持ちもわかる。
本当に申し訳ない。
「まあまあ、とりあえず座りなさいな」
母が間に入り助けられる。
父は若干不機嫌ではあるが、弟は早く話が聞きたくてしょうがいない模様。
母が人数分のお茶を入れてくれ、全員揃ったタイミングでこれまでの覚えてる範囲での話をした。
最後に信じてもらう為、アイテムボックスから上級ポーションを取り出し机の上に置く。
「「「……」」」
皆口を挟まず聞いてくれたがどうやら報奨金やらミスリルあたりから頭が追いついていないようだ。
「す、っすっげぇぇぇ!!! これが上級ポーション!? 褒賞金は知ってたけどミスリルあたりは半信半疑だったんだよなぁ。もう手元にはないんだろう? 見たかったなぁ」
一番初めに正気を取り戻したのは弟の陽太。
28歳、メーカー勤務と安定した職についてる。
姉から見ても、長身で顔面もまとも、家族・友人思いであることからなかなかな優良物件に思えるが、童心を忘れないと言えば響きはいいが内面が幼いからか彼女が出来てもすぐ別れてしまう。
意外にドライなのか、来るもの拒まず去るもの追わず。
なんだこいつ、ムカつくな。
「ちょっと私ついていけないんだけど? 今ニュースでよくやっている上級ダンジョン攻略者があんたって事なの?」
「……母さん、そうみたいだ。だがこれはどこから出したんだ?」
「なんかね、各ダンジョンを初めて攻略した人に与えられるスキルらしくて、異空間?に物を入れられるの。そこにこれを入れてたから取り出してみました。これで信じてもらえた?」
「あ、ああ、信じるしかないんだろうが、嘘のようだな」
「うぉぉぉ、マジの上級ポーションだ!!」
弟はカバンから鑑定鏡をいつの間にか取り出し鑑定していた。
「え、陽太それ持ってるの?ってかダンジョン入ってるの?」
「今や⦅挑戦者⦆は当たり前じゃん。俺は土日だけ行くようにしてるんだけど、一回負けてライフが後2なんだよなぁ」
「え、お父さんもお母さんも?」
「私たちはよく分からないから入ってないわ。陽太だけ」
「上級ポーションって、ちぎれた腕とか足とかもくっつくんだよ!しかも公式で取引額1本15万ドルって話じゃん?やっばー」
「えぇ? この間聞いたのは1本10万ドルって言ってたけど……しかもちぎれてもくっつくの?」
「今はその金額みたい。俺も動画でしかみてないけど、切られた腕がポーション飲んだら綺麗にくっついたんだよ!でも、時間が経つとダメらしいし、元々欠損してるのが生えてくるとかはないらしい」
「そんなすごいんだ……このポーション……はい、一本ずつ持ってて」
と、アイテムボックスからあと2つだし、それぞれの前に置く。
「まだあと何本かあるから、何かあったらこれ使って」
「え? 姉ちゃんバカなの? 売りなよ!もしくは自分で使いなよ」
「え、陽太なら真っ先にありがとーとか言って持ってくと思ってたのに……」
「そんなにがめつく無いし、俺何もしてないのにもらう資格ねえし。これからも姉ちゃんダンジョン入るなら必要だろう?」
「そうね、私たちはいいから自分で使いなさい」
「家族がまともだ……」
「何を言っとるんだ、当たり前だろう」
弟よ、何故これからも私がダンジョンに入ると決めつけているのだ?
確かにアイテム集めを決意して、入る気満々だけども。
しかし、皆んなが全部売れとか、その金よこせとかそんなこと言わなく良かった。
ちょっと泣きそうになったのは言わない。
でも、そんな家族だからこそ何かあったら嫌だ。
「そう言ってくれてありがとう。だけど、私が皆んなに何かあったら嫌だからこれは一つずつ持ってて。そして誰にも言わないで」
「「「……」」」
「お願い」
「やったーっ!!カッコつけてあんなこと言ったけど、本当はめっちゃ欲しかったんだ!ありがと、姉ちゃん!!!」
「「「……」」」
私と両親のジト目を気にすることなく色々な角度でポーションを見ている弟は、ただの子供だなと思う。
さっきの感動を返してくれ弟よ。
「お父さんもお母さんも何かあったら、売るなり使うなりしてね。でも誰にも言わないこと」
そう言ってポーションを両親の目の前に押し出すと、二人から「ゴクリ」と唾を飲み込むような音が聞こえた。
まさか早々に売ったりしないよね?
