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神話遭遇

 空想に惹かれる少年、翠場一は、平凡な一日の暮れに一人の青年と出会う。彼はその日、この世には非日常的な物が確かに日常にある事を知る事となる。

その夜は祝日を含め、連休を控えた人々の慌ただしい渋滞が、街に目立っている。




 その夜、それは起きた。


 いとも容易く建物を突き破り、車を吹っ飛ばし踏み潰しながら、『それ』は道路上を駆け回る。恐らくその進路上には、怪我どころでは済まされない被害も出ている事だろう。


 やがて『それ』を追う一つの存在が来る。これは器用にも、人や進路上のモノに触れる事無く、それでいて風の如き速さで、『それ』に肉薄する。

「マンティコア、それも成体・・・これ以上被害を出す訳にはいかない、ここで討獲する!!」

 マンティコア、それは毒針の尾を持ち、姿は獅子に似た人を喰う怪物である。神話の中の存在であり、実在する生物ではない。




 それが、表の世界での情報、認識である。


「回り込むぞ、シリウス! ・・・召喚神具、弓!」


 ユニコーン、それは頭部に生えた一角を特徴とし、獰猛かつ勇猛な知性と、疾風の如き速さと力を持つ、白馬に似た生物である。それもまた、表の認識では神話の中の存在であり実在はしない。


 が、シリウスと名付けられ、標的を追い、主と思しき人間を背に乗せ駆けるその姿は紛れも無く神話から出てきたかの様なユニコーンそのものである。追う標的がまた、神話の怪物マンティコアと呼ばれているように。

「魔を射し聖弓・・イティバル!!」

 シリウスの主の手に、白銀の弓が現れ、収まる。同時に彼が指を鳴らすと、輝く矢束が背に現れ、装備される。

「基本装備だが十分に通じる筈・・・!」

 矢を備え、弓を引き絞り、射る。それは街に吹く風に触れず、或いは風など吹いていないかの様に一直線に向かい、標的の後左足を貫く。

「封獲するなら今だ!」

 マンティコアと距離を詰めるべく、シリウスは一層高く跳び上がる。その姿は月を背に受け、一層美しく見える事だろう。




「手緩いな、救。中級と言えどマンティコアは凶暴種だ、基礎の装備で手懐けられる程やわな幻獣じゃねえ」

 間合いを遮るかの如く2発の銃弾が通過した。それは殺意を込めて放ったものでは無いが、シリウスとその主、救と呼ばれた青年を戦慄させ、足を止めるには十分な威嚇だった。


「邪魔をするつもりか、統! ここは市民がまだ大勢いる、早く収めなければ」

 救が統という名で呼ぶ存在、それは眼鏡を掛けた金髪青眼の、如何にも高貴な外見をした救とは違い、赤い髪に褐色の肌、顔に浮かぶ傷跡と、顔は整ってはいるもののどこか野性的な印象を与える。

「そうだな、収めるなら早い方が良い。だったら」

 統は手に持つ紫色の銃をマンティコアに向け、四肢を吹き飛ばす。

「止めろ! 封じるにはあれで十分な筈だ」

「だからお前は手緩いんだよ、痺れさせた位で戦意を奪えるとでも思ったのか? ・・・安心しな、嬲り殺す趣味は無ぇよ」


 程無くして暗闇から巨大な狼犬が現れ、マンティコアに覆い被さり、荒々しく喰い尽くす。

「終わったか、リゲル。しっかし大分デカくなったなぁ」

「・・・ガルムは希少種だ、その上認めた者への忠誠心が強く、裏切りなど滅多に無い。・・ここまで育て上げた腕は褒めるが」

「勘違いすんなよ、こいつはオレの赤子の頃からの仲だ。適当な拾いモンじゃあ断じて無え」

 彼も僕と同じか―――その力は物心つく前から寄り添っていた。その力に添われていたからこそ、それを大義の為に背負う義務がある。


「物思いに耽るのも良いが人が来るぜ、死人は出てないらしいが面倒にはするなよ」




 その翌日、新聞に一つの記事が掲載される。


『新たな未確認生物東京に出現か』

 これは初めての事態ではない。時は202X年、様々な問題を孕みつつもこの人間社会は大きな枠組みが変わる事無く維持されている。そして今世間を騒がしている問題、それが未確認生物多発事件だ。

