バッドエンドから始まる地獄みたいなラブコメ
人生にはいくつものエンディングが用意されている。
グッドエンド、ノーマルエンド、ビターエンド、トゥルーエンド、ベストエンド、そしてハッピーエンド――
エンディングの種類は実に豊富だ。
エンディングを迎えるまでには数多くの分岐が存在する。我々はそれらを選択して生きる。人生とは選択の積み重ねである。
俺、真田岳斗は世界の真理に到達した。
高校二年になったばかりの子供が世界を語るなと怒る人もいるだろう。しかし、これは事実なのでしょうがない。
ただ、世界の真理に到達したことには何の意味もなかったりする。何故なら俺の人生は既にとあるエンディングを迎えてしまったのだから。
「約束の日時になったな」
目の前に座る親父が時計を確認した。
「さて、将来を誓い合った恋人はどこだ?」
答えは分かりきっているのに、親父はわざとらしく辺りをきょろきょろする。薄ら笑いが非常に不快だったので殴りたかったが、ガマンした。
突然だが、俺には許嫁がいる。
中学を卒業する時にいきなり宣言された。しかしそれは喜ぶべきことでも何でもない。親同士が決めた許嫁で、相手の名前も顔も知らない。
許嫁といえば名家とか上流階級の家を連想するが、我が家はそうじゃない。両親は普通に会社員だし、先祖が偉人とかそういうわけでもない。親同士が学生時代からの親友であり、勝手に決めやがったのだ。
無論、反発した。
『いきなり許嫁と結婚しろと言われたらその反応も頷ける。だから一年猶予をやろう。将来を誓った相手を連れて来れば許嫁の話は無しにするぞ』
『ちょっとあなた、岳斗君が可哀想よ。絶対無理だと思うけど?』
『母さんは優しいな。しかしまあ、岳斗には一年どころか十年あっても無理だな』
『あらあら。けど、確かにそうかもね』
目の前で両親に煽られ、売り言葉に買い言葉で親父の提案した条件を受け入れてしまった。
今にして思えば両親は俺がこの提案に乗るとわかっていたのだろう。
アホな選択をしたものだ。この選択をした時点でエンディングは決まっていたようなものだ。
当時の俺はそれでも何とかなると思い、高校に入学してからすぐに動いた。狙う相手を三人に絞り、必死に行動した。
初恋の少女に猛アタックした。
幼馴染の少女にアプローチした。
女友達を全力で口説いた。
で、その結果がこのザマである。
ここでも俺は致命的な選択ミスをした。
狙っていた彼女達はある生徒に夢中だった。王子様と呼ばれるあいつに心を奪われており、俺になど見向きもしなかった。
もし、別の少女を狙っていればまだ可能性はあったかもしれない。今さら言っても遅いのだが。
無理だと悟ってからはあれこれ考えた。レンタル彼女に手を出そうとしたり、金で誰かを雇おうとしたり、SNSで募集しようとしたりもした。
親父の提示した条件が「恋人を紹介しろ」だったらそれらの手段も使っただろうが、要求は将来を誓った相手だ。最終的には諦めるという選択をした。
そう、俺が迎えたのはエンディングの中でも最悪の”バッドエンド”だ。
「……探してもいない。俺の負けだ」
不快な気持ちをグッと飲み込む。
「潔いな。さすがは俺の息子だ。では、約束通り許嫁と会ってもらう。その後は結婚を前提に交際してもらう」
「わかってるよ。で、俺はどんな怪物と結婚させられるんだ?」
「失礼な奴だな……まあいい、母さんが連れて来るところだ」
お袋がいないと思ったが、どうやらその許嫁を呼びに行ったらしい。
許嫁と聞いて喜ぶ奴が世界にどれだけいるだろう。能天気な奴は歓喜するかもしれないが、相手の顔も名前も年齢も知らされていない。両親の親友の子供だからババアが出現する可能性は低いが、手を出したら犯罪になりそうな幼子が飛び出す可能性だって皆無じゃない。あるいはクリーチャーみたいな顔面の奴とかさ。
程なくして、扉が開いた。
「さあ、入ってちょうだい」
「失礼します」
お袋に先導されて入ってきたのは少女だった。
俺は恐怖に震えながらゆっくりと視線を上げていく。
脚はすらりと長い。カモシカのようにしなやかで、健康的な印象を受ける。履いていたスカートは春らしい色彩で、服とかよくわからないがオシャレな気がする。
……あれ、意外と普通だったりするのか?
