ジョブチェンジ女神
「ねー、これ押したらどうなるの?」
「ば、バカ。絶対に押すなよ」
「だって、これ押せってことでしょ? ねー、押してみようよ」
「押すなって書いてあるだろうが。コレの意味すら分かんないのか」
「バカねぇ。これはお約束ってやつなのよ」
そう言って、チッチッチと人差し指を振るココ。
「そんなお約束があるかっ! どこの世界の話だ」
と、カシスレットが大声を上げた。
「そこで何をしているのですかっ!」
「「ぎゃーーっ!」」
外に出たと見せかけて、教会の中に戻ってきたシスター。
カチ。
「あっ……」
シスターに声をかけられて驚いたカシスレットはココが持つショーグン2のコントローラーごと手を握った事により、ショーグン2がボタンを押してしまった。
ボタンを押した後に、ゴゴゴゴゴゴゴゴと、女神カナエール像が微かに揺れたことに気づかない3人。
「殿下、逢引は神聖な教会でせずに、私室でやってください。ココは婚約者なのですから、誰も咎めはしませんよっ!」
2人が薄暗い教会でイチャイチャしていたと勘違いしたシスター。
「あ、逢引とかじゃなくて……」
「手を握りあっていたではないですかっ!」
言い訳をしようとしたカシスレットの声は遮られ、コンコンと叱られた。
ソロリ……。
カシスレットが怒られている隙に逃げ出そうとするココ。
ぎゅむ。
「あなたには話があります」
それを見逃さないシスター。
二度と教会でふらちなことをするなと、カシスレットに釘を刺したシスターは、野良猫をつれていくかのごとく、ココの首根っこを掴んで連れて行ってしまった。
「ったく、結局俺まで巻き添えじゃないか」
と、ブツクサ言いながら、女神カナエールに騒がしくしてごめんなさいの祈りを捧げようとすると、
「ん? んんんん?」
来たときには豊かだった女神カナエール像。しかし、今はココのようになっている。胸元にあしらわれていたファーのような物もない。
「あれ? こんなんだっけか?」
と、目をコシコシして女神像を見ると、怒りを我慢したかのような表情に見えた。しかし、カシスレットは疲れてるんだろうなと、自分に言い聞かせたのだった。
◆◆◆
カシスレットは部屋にこもって、夜間にドールの調整、日中に無限エネルギー装置の改良をしている。
「お食事をお持ちしました」
「ありが……」
「失礼しますっ!」
食事を持ってくるメイドも、部屋を掃除にくるメイドも目を合わせない。それどころか、サササッと逃げるように部屋を出て行く。
「なんだよ?」
と、メイド達のよそよそしい態度に疑問を持ったが、何かしただろうか? と身に覚えがない。
コンコン。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのはメイド長。
「ぼっちゃま、陛下がお話があるそうです。今すぐ来いとのご命令です」
メイド長はトゲのある感じでそうカシスレットに伝えた。
「なんだよ?」
「ぼっちゃま。私の匂いを嗅ぎたいなら、嗅ぎたいと素直におっしゃってください」
「は? なんだよそれ」
「影に隠れてコソコソするのが王子のやることですかっ! 恥を知りなさい恥を!」
「だからなんのことだよ?」
なぜ俺がメイド長の臭いを嗅がにゃならんのだ?
理由の分からない怒られ方をしたカシスレットはブツクサと言いながら、王の元に向かった。
「何の話?」
「お前、大変なことをやらかしてくれたな」
カシスレットの顔を見て、怒りに震える王様。
「だから何の話だよ?」
「何の話じゃとーっ! きさま、教会で何をしたっ!」
げっ、ココと教会にいたことがバレてるのか?