 彼らは長く続く生態系に囚われない異能の力と習性を有し、時として人々の生活を脅かす。


 だが人々の持つ認識は、


 ただの都市伝説。


 時が経てば収まる事態。


 政府、警察、軍が何とかするだろう。


 そんな感覚を持つ大多数の者達の日常へも、影は次第に近づいている――――

*

「それでは、これから文芸部活動を始めます。みんな揃ったみたいなので・・・って、そこで寝てるのは・・・・翠場っ! 翠場一っ!!」



「・・・・ちゃんと起きてますよ副部長。ちょっと眠いけど」

「アイマスク着けてる時点で寝る気満々だろーがっ! カモフラージュしてても無駄だぞ無駄っ!」

 日本中全ての文芸部員がそうではないと信じたい・・・が、とりあえずこの常東高等学校文芸部が、校内の捻くれ者の溜まり場である事は、自他共に認める共通認識だ。活動内容は一応創作活動と謳っているが、有言実行を通している部員は13名中4人。

「で翠場、お前これ本当に出す気なのか?」

「出す気が無きゃ書かないでしょ」

「こんな幻獣だの魔術だの、非現実満載のが通ると思ってるのか⁉ ライトノベルなら解るが相手は一般誌だぞ!」

「・・・あのさあ副部長、ウケ狙いのホン書いてて楽しい? 想像力重視って部長は言ってたんだけど」

「まだ真に受けてたのか、あんな幽霊部員同然の・・・」



「はいはーい、両者共頭冷やしてー。副部長さん、間一髪で部長様をディスるとこでしたよーっ」

 録音機片手に二人の間に入った少女は、不良か地味かしかいない様な部室の中で、どこか浮いた容姿をしている。目立つ容姿ではあるが荒れてはおらず、自然と輝きが見えるかの様な・・・例えるならば俗に言う「キラキラしている」と言った所だ。

「ま、まだいたのか紅山・・・てっきり冷やかすだけ冷やかして縁切りかと思ったぞ」

「あたしそんな冷酷な人間じゃありませんから。良いじゃないですかリアリティ無くたって、ファンタジー万歳っ! 若い子なら尚更ですよ?」

「それ以上煽んなよ再。話がややこしくなる」

「それは失言だなぁ一。これでもあんたの味方なのにーっ」

 多くの男子部員が、嫉妬に近い目で一を見つめていた。

*

「あんまり俺に近づかない方が良いよ、校のアイドルが陰キャと話してたら悪い意味で目をつけられる」

「なーに今更言ってんだか。幼なじみでしょ? 彼氏彼女でしか男女の交友関係を察せないなんてそっちの方が気持ち悪いって!」

「・・・まぁ確かに。再といれば得する事もあるしな。甘い物が一目憚らず食べれたりとか」

「ウザったいナンパ野郎も寄って来ないし、ね」


 翠場一と紅山再、この二人の緩い友人関係は小学生の頃から形成された。傍から見れば幼馴染という事で何やら恋愛感情的物を想像する輩もそれなりにいたのだが、当の本人達は否定して気ままにつるんでいる。

「ところで一、今書いてるその小説なんだけど」

「ありきたり、って言いたいか?」

「いや別に良いと思うわよ? ファンタジーなんてどうとでもなるジャンルだし。・・・でもさ、ご時世に影響受けてない?」


 指摘されるまで気が付かなかった、しまったと声を上げそうになった。

「何よそのマヌケ面。もしかしてあれが天然だったとか?」

「・・・ちょっと屈辱的だよ。風刺とか私事なんて考え無しに入れたら叩かれるから。再レベルに指摘されたって事はまだ厳しいか・・・応募するのは」

「なーに言ってんの、そんなん感覚なんて人それぞれなんだから渋るより応募しちゃいなさいよ!」

 励まし励まされる、昔からそういう関係だ。それを恋愛と考えた事は無いが、居心地の良いその関係に特別な感情があるのは疑いようが無い。

「何か背中押された気分。じゃあもうちょっと書き進めてみるよ」

「ちょっとじゃなくて最後まで! じゃ、また明日!」

*

「通行止め?」

「あんまりに通報が多いもんでね。・・本当はこんな事で取り締まりたくないんだけど」

「そんなに下らない通報なんですか? カルガモ大量発生とか」

「・・・・出たんだそうだよ、首が二つある犬が。それも二、三匹。荒唐無稽でしょ? あまりに馬鹿らしいから笑い飛ばしてたんだけど、上の方が出動しろ、ってさ。君、家はこの先?」