想定外の事態に顔を上げ、今度は上からその少女を見た。
髪型はもみあげが長いショートヘアだ。個人的には長いよりも短いほうが好みだったりするのでこれも高ポイントだ。
怪物を想像していたら普通の女の子が出てきた。おまけに年齢はそれほど離れていないように感じる。
怪物とは程遠い少女の登場に驚きながら、顔に目を向ける。
はっきりした顔立ちは髪型とよくマッチしていた。通った鼻筋に、透けるような乳白色の肌、全体的に凛とした雰囲気を纏って――
少女の顔を凝視した。
見覚えがあるどころではない。そこに立っていたのは俺にとってクラスメイトであり、因縁の相手でもあった。
「小鹿優羽?」
それは、俺をバッドエンドに導いた学校の王子様だった。
突然の事態に固まってしまった。
知り合いどころかクラスメイトだ。通っている高校で王子様と呼ばれる女子生徒であり、高校に入学してからずっと敵視してきた相手でもある。
名前は小鹿優羽。女子生徒ながら王子様と呼ばれる生徒だ。
王子様と呼ばれる理由はいくつかある。
まず、その外見にある。身長は女子の平均よりも高めで、髪型はショートカット。中性的な顔立ちをしている。外見だけでなく、立ち振る舞いも王子様そのものだ。紳士的で優しく、態度には常に余裕を感じる。
王子様と呼び出したのは一部の女子で、そこから定着した。
しかし、今日は少し印象が違った。
化粧をしているからか、女の子らしい服装が原因か、あるいはこの状況がそうさせているのだろうか。そこに立っているのは王子様というより短髪がお似合いの美少女に映った。
王子様より、むしろお姫様という言葉のほうがしっくり来る。
「……」
「……」
どうしてこいつが?
混乱している俺に親父が告げる。
「彼女がおまえの許嫁だ」
「へっ?」
許嫁?
小鹿優羽が?
クラスメイトで、王子様で、おまけに昨年ずっと敵視していたこいつが俺の許嫁だと。
「自己紹介の必要はないだろう」
「そうね。クラスメイトだものね」
「というわけで、二人は許嫁同士だ」
「優羽ちゃんのご両親は用事があって来られないけど、娘をよろしくって」
「というのは建前で、本当は挨拶イベントがやりたいらしい。あいつは娘が生まれた時に言っていたからな。いつか男を連れてきたら『おまえに娘はやれん!』ってイベントをやりたいと」
「あらあら、岳斗君も大変ね」
両親の談笑する声がどこか遠く聞こえた。
「聞きたいことや言いたいこともあるだろう。若い者同士で喋るといい」
「じゃあ、何かあったら呼んでね」
そう言い残して親父とお袋は消えていった。
取り残されたのは俺と小鹿の二人――
どうするよ、これ。
突然の事態に理解が追い付かない。バッドエンドが確定し、怪物と地獄のような生活を送ることを覚悟していたはずだ。それがどうだ、クラスメイトの王子様と二人きりになっている。
先に口を開いたのは小鹿だった。
「久しぶり……じゃないね」
「お、おう」
久しぶりでも何でもない。さっきまで学校で会っていた。
会っていたといっても会話はなかった。クラスメイトだから一緒の空間に居ただけで、それ以上のことは何もなかった。
ちなみに小鹿とは昨年からクラスメイトで、二年生になっても同じクラスになった。
「小鹿と俺が許嫁なのか?」
「そうみたいだね」
「……」
「……」
何だよこの状況は?