「いや、あれはシスターの誤解で……」
「誤解もクソもあるかっ! 自分の目で確かめよっ!」
と、王様はカシスレットの首根っこを掴んで教会まで引っ張っていく。王妃も呆れた顔をしながら付いてくる。
「だから、あれは誤解なんだって。窃盗団の噂があって、教会が狙われてるかもしれないって聞いたから……」
「あれを見よっ!」
王様は女神カナエール像をビシッと指差した。
「あれがなんだよ?」
「あの可哀想な胸元を見よ」
王様の言葉に、女神カナエール像の顔がピクピクとしかける。
「可哀想って……」
「おぉ、嘆かわしや。あの豊かだった胸元が残念なお姿に……」
ゴスッ。
何かが天井から落ちてきて、バチが当たる王様。
「あいててて、なんじゃ?」
頭を押さえてキョロキョロする王様。
「それよりなんだよ? 何を怒ってんだよ?」
「お前、女神カナエール像に何をした?」
「何もしてないって……」
「心当たりがあるんじゃな? 何をしたか言ってみよっ!」
「あの……なんかさ、台座の中にボタンがあって、間違えて押しちゃったんだよ。心当たりはそれしかないぞ。それに何も起きなかったし」
「あのボタンを押した……じゃと?」
表情が一気に青ざめる王様。
「押すなとは書いてあったんだけどさ、事故でね」
王様は慌てて人払いをする。そして今カシスレットが言ったことを絶対に口外するなと厳命した。
「カシスレット……」
「な、なに?」
カシスレットは、ただごとではない雰囲気に焦る。
「あのボタンは決して押してはならんものだ」
王様は声を低くして、カシスレットを睨みつけた。
「お、押したらどうなんの……?」
「こうなってしまっては、お前が王になったときに知るはずだったことを今話さねばなるまい」
と、前置きをしてから、あのボタンは何かということを説明された。
「女神カナエールが厄災を封じ込めていただと……?」
「そうじゃ。この小さく、碌な武力を持たないヤーラン王国が、なぜ他国から攻められることなく、魔物に襲われることもなく、平穏に過ごせているか分かるか?」
「そ、それは平和な国だし、奪うような資源もないから……」
「違う。この国は水も土地も豊かじゃ。作物が不作になることもなく、病気が蔓延することもない。それに魔物の脅威にも晒されておらん。それはすべて女神カナエール様のお力なのじゃ」
水や土地が豊かなのは普通のことで、魔物がいるのは知っていたが、それは山や森の中の話だとカシスレットは思っていた。
「そ、それで?」
「この大陸の各国の王はこのことを知っている。我が国を攻めれば厄災を世に放つことができると。だから攻めて来ないのじゃ」
カシスレットがまったく知らないことを初めて聞かされた。
「なんで、そんな厄災がここに封じ込められてんだよ?」
「女神カナエール様が、人々に神託で厄災を捕らえた者には、なんでも一つだけ願いを叶えるとおっしゃったのだ。そして、先々々代が厄災を捕まえ、女神様に引き渡してヤーラン王国を建国した。初代ヤーラン王はこの国が安寧であることを願われたのだ」
「そ、それであのボタンはなんなんだよ? そんな大事なことなら、厄災を解き放つボタンなんか必要なかったじゃないか」
「あのボタンは、ヤーラン王国が武力を持たぬとも、いざと言うときには、厄災を解き放つことができるぞという抑止力じゃ。武力を持たぬということは国の財政にもいい影響を与える。その上、他国からも過度に警戒されることもない。そのためのものじゃ。それをお前と言うやつは……」
カシスレットの顔は真っ青になった。
「捕まえてこい」
王様は女神カナエール像を見ながらカシスレットにそう伝える。
「えっ?」
「厄災を捕まえてこいと言ったのじゃ」
「むっ、無理だよ。そんな体力も力もないんだから」
「お前は先々々代の血を引いておる」
「そんなこと関係ないだろ」
「いや、先々々代は当時、勇者と呼ばれる者であったそうじゃ。勇者の血は引き継がれると言う。お前はこの時代の勇者になるのじゃ! 行け、カシスレット。見事自分でやらかしたことを秘密裏に処理するのじゃ!!」
かっこいいのかかっこ悪いのか、よく分からないことを言われたカシスレットは厄災と呼ばれるものを捕まえに行くハメになってしまった。
「おぉ、見よ、カシスレット。女神カナエール様の嘆かわしいお姿を。まるで王妃のようではないか」
女神カナエールの胸元を見ていらぬことを言った王様。それを聞いていたひんぬー教徒の王妃。
「陛下……」
はっ……
「いや、今のはじゃな……」
「カシスレットとのお話は済んだようですので、今度は陛下のお話を聞かせていただきますわね。嘆かわしい私が」
「は、はひ……」
こうして、王様は、王妃に首根っこを掴まれて城に戻っていった。
「厄災を捕まえろって、どんな姿をしているか分からないじゃないか……」
カシスレットは呆然とひんぬーの女神となったカナエール像を見つめるのであった。




