アホの弟が超優良お嬢様を手放そうとしているので、背負投げしてでも止める兄
弟が「今の婚約者とは合わないと思うんだ」と言い出した瞬間、俺は背負投げの体勢に入った。
「何をされるのですか兄上!? 僕は皇太子ですよ!」
「うるさいぞ! あのリリー嬢と婚約破棄!? アホ! 本当にアホだお前は!」
仕方がないので、背負投げをする前に弟を下ろしてやった。
「本気で投げられるかとおもいましたよ!」
「本気で投げたら、考えも変わるか?」
俺の問いかけに、弟は目を泳がせた。
「変わるか、も……?」
弟の態度に、俺はため息をついた。
俺はクリス。この国の王子様だ。ただし王位を継承するのは、正妻の子であるアホの弟である。残念でならない。
「リリー嬢はお前と結婚するため、幼い頃から英才教育を受けてきた! この国の母として相応しい女性だぞ! それをお前!」
「だってドキドキしないんです。なんとなくツーンとして、冷たくて……。一緒にいて楽しくないっていうか」
「それはお前の知能がリリー嬢に追いついていないだけだ! 教養を身に付けろ!」
俺は弟の胸ぐら掴んだ。
「いいか、リリー嬢と婚約破棄しようだなんて、絶対に考えるな!」
それだけ言い残して弟の部屋から去った。
昔から弟はちょっと頭がよろしくなかった。別に勉強ができないわけではない。まあまあできる。武術もそこそこ。平均的な奴だ。
だが、人を見る目は全く無い。人格的にも全然駄目だ。
自分に擦り寄って来る佞臣を取り立てようとする。逆に、正論を言ってくる功臣を遠ざける。こんなアホの弟を支えなければならない自分の将来……。考えると目眩がしてくる。
「リリー嬢……」
本音を言えば、俺はリリー嬢が好きだ。大好きだ。溢れ出る知性、凛とした美しさ。素晴らしい教養。
できる事なら俺が娶りたい。だが、できない。悲しいかな。それが運命だ。許される事なら、あの美しい金髪に触れ、青い瞳を眺めていたい……。
「ハア……。あの弟に嫁がされるなんて、リリー嬢が哀れでならない」
俺はひとり、ため息をついた。
数日後。城で開かれたパーティーで、弟はやらかした。
「リリー、君との婚約は破棄させてもらうよ! そして僕は、この女性と結婚する!」
やりやがった。
弟の側には見た事もない女性。周りの人々がざわめく。
「酒場の娘だそうよ……」
「まあ、なんてこと……!」
俺は卒倒しそうになった。なんてことだ! こんな公衆の面前で、リリー嬢に恥をかかせるなんて……。
俺は父上を見た。父上──現国王は口を開いて驚いていた。なんと、父上の許可も得ていないのだ、アホの弟は。ちょっとアホ過ぎないか? 大丈夫なのか、未来の我が国は!?
「どうか僕と彼女の愛を止めないでください……本気なんです!」
何を悲劇のヒーロー面をしているんだ弟よ。悲劇のヒロインはリリー嬢だ。
リリー嬢はというと、静かにポロポロと涙を流している。俺は流石に耐えかねた。惚れた女性の涙で動かない男など、男ではないのだ。
ええい、ままよ! 俺は弟の方に大股で歩いた。
「このバカタレがー!」
俺は弟を背負投げした。公衆の面前で。王位継承権のない妾腹の王子が、王太子を。これは完全に終わったな、俺……。
地面に無様にひっくり返る弟。更に驚く現国王。驚いて涙も止まったリリー嬢。
俺は父上の方を向いた。
「父上! 申し開きはございません。王太子に手を上げたのは事実でございます。いかなる罰も受けましょう!」
謹慎処分か、追放か。父上は弟を溺愛しているから、最悪死罪かもしれない。だがよいのだ。男として、やるべき事はやったのだから。
その時、リリー嬢が突然駆け出した。そして──。
「クリス様!」
俺の胸に飛び込んだ。
「リ、リリー嬢!?」
好きな人に突然抱き着かれて嬉しくない訳がない。最高だ。めちゃくちゃいい匂いがする。
「王太子殿下! 婚約破棄、喜んで受けましょう! わたくし、晴れて自由の身でございます……! ですので!」
リリー嬢は俺の腕にギュッとしがみついた。その目はキラキラと美しい。
