8 王都脱出準備
道草亭に帰ると部屋は綺麗に掃除されていた。
ベットに転がってアイテムボックスからミズキのギルドカードを取り出す。
【鑑定】
ミズキ・アイラ 35歳 男 HP95 MP80 火属性魔法
称号 料理人
冒険者 Fランク
達成依頼 なし
達成期限 成都歴505年2月末
初期登録地 ナリア王国 ナリアギルド
ギルドで鑑定を受ける前に召喚スキルの(言語解釈・会話)は
消去しておいた。
成都歴っていうんだ。
そういえば召喚魔法の記述があったのは魔王が存在した
500年前の文献て言ってた。
召喚された勇者によって魔王が討伐されて
都が出来たって事かな。
登録した国名と都市名も記録されてるんだ。
他のギルドへ行ったらそのギルドの情報も記録されるのかなあ。
初期登録地は近い所にした方が無難かな。
買った地図を見て考える。
ジゼルギルドっていう所がビッグボアも獲れるし
ここからもあまり離れてない。
これから向かいたいのは隣国のある国境の方角だから
反対方向にあるこのギルドなら問題はなさそうだ。
とりあえずカードの改ざんだね。
名前、どうしようかな。
簡単で覚えやすいのが良いかな。
【記録上書き】
ショウ 18歳 男 HP880 MP480 火属性魔法
称号 剣士
冒険者 Cランク
達成依頼 なし
達成期限 成都歴505年5月末
初期登録地 ナリア王国 ジゼルギルド
よし!これで問題ないはず。
Cランクなら依頼達成期限が半年あるし、
ビッグボアはランクCの魔物で達成ポイントになるからね。
何か不味い状況になったら全力で逃走しよう・・・。
あと3日のうちに旅に必要な食料や着替え、野営道具なんかを揃えないといけない。
情報収集も大事だ。この国を出た方が良さそうなので
友好的な3国のどこが良いか調べないといけない。
取りあえずは治安が良いと聞いたオルコット領を目指そうか。
なんか毎日が充実しすぎて精神的に疲れるのが早い。
慣れない事が多すぎるのも原因だ。旅に出る前に1日はのんびり過ごしたい。
夕食の時間になったので部屋を出る。
やはり美味しそうな匂いが漂っている。
今日の晩御飯何かな。この世界に来てからとにかく歩くことが多くなった。
HP補正が働くのか、体力的に疲れない事は嬉しい。
この世界の長距離移動はやはり馬車か歩きなのだろう。
騎士とかだったら馬で移動もあるだろう。城の敷地内に厩舎があった。
ラノベだとグリフォンやドラゴンに乗って空を飛ぶなんて事も有るけど
今のところ空を飛ぶ魔物には遭遇していない。
「空いている席にどうぞ。」
エミーの声で我に返る。
「お掃除ありがとう。綺麗になってスッキリしたわ。」
「喜んでいただけて嬉しいです。いま食事をお持ちしますね。」
運ばれたトレーの上には
彩りのよい付け合わせ野菜と厚切り焼肉の乗った皿
具沢山スープ、黒パンの乗った皿、果物
バランスの良い食事がのっている。
「いただきます。」
いつもの癖で呟いて食べ始めた。
食材もたくさん買っておかないと次の町までどの位かかるか分からないし、
野営するにしても布団が欲しいな。テントなんてあるのかな。
・・・アイテムボックスと資金が有るからこその悩みだ。
とにかく時間が無さすぎる。
王都でもう少しすごす?
いや、だらだらして居座ってしまいそうだ。
何より召喚された異世界人がいる事を知ってる人たちがいる。
ミズキは逃走したけどメイクで誤魔化していたとはいえ、
直に顔を合わせている人たちが多い。
気付かれる可能性が無いとは言えない。
やはり早く王都を出よう。
「具合、悪いんですか?」
「大丈夫。ちょっと考え事してたら暗い気分になちゃっただけ。」
「彼氏さんと喧嘩とか?」
「へへへ、そんなような事。」
「えーこんな可愛い彼女困らせるなんて。振っちゃえ振っちゃえ」
「こらー、エミー油売ってないで空いたトレーさっさと運んで!」
「はーい。・・・元気出してね。」
「心配してくれてありがとう。」
んー、彼氏かぁ
17年間いた事なかったな。
告白された事は何回か経験あるけど、付き合う気分にはならなかったなぁ。
部屋へ戻って考える。
異世界へ来て益々彼氏ができる可能性が遠のいたかも。
いや、可能性なくなちゃったなあ。
ある意味逃亡者だし、チート持ちだし、異世界人だし、訳あり事多すぎ。
でも事情を知って親身になってくれる友人とかいたら
もっと気が楽なんだろうな。
まあ無い物ねだりは無駄な事。
明日に備えて早寝しよう・・・
ん~
私ってつくづく楽天的な性格。
悩みがあっても爆睡できる・・・
気付くと朝になっていた。いつものように着替えて顔を洗って
朝食を摂りに部屋を出る。
空いてる席に座ると他のテーブルを片付けていたエミーが気付いて寄って来た。
「スッキリしたって顔してますね。もう吹っ切れちゃったんですか?」
「ふふふ、そう見えるなら大丈夫なんじゃない?