まあ、今まで沢山お世話になってるからいいけど。
しかし、それならばやはりさっきの感動は返してくれ。
父と母に渡したポーションは母が別の部屋へと持っていったが、弟の分は机の上に置いたまま目をキラキラさせずっと眺めている。
「ところで、陽太のその鑑定鏡はどこで手に入れたの?」
「ああ、これは千葉市第三初級ダンジョン攻略で手に入るよ。それかそこのIDCでも買取販売してるから買えるんじゃない?」
ほう、初級のアイテムなら攻略せずとも手に入りやすいのかな。
でも、これからアイテムを集めていくなら、自分がどのくらい戦えるレベルなのか知っておくのは必須だ。
「初級って難しい?」
「それ上級攻略してるやつの言葉? あ、記憶ないのか……初級は比較的ライフを削られるようなモンスターは出てこないけど、中級からは結構ライフオーバーになってる奴多いよ。俺も船橋中級ダンジョン6階で一回負けたんだよ……。ただ、初級だと得られる経験値が少ないからレベルがあまり上がらなくて、無理して中級行ってライフオーバーになってるのを聞くかな?って、姉ちゃんレベル幾つ?」
「そうなんだぁ……私は43だって」
「……43で上級攻略? 意味わかんねぇ、中級のレベルじゃん」
「そうIDCの人も言ってたんだけど、なんで上級入ってたんだろうね。ほんと運が良かっただけの攻略者です」
「武器がいいもの使ってるとか? 今持ってる?」
「はい、これ」
「おわっ」
「な、なんだそれは!?」
私がいきなりアイテムボックスから身長ほどの長槍を出したもんだから、弟も父もびっくりしている。
弟は自分で持っているか聞いたのに解せぬ。
今、昼食を作っている母がこの場にいたら「キャー!!」と叫んで大変だったかもしれない。
失敬、失敬。
「ひゃー、これがあの“無姫”の槍かぁ」
「え、やめてその名前。なんなのそれ本当。私じゃないから」
「『神の声』の配慮で、ダンジョン内もネット使えて配信出来るんだけど、同意ない配信とか動画をアップする時は自動でモザイクかかる仕様らしいんだよ。でも、すっぴんの姉ちゃんの顔なんて知る奴少ないのに誰が特定できたんだろうな? 俺が動画見てもイマイチわかんなかったけど、言われりゃ全体的に姉ちゃんぽかったから母さんに警察行くの止めといたけど」
私から受け取った槍をまじまじと見ながらその言葉。
『神の声』、個人にちゃんと配慮してくれてるー!
そして、弟よよくやった。
警察に届けられていたらこれまた大ごとになっていただろう。
「学生の頃の知り合いでもすれ違ったのかなぁ? まあ、誰かに聞かれても私じゃないって言っといて!これからはすっぴんじゃなくちゃんと化粧して入るし、装備?とかも変えてくようにするし」
「おい、まだ入るのか? 死なないと言っても危険だろう? 怪我はすると聞いてるぞ」
付いていたテレビを見ながらもこちらの話を聞いていた父から、横槍が入る。
「いやあ、そうなんだけどさぁ……これ見たらアイテム集めたくなっちゃたんだよね」
と言ってまたアイテムボックスから「テント」を出す。
さっきさっくりアイテムのことは話したが、皆ポーションや報奨金・ミスリルでいっぱいで忘れている模様。
早速リビングにスペースを作り、そこで「テント」を展開する。
「「……」」
「百聞は一見にしかず。ささ、入ってくれたまえ、我が城へ!」
ファスナーを開け、ドヤが過ぎるくらいの顔をして言った。
「か、か、母さーん!!!」
普段大声を出さない父が叫ぶ。
弟は放心状態。
キッチンから「ちょっと待ってくださいなー」と間の抜けた母の声で、これ見たらきっと驚くんだろうなと想像してニヤリとしてしまう。
「はい、はい、どうしまし……何それ?」
エプロンをつけたままの母がリビングに来て「テント」を見て不思議な顔をする。
「なんと、この度私、家を手に入れました」
「何寝ぼけたこと言って……は?」
キッチンからは見えなかったファスナー奥の廊下を覗いた母も止まる。
「びっくりするだろうけど、入ってみてよ!まだ家具とか何もないけど」
3人とも驚きからようやく冷め、恐る恐る近づき、弟がファスナーの奥に足を入れようとして、
【入室を許可しますか?】
【はい・いいえ】
と言うポップアップがされた。
ついでに弟は入ろうとして入れなかった模様。
はいを選択したので、入れるようになったと思うと伝えると弟は入れた。
続けて父、母、と許可を出し中に入ってもらった。
「すっげぇー!!! アイテムやっぱ半端ねえわ!」
「なんでテントの中がこんな事に?」
「キッチンは? お風呂場は? まあまあ、まあまあ……」
ふふふ、どうよ?とドヤ顔で後をついていくがそれぞれが見たいところを見ている。
新築内見ですね。
「……俺決めたわ。仕事辞めて⦅挑戦者⦆一本でいく!!」
「またバカな事を……」
「あ、そうよ月姫!あんたいつの間に退職してたのよ!職場に連絡して恥かいたじゃない」
弟がまたバカな事を言い出し、それを聞いた父が呆れる。
母に至っては、私が無職であることを思い出したのかその事を責め始めた。
「まあ、それは色々あったのよ色々ね……」
何故か上司と私が不倫をしていると噂が立って、その奥さんが職場に押しかけ修羅場になって居づらくなって辞めたなんて言えない。
もちろん不倫なんてしてないし、退職後奥さんから違う人だったと謝罪はされたけど、もう辞めた後だし。
慰謝料も払うと言われたけど、その後の面倒に巻き込まれるのも嫌だったので辞退した。
まあ、実際の不倫相手(職場内)がバレそうになって私だって噂を流したと聞いた時は、怒り狂いそうだったけど、すでに社会的にも金銭的にも制裁を受けたようなのでもう知らん。
そんなこんなあった事を言ったら、また母は相手とか相手の奥さんとかにキレて面倒そうだから詳しくは言わない。
「でも、すごいでしょこれ? だけどコンセントがないのが難点なのよ……だから他のアイテム集めたくて」
「確かに凄いが、無理に怪我をしてまでも手に入れずとも良いだろう」
「そうだけど、無理しなければいいでしょう? 上級はしばらく行かないし、怪我したらポーションで治すし、ポーションがなくなったらやめるから!」
「お母さんも反対です。女の子なんだから顔に傷なんかできたらと思うともう……」
「いや、それもポーションで治るから」
「姉ちゃんこの部屋俺用にしてよ!」
「いや、あんたは働いてるんだから」
ちょっとカオスになってきた。
お読みくださりありがとうございます。




