甘い
「ぜーっ、ぜーっ……死ぬかと思った」
王都を出たところで、ようやくトラックを停められたカシスレットはハンドルに突っ伏していた。
「寒い、お腹空いた」
そんなカシスレットを揺さぶるココ。
「お前なぁ、勝手にアクセル踏むなよ。事故るかと思ったじゃないかっ!」
「もうっ。済んだことをグチグチ言わないの。それより何か食べに行きましょ」
と、ココはカシスレットに、にっこりと微笑む。
「ぐぬぬぬ」
こんな笑顔をされて、これ以上、怒れなくなってしまったカシスレットは、ノロノロと車を発進させた。
ぐぃーっ。
ハンドルにしがみついてノロノロ運転をするカシスレットの足元にココの足が伸びてくる。
「やめろ。アクセルを踏みにくるな」
「だって、遅いじゃない。もっとスピード出るでしょ」
「道がどうなってるか分からないのにスピードを出したら危ないだろうが。それよりちゃんとシートベルトをして座っとけ」
「シートベルト?」
きょとんとするココ。カシスレットは車を停めて、シートベルトをしてやることに。
トラックの座席はベンチシートになっているので、ココをグイグイと押してドアの方へと押しやり、シートベルトをしてやった。
「窮屈なんだけど」
「我慢しろ。そのうち慣れる」
ノロノロ運転で違う街を目指して進むが、見えてくるのは農村ばかりだ。
「ここで何か食べようよ」
「農村に飯屋なんかあるか」
街を目指すもなかなか辿り着かない。
「げっ、ヤバい」
「どうしたの?」
「もうすぐエネルギーが切れる」
「切れたらどうなるの?」
「止まるに決まっ……」
と言ってる間にトラックが止まってしまった。
「ねー、なんで止まるの? ここにはなんにもないよ?」
「エネルギー切れだ」
「えーっ。どうすんのよ」
「朝まで待つしかない……」
無限エネルギー装置を積んでいるとはいえ、車を動かせるだけの魔力が溜まるのには時間がかかる。計算ではもっと持つはずだったのに、急加速でスピードを出した影響で、想定より早く魔力を使い切ってしまったのだ。
「ねー、なんか寒いんですけど」
もちろん魔力切れにより、暖房も止まっている。
「も、毛布を積んできてるから、取ってくる」
と、車の外に出ると、お金を入れてあった箱がなくなっている。
「マジかよ……」
どうやら、伸びたクレーンがイルミネーションを引っ掛けて車体が傾いたときに落っことしたようだ。着替えや毛布が入った箱と工具が入った箱、ドールが入った箱が無事だっただけマシだと思わなければならない。
「まだ?」
荷台を見つめて、はぁ、とため息をつくカシスレットのところにココもやってきた。
「お前、金持ってる……わけないよな?」
「もちろん!」
即答するココ。
「街に着いても飯が食えん」
「どうして?」
「お金を入れてあった箱がなくなってる」
「えっ? ということは……」
「そう。俺たちは文無しだ。どうすりゃいいんだよまったく……」
カシスレットは大きなため息をついて、頭を抱えた。
「えーっ、じゃあ、もっとお腹が空くじゃない。街の貴族に何か恵んでもらう?」
逃がしてしまった厄災のことは極秘。王の命令により、王子という身分も隠さなければならない。なぜ王族が王都の外に出ているか探られては困るからだ。
「それはダメだ。今回はお忍びみたいなものだから、貴族に頼ることはできないんだよ。お前も公式に外に出てきたわけじゃないから、聖女だと言うなよ」
「じゃあ、街に着いても何も食べられないってことね?」
「そうなるな……」
と、言われたココは辺りをキョロキョロと見渡した。
「明かりになるものは持ってる?」
「ん? ハンドライトはあるぞ。何するんだ?」
「貸して」
と、工具箱からハンドライトをココに渡すと、森の中に入って行こうとする。
「ちょっ、お前、どこに行くつもりだ? 危ないだろ」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと待ってて」