「クリス様をいただきますわ!」
「え!?」
まさかの展開に、俺は目をかっぴらいた。
「そ、そんな! いや、俺としては……その……嬉しい限りですが!?」
リリー嬢は父上の方を向いて訴える。
「国王陛下! どうかクリス様の事を許してくださいませ……! 追放なさるというなら、わたくしの家の婿にいたしますわ!」
父上は更にびっくりである。父上の心臓、持つのだろうか。もう高齢者だぞ。心配だ。
やっとこさ立ち上がった弟が、恨めしそうな目でリリー嬢を見る。
「なんだよ! この尻軽! 僕の事なんて、最初から好きじゃなかったんだな!」
リリー嬢は、フン、とそっぽを向いた。
「軽いのはどちらの方かしら? 先に婚約破棄されたのはあなた様ですわ! それに、教養も人柄も、正直クリス様の方が優れていてよ!」
「なんだと!」
「わたくし、あなた様の為に幼い頃から努力を重ねて参りました。しかし、結果はこれです。王太子殿下はもっとご自身の行動を省みられた方がよろしくってよ!」
周りの貴族からも小さな声で「本当にその通りだわ」「少々軽率でしたわね」と賛同の声が上がる。俺も深く頷いた。リリー嬢には、弟のせいで苦労をかけてしまった。兄として謝りたい。
いや、待て待て。そんな事より。
「あの、リリー嬢。俺を婿に、というのは……?」
「本気ですわよ、クリス様! わたくしは本気も本気! あなた様とわたくしなら、もっと家を盛り立てられますわ! 子供は何人欲しくって?」
「えっ、ご、5人……?」
「ええ、叶えますわよ! わたくしが!」
俺はもう頷くことしかできなかった。リリー嬢は俺の手を引いて、会場を後にした。
数十年後。俺は予定を超えて8人の子の父親になっていた。もちろん全てリリーとの子だ。ちなみに、今は国王陛下と呼ばれている。
何故こうなったかというと……。
「起こしますわよ、クーデター!」
怒り狂ったリリー嬢とその父親が、クーデターを起こしたのだ。この国は内戦状態となった。リリー嬢の実家は太い。なにより、この国の軍隊の6割はリリー嬢の父の支配下にあった。
内戦状態になり1年後。父が死去。アホの弟が王位を継承した。
弟は失策に次ぐ失策を重ねた。察するに、まともな臣下がいなかったのだろう。自分に都合のいい事ばかり言う佞臣を侍らせ、有能な者を廃除したのだ。そして、有能な臣下達はリリー嬢側に付いた。
かくして、2年で内戦状態は終了。アホの弟は斬首と相成った。流石に可哀想な気もしたが、後顧の憂いは断っておくべきだろう。
リリーに決断させるのははばかられたので、俺自身が処刑命令を出した。兄としての責任だ。
俺とリリー嬢は盛大な結婚式を挙げ、更に俺は戴冠した。王様になってしまったのだ。
「なんというか……棚からぼたもち的に王様になってしまったな。全て君のおかげだよ、リリー」
俺が礼を言うと、リリーは嬉しそうに笑った。
「惚れた男が頂点に立つのは嬉しいものですわ! ……それに、わたくしはあなたがいたから、ここまで来れましたのよ」
リリーは懐かしそうな目で昔語りを始めた。
「あの人、ちょっと心無い言葉を掛けてくる時があったでしょう?」
「ああ、弟は昔から人の心の機微に疎かったからな」
「でもね、そういう時に慰めて下さったのは、いつもあなただったのよ」
リリーの笑顔に、俺も思わず笑顔になった。
そうして数十年。平和な国。幸せな結婚生活。
もしあの日……最初に相談をされた日。弟を本気で背負投げしていたら、運命は変わっていただろうか?
弟は改心し、予定通りリリー嬢を娶って、俺は日陰者の人生を歩んでいたのかもしれない。弟は死なずに済んだのかもしれない。
「クリス様! 孫達が来ましたわ!」
リリーの声。年をとっても相変わらず美しい自慢の妻だ。そして、8人の子どもたちと、20人の孫。この上ない幸福。
とにもかくにも、これでハッピーエンドというわけである。
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