想定外の事態に狼狽する俺だったが、小鹿は全然動じていなかった。慌てる素振りもなければ怒声を発することもない。
ただ、真っすぐに俺を見つめていた。
「もしかして、知ってたのか?」
「まあね」
「マジかよ」
「中学の頃に聞かされてたから」
俺も中学の頃に聞かされたが、何度尋ねても相手は答えてくれなかった。
仮に聞いていたとしても小鹿とは別の中学だったのであまり意味はなかったかもしれないけど。
「じゃあ、昨年からよく目が合ってたのは――」
「まあ、そういうことだよ」
小鹿とは妙に視線が合った。
こっちとしては小鹿の取り巻きである少女達を見ていたのだが、何故か小鹿とばかり目が合っていて不思議だった。
その謎が解けた。
「……脅されてるなら俺の方から言っておくぞ」
「えっ?」
「小鹿だって嫌だろ。勝手に許嫁にされちまってよ」
俺は勝手に将来の相手を決められてめちゃくちゃ嫌だった。
きっと小鹿はそれ以上に怒っているはずだ。女の子だから恋愛結婚に憧れている可能性は高い。
「自分の相手は自分で決めたい。小鹿もそう思わないか?」
「それは確かに」
「だよな。自分の相手は自分で決めたいってのは普通だからな。同じ考えでひとまず安心したよ。まったく、あいつ等は子供の人権を無視してるぜ」
共通認識があって助かった。
許嫁といっても結婚が確定しているわけじゃない。今の時代だ、俺と小鹿が声高に反対すれば無理強いはできないはずだ。
「……真田は嫌なの?」
「えっ」
「私と結婚するのは嫌なのかな?」
小鹿優羽のことは嫌いじゃない。
俺が狙っていたヒロイン候補から好意を向けられていたことで敵視はしていたが、小鹿に何かをされたわけじゃない。
反対に好意を抱いているのかと質問されたらこれも首を傾げる。
そもそも昨年は元々関係のある彼女達と関係を深めたほうがいいだろうと考え、あの三人をどうにかするために動いていた。それ以外の女子生徒に関してはなるべく考えないようにしていた。
「突然すぎるからな。良いとか悪いじゃなくて混乱してる。クラスメイトが許嫁とか想像もしていなかった。全部受け入れる気でいたけど、さすがに予想外だ」
怪物が出現すると思っていたら、クラスメイトが登場した。
おまけに相手が王子様と呼ばれる女子で、昨年からずっと敵視していた相手でもある。俺でなくとも感情が制御できないはずだ。
「だったらさ、とりあえず許嫁でいいんじゃないかな」
「小鹿はいいのか?」
「私としては、変な虫が寄ってこないから」
「ああ、なるほど」
小鹿はモテる。
女人気の高さが目立つけど、男からも人気がある。許嫁がいるとなれば鬱陶しいそれらの誘いを断ることができるわけだ。
「俺は構わないが、彼氏とかいないのか?」
「出来たこともないよ!」
「なら、好きな相手とかは?」
「……」
質問には答えず、小鹿はこっちを見て微笑むだけだった。
答える気は無いってわけだ。
つまり、小鹿には想い人がいる。この許嫁を引き受けたのは男避けのためと考えるのが普通だろう。後々解消する予定ではあるが、恋人が出来るまでは俺という盾を使って虫を近づかせないようにしたいと。
想定外の展開だが、俺は賭けに負けた身だ。ここで約束を反故にするのは格好悪い。こちらの選択肢は受け入れる以外にない。
小鹿に想い人がいるなら、遠くない内に解消できるだろう。
「わかった。じゃあ、許嫁ってことで」
「……私達の関係は将来を約束した恋人同士ってことだよね?」
「そうなるのかな」
「はっきりさせて。私達は恋人でいいんだよね?」
「お、おう。恋人ってことでよろしくお願いするよ」
謎の圧に負けた俺がそう言うと、小鹿は笑った。
「言質は取ったからね」
言質を取った?