小さい事で悩んでもしょうがない、って性格してるから。」
「小さい事って・・・失恋じゃなかったんですね?」
「そういう事。ご心配おかけしました。」
「なーんだ。ちょっとがっかり。あまり若いお客さんいないから
そういう話に飢えちゃって。えへへ・・・」
「それは残念。私も人の恋バナをするのは好きよ。」
「ですよね。」
「エミー、片付けの途中でしょ。日当減らすわよ~。」
奥から女将さんの声がした。
「お母さん、それだけは勘弁して~。欲しい物が沢山あるんだから。
じゃあアイラさん、今日もお気を付けて。」
「ありがとう。」
食事を終え朝市に出掛けた。
何処の世界でも同じなのか、私が知っている日本の朝市と同じだ。
生活感があって活気に溢れている。
尤も私はテレビでしか見た事なかったけど・・・
ラノベで読んだ知識ではアイテムボックスの空間は時間経過
という概念は無いらしい。
数日前に入れた薬草も生き生きしてるし、ビッグボアも一日では
硬直とかの変化が感じられなかった。
食べ物も大丈夫だろう・・・多分。
取りあえず食材として芋や玉ねぎ、ニンジンの様な日持ちして色々使える野菜。
洗えばすぐ口にできそうな野菜・果物。
主食のパンや粉、調味用の塩等を目的に市場を歩く。
それらしい野菜などを見つけ店主に調理法など尋ねながら適量を調達する。
一度に買ってしまうと疑問を持たれたり、味が好みでなかったりすると問題だ。
調理法を聞いたのでそれに合った調理器具を揃える。
明日も有るからあちこち見て回って目星をつけておく。
肉屋の軒先に気になる物を見つけ近寄っていく。
「すみません、これって薫製にしたお肉ですか?」
「そうだよ。日持ちするが乾燥肉と違って軟らかくて美味しいよ。」
「何の肉ですか?」
「ボアだよ。好きなだけ切り分けるから買って行っておくれ。」
ベーコンだ!野菜と炒めたりスープのダシに使うと味が格段に違う。
迷わず購入する。
初体験なので楽しいが慣れない事なので午前中だけで
ぐったり疲れが溜まった。
何処か休憩しながら食事できそうなところを探していると
見知った人と目が合った。
気付いた時には手を挙げてあちらから近付いてきた。
「アイラじゃないか。買い物か?」
「こんにちはジェイドさん。怪我は大丈夫ですか?」
捻挫にしては普通に歩いている。もう治ったのだろうか・・・
「ああ。いつまでも休んでいると飯が食えなくなるからな。
知り合いの治癒師に頼み込んで直してもらった。
そうだ、ここで会ったのも神様の思し召しだな。
この間のお礼に昼めしでも奢らせてくれ。それとも、もう済ませたか?」
「いいえ、丁度どこで食べようかと探していたところですが・・・」
「・・・ナンパではないぞ。本当に礼がしたいだけだ。」
「ふふ、わかってますよ。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。」
「ああ。どこが良いかな。誘っておいてなんだが、
王都はあまり詳しくないんだ。」
「そうなんですか?私もです。堅苦しいのは苦手なんで…
と言っても食べ歩きもちょっと・・・
何か買ってベンチにでも腰掛けて食べましょうか?」
「ああ。その方が楽しそうだ。」
という事でいい匂いのする方へ歩き出す。
「ジェイドさんはどこへ行くつもりだったんですか?」
「ちょっと纏まった稼ぎをしようと思って
ハドソン領にあるダンジョンに向かうつもりだ。」
串焼きのにおいに誘われ店の前で立ち止まる。
一緒に売っている切り込みの入った細長いパンも購入して
串焼きの肉だけ挟んでもらった。
飲み物も買って空いているベンチに並んで座った。
「ダンジョン・・・魔物の巣窟ですね。C級一人でも大丈夫なんですか?」
「・・・いや、向こうで適当に仲間を見つけるさ。」
「適当って…そんなんで大丈夫なんですか?」
「これでも人を見る目は有る、と自負しているつもり?だ。」
「なんで疑問形。余計に心配になりました。」
「心配して貰えて光栄だな」
「光栄って・・・そういえばハドソン領はオルコット領の隣ですね。」
「ああそうだが、レイラはオルコット領に縁があるのか?」
「いいえ、ギルドで領主様がしっかり領地経営しているので
治安が良いと聞いたので・・・」
「そうか。俺もこの国一番の領地だと思うが、アイラも移動するようなら
一度寄って自身の目で確かめてみると良い。」
「はい。考えておきます。」
ダンジョンについて聞いたり、旅の道中に気をつける事について聞いたりして
昼食を終えた。
「ごちそうさまでした。ジェイドさんはこのまま王都を出るんですか?」
「ああ。君を見かけて昼食をとれて良かったよ。
お礼にしては物足りなかったがな。」
「いいえ、色々参考になる話も聞けましたし十分です。
ダンジョン、気をつけて下さいね。また捻挫なんてしない様に。」
「それを言われると弱いな。アイラも元気でな。」
「はい。ではまた・・・どこかで会えると良いですね。」
「ああ。是非オルコット領を見に行ってくれ。」
名残惜しい?が、ジェイドさんと別れて、今日はこのまま宿に帰る事にした。
今年最後の投稿です。
忙しい人も、そうでもない人も
良いお年をお迎えください。




