10 王都出立
道草亭での夕食時間に何とか間に合いそのままカウンター席に着いた。
厨房から顔を出した女将さんがすぐに食事を乗せたトレーを運んできてくれた。
「遅くまでお仕事、お疲れ様。ぎりぎりセーフね。」
「すみません。いろいろ立て込んでしまって・・・
それで急なんですけど、明日の朝に護衛の仕事で王都を発つことになりました。
短い間でしたけどお世話になりました。」
「まあ、エミーが寂しがるわ。冒険者も大変だけどお仕事があって何よりね。」
「はい。今のところ何とか食べていけてます。また王都に来た時は寄らせて頂きます。」
温かい夕食を済ませ、部屋に戻って明日からの事を考える。
目的地のシグ街までは馬車で4日程度。
次にいつ入浴できるか分からないので共同浴場に行くことにした。
準備をして部屋を出ると食堂でエミーが待っていた。
「共同浴場に行くんでしょ。最後だから一緒に行こう?」
この世界で知り合った同世代の初めてのお誘いを断る理由は無い。
「ええ、良いわよ。」
並んで浴場目指して歩き出す。
「せっかく話の合いそうなお客さんだったのに残念だなぁ。
今度は何時王都に来るの?」
「ん~、分からないわ。ちょっと彼方此方の領地を見て回りたいし・・・。
まだ駆け出し冒険者だから、生活し易そうな所を探して落ち着くのも良いかな、
って思ったりもするし。」
「王都もなかなかいい所だよ?王都しか知らないけどね。
えへへ・・・」
「そりゃー色々揃っていて便利で暮らし易いかもだけど・・・。
冒険するのが冒険者だし?」
「ごもっとも、って当たり前の様でなんか違う気もするんですけど。」
「あはは、だよね。冒険者みんなが冒険してるわけじゃないよね。」
などと会話しているうちに目的地に着いた。
洗い場で体を洗い並んで湯船につかった。
「アイラさん、腕に変わった痣?があるんですね。」
「ああこれ?私が小さい時に亡くなったお爺ちゃんにもそっくりなのがあって、
鳥の形してるでしょ。
お爺ちゃんは何でか『ピー助』って呼んでたの。変でしょ?」
「あはは、痣に名前付けてたんだ。お揃いのがあったって、
遺伝したのかな?」
「遺伝は無いと思うけど。二人の兄には無いしね。」
「一家みんな同じ痣があったら、曰付きみたいで怖いかも・・・。」
「大好きなお爺ちゃんと二人だけだったから、なんか絆みたいで
嬉しかったけどね。」
「『ピー助』って名前もあって可愛い感じだしね。」
「そうなのよね~。」
「あ~あ、こうやって気兼ねなく話が出来るようになったのに残念。
また王都に来たら絶対うちに泊ってね。」
「ええ。絶対寄らせて貰うから、その時はよろしくね。」
「勿論よ!」
あれこれ他愛ない話をして程よく心と体を温めて宿に帰った。
明日の出発に備えてベッドに入り
神殿の保管庫から無断収納してきた物の事はすっかり忘れていた・・・。
翌朝、朝食を済ませると改めて女将さんとエミーに
お世話になったお礼を言って宿を後にした。
待ち合わせの外壁門近くに着くとすでに雇い主らしい30歳前後の女性と
冒険者風の装いの30歳半ばとそれより年配の男性二人が
馬車と一頭の馬を従えて待っていた。
「すみません。遅くなりました。」
「いいえ、まだ約束の時間には少し早いわ。
それより思っていたより若いわね。」
「アイラと申します。これでももうすぐ18歳になります。
まだ駆け出しで頼りないかもしれませんがよろしくお願いします。」
「まあ、そうなの?まだ成人前かと思ったわ。こちらこそお世話になるわ。
私はシグルス商会でサービスマネージャーをしているスーザン・ウェイン。
あと護衛の・・・」
そういって二人の男性に視線を移した。
「俺はニックだ。よろしく頼む。」
「私はシド・ウェインだ。まあ護衛の仕事は私たちに任せて気楽にやってくれ。」
「あの、お二人ともウェインさんて・・・」
「ああ。護衛を引き受けてからの縁でスーザンとは結婚して3年になる。」
「そうなんですね。仕事の間もずっと一緒にいられるなんて羨ましいです。」
「そんな事ないわよ。喧嘩してても一緒にいないとだから
何というか・・・ストレスが溜まってもおかしくないわね。」
「えっ、喧嘩されるんですか?」
「それは、何というか・・・」
「まあ、そんな話は道中ゆっくりすれば良いさ。
そろそろ出発しないと明るいうちに宿までたどり着けなくなる。」
照れながらそう言われて出発の為に動き出す。
一頭立ての箱馬車の御者にニックさん、スーザンさんと私は馬車に乗り込み
シドさんは騎乗して馬車に並走する。
馬車には積み荷もあって二人が座れるスペースは確保されているが割と手狭だ。
「ちょっと窮屈でごめんなさいね。私は慣れているけど
仕事と割り切って我慢してね。」
「いいえ、徒歩で移動する事を思えば、タダどころか報酬付きですから。
これ以上贅沢を言ったら罰が当たります。」
「うちの商会は雑貨商みたいなもので、オルコット産の商品を他の領地で販売して
その領地の特産品なんかを仕入れてオルコットや他の領地で販売してるの。」
「いろんな土地に行くんですね。」
「私だけでは国中を回るのはムリだから
幾つかの領地ごとに担当がいるんだけどね。」
「護衛の方もたくさん雇っているんですか?」
「ええ。でも私に付いている二人が特に優秀かしら。
王都担当はそれなりに取引も大きいから危険も多いの。」
「優秀な剣士なんですね。私、剣術の実戦はした事が無い、
というか剣術は田舎で教えてもらったんですが
自己流の人から教えて貰ったので自信が無くて。
時間があったら何方かに手解きして頂けると有難いのですが・・・
勿論報酬はお支払いします。
相場は知らないので言って頂ければそれなりに。」
祖父に体と精神を鍛えておけばいつかきっと役に立つからと
剣道や空手は習っていたが、ここは異世界。
剣も違うし扱い方が分らない。
「手が空いている時間なら報酬は要らないわよ。
寧ろ二人にとってもそれなりに鍛錬になるしね。」
魔法も使えるし身体能力も格段に上がっているが、
いつ何処で剣技が必要になるか分からないので
この世界の剣士の手解きを受けるチャンスを逃す手は無い。
「甘えちゃって良いんですか?私結構手間のかかる生徒だと思いますけど。」
「二人も可愛い娘が出来たと思ってきっと張り切って教えてくれるわよ。」
「それは、お二人に失礼です・・・妹が出来たと思ってほしいです。」
「あら、シドにとって妹なら、私にとっても妹よ。
姉だと思って甘えてね。」
「本人のいない所で勝手に決めちゃって良いのかなぁ。
それに既に雇い主様に甘えてしまって申し訳ないです。」
「いいのよ。遠慮しないで。
いつも同行している侍女とも身内のようにやり取りしてるから
堅苦しくなくて気が楽でいいわ。」
「そう言って頂けると私もこの仕事を受けることが出来て
本当に良かったと思います。」
商会の会長の孫娘と聞いてもっと堅い人かと思っていたが
会った時から気さくな感じの人なので思い切ってお願いしてよかった。
この世界で一人で生きていくには知らない事が多すぎる。
時には親切にしてくれる人に甘える事も大切だ。
取りあえずまだ先の事より今を生きる事を優先させて貰おう。
そして何時か借りた恩が返せるようになれたら良いと思う。