少しばかり不吉な言い方ではあったが、小鹿も俺との関係を解消したいみたいだし気にする必要はないだろう。
「末永くよろしくお願いします」
そう言った頭を下げた小鹿は頬を赤く染めていた。
俺の人生はバッドエンドを迎えた。
今後は地獄のような生活が待っているのだと覚悟していた。朝起きる度に絶望して、夜が訪れる度に涙を流す日々が待っているだろうと。
蓋を開けてみればどうだ?
相手はクラスメイトの王子様だった。親父との賭けに負けたので許嫁は受け入れる。受け入れるのだが、何というか想定外だったので心が落ち着かなかった。
そして翌日、俺の戸惑いと困惑は更に広がることになった。
玄関に小鹿が立っていたからだ。
「おはよう!」
「……おはよう」
「いい天気だね」
えっ、どういうこと?
訳がわからず立ち尽くしていると、小鹿が口を開いた。
「私達って正式にその、付き合うってことになったでしょ。だから、一緒に登校しろって言われて」
「マジかよ」
絶対目立つだろ。
小鹿はこれまで取り巻きの女子生徒と仲良く登下校することはあったが、男とのそういう噂は聞いたことがない。
「俺達の関係がバレたらまずくないか?」
「どうして?」
「絶対からかわれるぞ」
「別にいいんじゃないかな。隠してもいずれはバレるから」
俺は首を傾げる。
「どうしてバレるんだ?」
「パパとママは隠す気がないみたいだよ。それに、私に男がいるって言わないと変な虫が付きまとって来るでしょ」
忘れていた。俺を男避けで使うからには公言しないとダメなのか。
「妹も知ってるからね。お喋りな子だから絶対に広めると思うよ」
「っ、妹がいるのか!?」
「同じ高校に入学したよ」
今まで小鹿について調べなかったから知らなかった。小中と違う学校だったし、高校に入っても会話らしい会話をしていいなかった。
「妹のこと、知らなかったの?」
「初耳だ」
「……私の婚約者なのに?」
不意に小鹿の表情が暗くなった。
「俺達は許嫁だ。というか、相手が小鹿だと知ったのは昨日だぞ。それで情報を仕入れろというのはさすがに無理があるだろ」
「あっ、それもそうか」
しかし妹がいたのか。
おまけに隠す気はないらしい。
よく考えれば俺の両親も別に隠すという約束はしていない。外で言い触らす可能性はゼロじゃないか。
「私としては真田……ううん、岳斗君のことをもっと知りたいよ。ほら、今後は一緒になるでしょ。今の内からお互いのことを知っておくのは大事じゃないかな?」
一理ある。
一理あるのだが、その言葉に対して簡単に頷けはしない。
「諦めるの早すぎるだろ」
「えっ?」
「まだ本決定ってわけじゃないだろ。親同士は結婚させたがってるみたいだが、結婚ってのは簡単なことじゃない。簡単に受け入れすぎだぞ」
簡単に受け入れるなよ。
「いいか、俺とおまえは仲間だ」
「……っ、仲間!」
「運命共同体でもある」
「運命共同体!」
何故、うっとりした顔をしている?
「と、とにかく話は登校しながらにするぞ。学校に遅れる!」
「そうだね」
小鹿と一緒に登校することになった。
不思議な感覚だった。隣に敵視していた王子様がいるのは。しかも何か顔を赤くして俺の近くを歩いているし、ずっと笑顔だ。
「そういえば、こうして二人でお喋りするのは初めてだよね。厳密には昨日が初めてだけど、あれは例外だったから」
去年の俺は誰かと呑気にお喋りとかする気分じゃなかったからな。
「お互いに名前とかは知ってるけど、詳しくは知らなかったよね。私に妹がいるのも知らなかったみたいだし」
「言われてみればそうだな」
「じゃあ、お見合いっぽい雰囲気にしながら歩こうよ」
お見合いっぽい雰囲気とは?