と、カシスレットが止めるのも聞かずに森の中に入っていってしまった。この辺りの木々は葉も全部落ちているので、見通しがいいとはいえ、夜の森に入るとか……あっ、もしかしてトイレか? と思ったカシスレットは後を追うのをやめた。
なかなか戻ってこないココを心配したカシスレットは車の外でココを待っていると、明かりがこっちに戻って来るのが見えた。
「大量、大量! カッシー、その辺に落ちてる枯れ枝を拾って集めて」
「何が大量なんだ?」
「いいから、早く拾って。寒いじゃない」
ココに急かされて、枝を拾い集めたカシスレットはドサドサと山のように積んだ。
「細いのばっかりじゃなくて、大きくて太いのもねー!」
ふぬぬぬぬ。
力のないカシスレットは言われた通り、大きな枯れ木を持とうとするが無理だったので、ウインチからワイヤーを引っ張ってきて繋いだ。
「車は動かせないが、ウインチくらいなら動くだろう」
ズルズルとウインチで枯れ木を引っ張ってきて任務完了。ココがテキパキと枯れ木と細い枝を組んでいく。
《ファイヤーっ!》
ボウッ。
詠唱が必要ない魔法は使えるココが火を点けると、勢いよく枯れ木が燃え始めた。その様子を見てカシスレットは目を丸くする。
「お前、意外と凄いな」
「意外とって何よ?」
と、怪訝な顔をしたココは串代わりに、枝に刺した焼き鳥のようなものを炙り始めた。
「それなんだよ?」
「食料よ。たくさん捕れたから、これで今日はなんとかなるわよ」
と、ニコニコしながら焼けたものをハイと渡してきた。
「アチアチっ。うーん、美味しい」
焼けたものを美味しそうに食べるココ。それにつられてカシスレットも齧った。
「なんだこれ? 外は香ばしく焼けて、中はとろっとして、甘みがあるな」
得体の知れないものを口に入れるのは勇気が必要だったが、食べてみると意外にも美味しい。初めて食べる味だ。
「塩があればもっと旨いだろうな。調味料ぐらい持ってくるんだったな」
まさか自分が自炊することになるとは思ってなかったカシスレットは塩すら持ってなかったのだ。
「お代わりいる?」
「あぁ、ありがと」
カシスレットが旨いと言って食べたことで、ココは追加を焼いた。食べたのは3串だったが、濃厚な味だったので、2人ともお腹が結構満たされた。
パチパチと音を立てて燃える焚き火に枝をくべていくココ。
「お前、こういうの得意なのか?」
「魔法学校に入る前は、こんなの当たり前だったからね。カッシーはこういうの経験ないでしょ?」
「あぁ、ないな。城だと暖房は魔導具で、暖炉も使ってないからな。鍛冶屋が炭火を使ってるのを見てたぐらいだ」
「孤児院はね、自分たちで枯れ木を拾ってきて暖炉にくべるの。それでも冬は寒くて寒くて、毛布を被ってみんなで暖炉の前で集まって、冬を過ごすのよ」
焚き火を見つめながらココは昔を懐かしむような顔でそう言ったあと、ピタリとくっつき、自分が着ていた毛布をカシスレットにも掛けた。
「おっ、お前、そんなにくっつくな……」
照れるカシスレット。
「ねっ、こうしたらもっと暖かいでしょ」
そう微笑んだココはとても可愛く、恥ずかしさに耐えられないカシスレット。
「さ、さっき焼いてくれたやつは何だったんだよ?」
慌てて、ココから目線を外して焚き火を見ながら話題を変えたカシスレット。
「さっきの? 多分テッポウ」
「テッポウ? なんだそれ?」
「倒木の中にいるのよ。ここは王都からも離れているから、穴場だったわね」
と、嬉しそうに話す。
「倒木の中にいる? だからテッポウってなんだよ?」
「知らないの? これよ」
と、まだ残っていたものをポケットから取り出した。
ウニョン。
「いやーーっ!!」
ココが取り出したのは、倒木の中にいたテッポウムシの幼虫。カシスレットはそれを見て悲鳴をあげた。
「なっ、何よ。カッシーも美味しいって言ったじゃない」
「お前っ! なんてもんを食わせたんだっ!」
「虫」
怒るカシスレットにキョトンとした顔のココ。
「虫……虫……俺は虫を旨いと言って食ってたのか……ウップ……うぇぇぇぇ」
「きゃーーっ!!」
少し甘い雰囲気になりかけた2人は、カシスレットのリバースで台無しになったのであった。