 一瞬、良からぬ考えが一の脳裏を過ぎった。

「裏山から行くんで大丈夫です」

「裏山? まあ遠回りになるけど通れない事は無いか・・・気を付けてよ、今一部が開発工事中だし害獣の話もあるから」



 一応は道が確保されているから大丈夫・・・と、現時点ではそう言い聞かせて安心するしかなかった。

「開拓なんてする必要あんのかな」

 幼い頃、遊び場の一つとして親しんでいた一にとっては、ここが変えられるのは少し寂しさを感じた。大人の世界には様々な事情もあるのだろうが、今は理解できるのは漠然とした所までだ。

 抜け道が見えてきた頃には、空はすっかり暗くなっていた。本来の道よりも多く歩いたのだが、繋がる道はここしか無かったのだから仕方ない。



「何をしてる? こんな所を嗅ぎ回ってもつまらないよ」



 一瞬視線を外した間に、忽然と前方に立っていたその黒衣の青年は、少し呆れたような声色で「警告」を浴びせる。

「通してくれませんか。下校する通路がここしか無かったんで」

「!? ・・・そうか、統制箇所を広げ過ぎたか・・安全確保とはいえ一般人が下校に困るとは失敗したな」

「独り言、ですか?」

「ああゴメンっ。僕はここらの警備員の、少し上の立場の人間でね」

「警備員がそんな・・・オシャレ? な衣装してる訳無いと思いますよ」


 少し厄介なタイプに出会ってしまった。青年は己の無自覚な至らなさを恥じた。

「少年、言われなくても解るだろうけどここは危険な場所だ。もうすぐ抜けられるんだから早く家路に」

「翠場一です。少年と言われるのはなんかその、ご遠慮願います。てか目が泳いでるし、顔色青いですよ、隠し事ですか?」

 好奇心旺盛。それは視野を広げる武器、と前向きに捉える者が多いこのご時世だが、無自覚に危険を呼び寄せる悪しき一面もある性格だ。

「・・そんなに僕に興味があるのか。反社会的勢力だとか、反社会的勢力だったらどうする」

「二回言いましたね」

「細かい事は気にしないっ」

 確信しつつある。これは何言われても噛みついてくるタイプだ。適当なごまかしは通用しない。ならばどうやって納得させるか・・・

「時と場合によっては、もしかしてついて来る?」

「もちろん」

 即答か。

*

「唐突だろうが質問するよ。・・君、UMAって信じる?」

「未確認動物の類ですか? なんかここ数年ブームには、なってるみたいですけど・・・ハンターか何かですか? あんまり採算合わなそうだから手を引いた方が」

「だろうね。テレビでよく見る、あんなふざけた企画は廃業した方が良いに決まってる」

 そこは語気を強くしてまで言う事だろうか。

「僕らは神生体と呼ばれる、世界中に数多ある超常存在の管理を仕事としてるんだ。公的には臨者という職種さ」

「管理? ああいうのって財宝とか遺跡みたいに、それこそトレジャーハンター的なのが探して解明してるもんかと」

「ああ・・・ここだけの話、ああいう行為は僕らの界隈では犯罪同然でね。・・ちょっと喋り過ぎた、足元大丈夫?」

 今一と青年が歩いていたのは、裏山の頂上へ向かう登り道。照明が各々に取り付けられているので、感覚的に危険意識は沸かない。一自身、幼い頃はよく回った場所なので歩きも慣れている。