「岳斗君の趣味は?」
「スポーツ観戦だ」
「いい趣味だね。岳斗君らしくてとても素敵だよ」
普通の趣味だと思うが。
「じゃあ、特技は?」
「体を動かすことかな。子供の頃は水泳してたし、中学までは陸上とかテニスとか野球をやっていたからな。逆に苦手なことは勉強だ。受験の時に頑張ったくらいで、その後はさっぱりだ」
俺の言葉を聞いた小鹿は何度も首を縦に振る。
「岳斗君は運動が得意だもんね。私もずっと見てたからよくわかるよ。走るのは得意だし、球技も得意だったよね。あっ、でも持久走とか体力を使う系はちょっと苦手って感じかな。それでも運動が得意っていいよね。それに、勉強が苦手なのもイメージ通りかも。私は勉強が得意なほうだから教えてあげられるよ!」
急に早口になったな。
記憶が確かなら小鹿はそれほどお喋りなタイプではなかったはずだが。
というか、よく俺のこと知ってるな?
いや、昔から許嫁と知っていたから調べても当然か。こっちとしても相手が小鹿だと聞かされていたらしっかり調べていたはずだし。
「それじゃあ、私にも聞いてくれる?」
「……趣味は?」
「料理とスポーツ観戦だよ」
「料理?」
「結構得意なんだ!」
意外だった。
王子様の印象が強かったので家庭的な趣味にビックリした。女子からお菓子を貰っている場面はよく見ていたけど。
「驚いた?」
「そういうイメージなかったし」
「花嫁修業で中学の頃から勉強してたんだ。今度作ってあげるね。岳斗君が好きな炒飯は得意料理だからね。毎日だって作ってあげられるよ」
「た、楽しみにしてる」
妙に笑顔だな。
あれ……?
炒飯が好きって言っていない気がするけど、何故知っているのだろうか。
「次だ。えっと、特技は?」
「料理も特技でもあるけど、ゲームと歌かな」
「それも意外だな」
「どっちもかなり得意だよ」
ちなみに俺もゲームは好きだ。それほど上手じゃないが、プレイするのは好きだ。
「歌ってことは、カラオケはよく行くのか?」
「たまに友達とね。歌うのは――」
それから俺達は他愛のない話をしながら登校した。
初めてまともに会話するから上辺だけの話ではあったが、思っていた以上に話が弾む。
何となく感覚が合うというか、話していて引っかかるところがなかった。俺と小鹿は想像以上に相性が良かったのかもしれない。
好きな歌も一緒だったし、好きなマンガも同じだったし、好きな配信者に関しても同じだった。応援している球団も一緒だったし、まるで運命みたいに全部が同じだった。
「思ったよりも気が合ったな」
「相性バッチリだね。これならいつ一緒になっても問題ないね!」
「あ、ああ……そうかもな」
感覚は似ているが、現状の捉え方に関しては差があるみたいだ。
話していると学校に到着した。
その時の俺は会話に夢中で気付かなかった。こっちをジッと見ていたいくつかの視線に――
昼休み。
俺は窮地に立たされていた。
「さて、あれはどういうつもりかしら?」
「返答次第では覚悟してもらわないとね」
「言い訳してみろデス」
どうしてこうなった?
理由はわかっている。
朝、俺は小鹿と登校した。その様子を多くの生徒が見ていた。人生で一番多くの視線を浴びたわけだが、その中のいくつかの視線には敵意と悪意があった。
王子様として人気の小鹿は女子生徒に抜群の人気を誇る。
また、男子生徒にも人気がある。中性的な顔立ちをしているが、男子の中にも好みって奴は結構多い。実際、小鹿の顔立ちは整っている。許嫁として紹介された時、ドキッとしたのは記憶に新しい。
王子様と仲良くお喋りしながら登校したことで、結構な数の生徒を敵に回した。
その中でも一番恐ろしいのは小鹿に最も近い三人の少女だ。
彼女達は小鹿の親衛隊というか、取り巻きだ。王子様である彼女の周りにいるので”姫”と呼ばれている。
「どうして優羽さんと一緒に登校したのかしら?」
壁に追い詰められた俺を冷たく見下ろすその少女を見つめる。
彼女は俺にとって初恋の少女だ。名前は白築百合。同じ中学校出身で、俺が彼女と出会ったのは中学生の頃だった。
それまで恋をしたことがなかった俺は彼女に一目惚れした。
亜麻色の髪を靡かせたその少女は透き通るような透明感があり。整った鼻梁に長い睫毛に覆われた大きな瞳といい、実に人形のような繊細な美しさを誇っていた。あまりにも人間離れした美しさに虜になった。
昨年、アタックし続けたが無意味に終わった。
無意味に終わったのは彼女が小鹿に恋していたからだ。
「ほら、さっさと答えなさいよね」
言葉に詰まる俺に強い言葉を浴びせたのは笹舟知里。
こいつとは小学校からの付き合いだ。
昔からの顔馴染みであり、幼馴染と呼べる関係だろう。昔は一緒に鬼ごっことかしていた。活発で、男子に混じって遊ぶのが好きだった。
中学の後半になるとグッと綺麗になった。胸元は残念だが、その美脚は多くの男子生徒を虜にした。
昨年は幼馴染を理由に何度も接近したが、軽くあしらわれてしまった。
軽くあしらわれたのは小鹿に対して特別な感情を持っていたからだ。
「百合と知里は甘い。言い訳を聞かずに仕留めべき」
血走った目で俺を睨みつける少女は唯一の女友達だ。
名前は戸鞠彩芽。
ちょっとした偶然から出会い、仲良くなった女友達だ。去年から同じクラスで、何度席替えをしても隣という奇跡のような運が働いた。
柚子と違ってたくましい胸元の少女で、男子から大人気だ。
最後の最後、縋るような気持ちで彼女に近づいたのは悪い思い出だ。結局、何の成果も得られなかったわけだが。
何の成果も得られなかったのは小鹿にガチ恋していたからだ。
さて、呼び出されたのは小鹿と共に登校したからだ。王子様と一緒に登校した俺に怒りを覚え、こうして校舎裏に呼び出されたというわけだ。
「ま、待てっ。あれは偶然だったんだ!」
許嫁の話はいずれ広がるかもしれないが、ここで言う必要はない。
「偶然?」
「どういうことよ!」
「わかりやすく説明しろデス」
頭の中で言い訳を考える。
「登校している途中で偶然出会ったんだよ。それから少し話をしていたんだ。今まで喋ったことなかったけど、話してみたら想像以上に盛り上がってさ。向こうも俺と喋るのが初めてで、意外と気が合うって感じで話してたんだよ。特にスポーツ観戦って趣味が同じで」
言い訳としては苦しいが、一定の説得力はあった。
「なるほど。優羽さんはお喋りが好きですからね」
「確かにアンタと喋ってるところは今まで見なかった。初会話でテンションが上がるのは普通にあるかも」
「言われてみればスポーツ観戦は共通の趣味と言えるデス」
姫達は納得してくれた。
「それに考えてみろ。俺が今さら小鹿にアタックすると思ってるのか?」
俺の言葉で疑念が確信に変わった。
「忘れていましたわ。そういえば、わたくしに猛アタックしていましたわね」
「あたしにも鬱陶しいくらい迫ってきたっけ」
「彩芽にもガチ恋でした」
昨年、俺はどうしても婚約者を作ろうとしていた。猛アタックしていたのは間違いない。それはもうこいつ等がはっきりとわかるくらいに。
全然相手にされなかったけど。
しかしこの場合は去年の行動が活きるというものだ。俺がアタックしていたのは姫達なのだから、今になって小鹿にアタックするのはおかしい。