「これから頂上な訳だけど・・・ぶっちゃけ君は静かに遠目から見てるだけにしてほしい。これはプロの仕事だから、ハッキリ言えば出しゃばるのは邪魔、という事だ」

 丸く温和そうな青年の目つきが、冷たく、鋭くなっていた。



「予想通り縄張りを作ってたか・・・この数は少し手こずりそうだ」

「・・何ですかあれ!? 現実ですよね!?」


 一が初見で驚くのは無理も無い、だが大声を出していないだけそこは出来た少年だ、正直助かる。

「断じてドッキリや特殊造形の類では無いよ、僕等にとってはもう見慣れた現実だけどね」

 とはいえ『それ』をいきなり見せてしまったのは少し刺激が強かった、と―――

「・・・ヘルハウンド、ってヤツですか。双頭の犬だから何となく、かも」

「・・驚いた。広くはそう呼ばれているね」

 心配は杞憂だったようだ、その目は好奇心に燃えている。とはいえ冷や汗を浮かべているあたり、恐怖心が無い訳ではない。そこに青年は安堵した。

「この手の双頭犬は、人に飼われているか否かで名前が分けられてるんだ。向こうに見えるあの5、6匹は野生のカテゴリーだね。だからヘルハウンドと区別されてる」

「でもあれ、てっぺんの土を掘って何してるんですか」

「それをこれから確かめる! さてここからが仕事だっ」

 青年は何かを握り締める様な動作で手を上に掲げる。

「召喚神具、槍!」


 どこから持ち出したか、一瞬で槍が現れ青年の手に握られる。

「手品か何かですか?」

「魔法の一種だよ、文字通りね。まだこの槍は素体みたいなモノだけど」

「魔法って・・・」

「本題はこっからさ。・・雷鳴槍、サンダースピア!!」

 槍は雷光に包まれ、その光は槍に装飾や先端を形作っていく。


「これでこの槍は魔力を纏った。風属性の槍・サンダースピアとしてね」

「もう何が何だか・・・」

「じゃあ行ってくるよ。死にたくなかったらそこで見物しててくれ」



 ヘルハウンド

 分類:双頭犬型幻獣

 特徴:夜間に活動する獰猛かつ危険な幻獣。硫黄にも似た特殊な体臭を放つ。人間の手によって調教された種は『ブラックドッグ』という名前で区別されるが、その特徴故ペットには向かず、手懐けられた個体も多くはない。


「さて・・・そうまでして群がってここ掘れしてるって事は、余程魅力的な物が埋まってるんだろうけど・・運が悪かったね」

 連中にとってその存在は自分達の縄張りを乱す「異物」と認識したのだろう。ヘルハウンド達は一斉に顔を上げ、ほぼ臨戦態勢の青年に対して一斉に睨みつけ、一斉に唸る。

「良くておねんねしててもらおうか!」

 サンダースピアで軽く地面を小突くと、その個所に電流が走る。青年もヘルハウンド達も、それを合図として走り出した。

 三頭いるうちの一頭が、青年の喉笛を狙い飛び掛かる。

「読みがバレバレっ!」

 容易く、とでも言いたげな余裕のある動きで、青年は一匹目の腹に槍を突き刺す。槍の刃先から電流が流れ、相手は大きく痙攣しつつその場に落ち、倒れた。

 残りの二頭はそれぞれ左右から襲い掛かる。だが仲間の倒れ様を見て畏れが生まれたのか、最初のよりは勢いが無い、かわすのも容易だ。

「慎重になったか、痛いのは怖いもんな・・・だったら」

 今度は勢い良く槍を地に突き立てる。直後電流の波が地を走り別の一頭へ直撃した。

「痺れるぐらいならまだマシだろ?」

 二匹目が大きく麻痺しその場に倒れ伏した。残る一頭は戦意を喪失しつつあり、後退りを始めている。

「勝ち目無し、と考えてるな・・・安心して。苦しめはしない」

 青年はゆっくりと、そのヘルハウンドに槍を向ける。遠目からでも、その挙動と視線には、微かな憐れみが含まれているのが判る。



 その直後、それは、喰われるようにして、消え失せた。

「えっ・・・?」

「・・上位種がいたか」

 ヘルハウンドを噛み咥えたのは、双頭の狂犬。だがその容姿はヘルハウンドよりは二回り大きく、体色も黒では無く暗い青に近い。



 オルトロス

 分類:双頭犬型大幻獣

 特徴:ヘルハウンドの上位亜種と推測される大幻獣。直線速力が非常に素早く、知能もそれなりに高い。


 動かなくなった一頭を打ち捨て、オルトロスは咆哮と共に襲い掛かる。


「流石に速いね・・・・見切れない程じゃ無いけどっ!」

 突撃を回避した青年には、オルトロスの弱点も心得ている。

「どうした? 喰らうつもりなんだろう、僕を」

 確かに直線の速力は速い。だが速いのはその動作だけだ。故に小回りは利かず、走った後には隙が生じる。

「その向こう見ずな全速力、利用させてもらう」

 知っていれば何とも読み易い動き。直進のすれ違い際に足を掬い、転倒させる事は簡単だった。

「召喚神具、弓。魔を射し聖弓、イティバル」

 弓を呼び出し、力を宿らせ、構える。

「身動きが取れないのは苦しいだろう。・・・痛めつけはしない、一瞬で終わるから」

 その静かな態度は、処刑人の如く冷たいようにも見え、狩人の如く憐れみを込めているようにも、見えた。

*

「いや~っ、こんな事言うと悪いんだけど、内心君の事は疑ってたんだよね! 宗教のお祓いってヤツ? と思ってたんだけど、リアルにあんなのあるんだねえ! これで安心して開発が出来るよ、駆除ありがとう!」

「駆除じゃなくて我々の業界では討封って言うんですよ、気をつけてください。・・・でも良いんですか、この少年込みで夕飯待遇なんて」

 当の本人もそう思う。自分が首を突っ込んでなければ、この人が今頃目の前にいる男と話していたのは、ありふれたファミレスなんぞではなく、少し気の利いたお高い料亭だったのだろう。

「そういう事は気にしない気にしない! ・・・それで、依頼金なんだけど」

「この食事の分も、って事で構いません。18万円、って所でどうでしょうか」

「口座に振り込んどけばいいかな?」

「3日以内にこちらから伺います。それまでに絶対に用意してください。誤魔化しは効きませんよ、こっちも仕事なので」

*

「何か色々無力感感じた気分・・・」

「良いじゃないか、君らが言うところのファンタジーモンスターが見れたんだから」

 確かに貴重な、というよりは信じられない体験だ。ここでドッキリと言われても納得できてしまう。

「・・ずっとこれをやってるんですか?」

「れっきとした職業なのは判っただろう? 僕の家業さ」

「ああいうの、それこそRPGとかライトノベルとか、カードゲームとか・・」

「フィクションの分には面白いよね、ああいうのは。脚色が過ぎるのもあるけど」


 ・・・好奇心に反して、続ける言葉が思い浮かばない。多頭の狂犬や魔法の様な武器を操る青年、そんなファンタジーとしか言い様の無い事物を、この目で確かに見た。


「————すいませんっ」

「ん? いきなりどした?」


ただ平凡に暮らしていれば見られない光景がある、その事実を、身を以て感じてしまった。



「こっ、この業界の仕事って・・・バイトとか、受け付けてますか・・・・!?」

 一は、そう口にした。口封じにと、命の危険をも覚悟した。それでも探究心という欲望に勝てなかった。



 短いような、長いような沈黙の後、笑い声が聞こえた。それに釣られて顔を上げる。

「普通の子供かと思ったけど、案外面白い事言うね君! ・・じゃ、今夜のが見学だったとして、文字通りアルバイトやってみる?」

「はっ、はい!! じゃあ一体何を―――」

 急に、視界が暗くなり、意識が遠のいた。

*

 目覚めた時には、自室のベッドの中。外からは、何やら騒がしい会話が聞こえる。

「夢・・・だったのかな」

 服装は制服のままだ。起きるとテーブルの上に朝食、と何やら紙が置いてある。それを見て把握したのは、

「熊? ヘルハウンドだろあれはどう見ても」

 どうやら害獣に襲われて気絶した・・という事になっている。情報操作なんてモノは実在するのだ、と実感した。

「誰が俺を運んだんだろう・・・この様子だと外のは母さんと警察か」

 考えを巡らす中、携帯が鳴る。


「翠場・・・一ですけど」


「おはよう。無事朝までぐっすりだったみたいだね。昨日はごめんね、路上であんな話題は堂々と出来ないもんでね」

「それで眠らせて家まで運んで、挙句昨日の一件は揉み消しですか。秘密結社ですか」

「手厳しいね。でもそこまで考えられるなんて、将来推理小説の一本でも書けるんじゃない?」

「茶化さないでくださいっ!」

 これが大人の話し方、なのだろうか。青年の話のペースに乗せられている、本心は文句の一つで返したい所なのだが。

「分かってるよ。片鱗でも良いから僕等の世界が見たいんだろう? じゃあ次の土曜日、君ん家に伺うね」

「えっいきなり!?」

「無論それなりのカモフラージュはさせてもらうけどね。・・・っと、名乗るのがまだだったね。僕は救。そういう呼び名で通ってるから。縁があったら今後ともよろしく」


 電話が切れた後、一の胸中は二つの感情がせめぎ合っていた。まだ見ぬ世界に踏み入りそうな、恐怖。まだ見ぬ世界に飛び込もうとする、興奮。

 自分の世界が変わりそうな事態は、すぐそこまで来ている・・・のかもしれない。

*

「オイマジなのか? ガキを雇うってのは」

「見合ってくれると嬉しいんだけどね、人手的な意味で」

「ヤワな奴だったら承知しねーからな。お前自分の立場解ってんだろな?」

「当たり前。・・とは言っても、この臨者特有の堅苦しさ、どうにかなんないのかね」

「それを変えたいから、ここにいんだろが」



 臨者。

 それは未だ科学において解明されない現象・事物の対処を生業とする明確な職業である。

社会の混乱を招く事態を考慮し、一般には意図的に公表はされていない。が、この者達の活動によって、今日に至るまで一定の日常が保たれているのは事実である。


「僕が生きている間に、どれ位まで変えられるんだろうか。・・・でもやらなきゃいけない、この時代に。神話との境界が崩れつつある、この現代に」


神話無法地帯

第1話

『神話遭遇』




to be continued・・・


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