「わかりました。今回は誤解だったようですね」
「そうね。悪かったわ」
「無罪」
ひとまず助かった。
いずれはバレる可能性が高いが、その時までには別の言い訳を考えておかないとな。小鹿を変な虫から守るためと言えばこいつ等も納得してくれるだろう。実際、それは事実だからな。
安堵の息を吐いた直後だった。
「あれ、集まってどうしたの?」
笑みを浮かべながら小鹿がやってきた。その手にはお弁当箱があった。
「何でもないです。少しお話を」
「そうそう。優羽と一緒に登校してたから、理由を聞きたかっただけよ」
「何でもないと判明したデス」
姫達は俺の言葉を信じてくれたようだ。
「そういえば、皆には話してなかったね。私と岳斗君はその……昨日から正式にお付き合いすることになったんだ。当然、将来は結婚するつもりだよ。今日も今から一緒にお弁当を食べる予定なんだ」
え、おい、ちょっと待て。何を言いやがる。しかもお弁当とか聞いてないぞ。
小鹿は頬を赤らめながらそんなことを言うと、周囲から凄まじい殺意を感じた。
「……へえ、それは驚きですわ!」
笑顔で足を踏むのはやめてください。
「ビックリね!」
真顔で脛を蹴るのはやめてください。
「驚愕デス!」
脇腹を殴るのはやめてください。
物理的攻撃をされながら殺意を向けられて震えた俺だったが、近づいてきた小鹿は俺の手を引っ張った。
「じゃあ、行こっか」
「あ、ああ」
振り返った際に見てしまった。姫が殺意に満ちた瞳で俺を睨みつけていたのを。そこには明確な殺意があった。
翌日――
心身共にボロボロになりながら登校した。昨日のアレで今後の生活が一気に不安になった。恐怖で全身が震えていた。
登校した俺を待ち受けていたのは想定外の事態だった。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよ」
いつもは俺になど興味を示さない姫達が笑顔で近づいてきた。
しかも距離感が異様に近い。というか、密着している。体の柔らかい部分が触れているが、彼女達が気にする素振りはなかった。
どういうことだ?
新手のいじめだろうか。あるいは新種の報復手段なのか。もしかして俺が襲ったとか叫んで社会的に抹殺する作戦かもしれない。
「……な、何のつもりだ?」
問いかけると、姫達は笑う。
その笑みには邪悪なものが入り混じっていた。
「わたくし達、結託しましたの」
結託?
「あなたという非常に汚くて臭い獣から優羽さんを解放するために、嫌々あなたを魅了することにしたのですわ」
「そういうこと。アンタなんかに全然興味ないけど、肝心のアンタがあたし達にメロメロで涎を垂らしてたら優羽はどう思うかな?」
「逆NTR作戦デス」
な、何だと。
「わたくし達とイチャイチャしている姿を見たら諦めるはずですわ」
「優羽はアンタがあたし等に夢中なのを去年ずっと見てたからね。あたし達と密着してる姿を見たらアンタのこと幻滅するわね、きっと」
「浮気男最低作戦デス」
まさかこいつ等、俺と小鹿の関係を悪化させるためだけにその悪魔みたいな作戦を?
どうにかして離れようともがいていると、小鹿が登校していた。俺達の姿を見て固まっていた。状況を理解したのだろうか、表情からは色が消えた。大きな瞳が昏く輝いた。
「これは、違っ――」
「昨年、必死に妨害してようやく婚約できたのに。長年の夢が叶ってやっと私の物にしたのに。やっぱり邪魔するんだね!」
その言葉に俺を含めた全員がキョトンとしていた。
「絶対に譲らない。岳斗君は私の物だ!」
……
…………
すべての真実を知ったのはそれから少し後のことだ。
実は小鹿と俺はある出来事で子供の頃に出会っていたこと。その件で俺に惚れており、婚約を熱望したのは小鹿自身だったこと。王子様として女子生徒を魅了していたのは俺に変な虫がつかないように努力していたこと。
激重な感情を向けてくる王子様婚約者と、俺のことを嫌いながらも浮気させて破局させようと目論む三姫との地獄みたいなラブコメはまだ始まったばかり――




