押すなよ
ドールのことをまだ他の人にバレたくないカシスレットは部屋を立ち入り禁止にして、微調整をすることにした。
「足を上げろ。手は後ろに。目を瞑れ」
動き方の微調整をして、言葉を理解させていく。
ヒソヒソ。
扉の外に漏れ聞こえてくるカシスレットの声は、メイド達のヒソヒソ話で共有されている。
「ねー、カッシーに用事があるんですけどぉ」
ココが金の無心に度々訪ねて来ていたが、毎回メイド達に「入ってはダメです」と、追い返されていた。そして、とうとう痺れを切らせた。
「ココ様、部屋にお入りになられてはいけません」
「もう、ずっとそうじゃない。カッシー! ねぇカッシーってば!!」
そう大声を上げると、メイド達はスクラムを組み、ココを担ぎ上げて扉の前から連れ去った。
「何すんのよっ。もう今日どうにかしないとダメなのっ!」
「ココ様。悪いことは申しません。何卒、お帰りくださいませ」
「どうしてよ?」
ココはプンスカと怒りながらメイド達に文句をたれる。
「殿下はその……」
「あっ、シーッ、シーッ!」
口を滑らせかけたメイドを他のメイドが慌てて押さえ、苦笑いをした。
「まったくもうっ! どうしてくれるのよ」
結局、ココはメイド達に追い返されてしまい、シスター見習い達に支払うお金を用意できなかった。シスター見習い達は衛兵達と違って、ツケが利かない。しかし、今日中に払わないとシスターにバレてしまうのだ。
「あの娘達は本当に融通が利かないんだから。こうなったら、あれを使うしかないわね」
テッテレー!
ココは教会小切手を取り出した。教会小切手とは、いざと言うときに現金の代わりに使え、支払いは教会がするというもの。
『これは、聖女が支払いできないという不名誉なことにならないようにするためのものですから、いざと言うときにしか使ってはなりません』
シスターからこう言われて渡されていたものだ。
「今がいざと言うときだから、仕方がないわね」
ココはフフンと得意気な顔で教会小切手に金額を書き、宿所に戻ったあと、シスター見習いに渡したのであった。
◆◆◆
「だいぶ、スムーズに動くようになったな」
ドールに言葉を覚えさせ、動きの微調整をした結果、だいたいカシスレットのイメージ通りになってきた。
「ドールとはいえ、服を着てないってのもなんだな……」
カシスレットはメイド服を手配しようとしたが、何に使うのかと聞かれるのを恐れ、夜中にこっそりとメイド服の保管室に服を取りに行くことにした。
城のメイド達は仕事が終わると、保管室に脱いだメイド服をまとめ、洗濯済のメイド服を持って帰る。メイド服は個人のではなく、共通で使用しているのだ。
「えーっと、どれが脱いだやつで、どれが洗ってあるやつなんだ?」
メイド服は脱いだものもきちんと畳んであるので、薄暗い部屋の中だと見分けがつかない。
クンクン。
カシスレットは洗剤の匂いが残ってるのが洗ってあるやつだろうと匂いで確かめる。
「こっちかな?」
どれも臭くはなく、なんとなくいい匂いがする服を適当に3着持って帰った。その様子をメイドが見ていたことに気づかずに……
部屋に戻って、ドールにメイド服を着せてみるといい感じだ。
「うん、これでいい。あとはこいつの燃費の悪さをどうするかだな」
魔石の消費が激しいドール。このままでは魔石を使い過ぎるので、小さなものしか動かせない無限エネルギー装置で魔石に魔力を充填する装置に改良した。
「これで一晩経てば、また魔石が使えるようになるだろう」
◆◆◆
「ココっ、ココはどこに行ったのですか!」
教会の宿舎で頭から湯気を噴き出して怒っているシスター。賭けの負け代金の支払いに、教会小切手を使ったことがバレたのだ。
「ゲッ、もうバレた。誰よ、チクったのは?」
シスターが自分を探していることに気付いたココは、そろりと部屋から抜け出して逃げた。
誰がバラしたとかではなく、ココの名前が書かれた教会小切手がシスターの元に来たのでバレただけなのだ。
「ここにいればバレっこないわ」
ココは教会の中に隠れ潜むことにした。自分が行きそうな衛兵の詰所や、カシスレットの部屋は真っ先に探される。まさか私が教会にいるとは思わないでしょうね、とほくそ笑んだ。
◆◆◆
カシスレットはドールをクローゼットにしまったあと、不審者情報を衛兵に知らせに行った。
「こんな時間にどうされました? 今日も聖女様は来ていませんよ」
衛兵の詰所に顔を出すと、ココが来なくなったことで少し淋しげな様子の衛兵たち。
「そうか。お灸が効いてるようで良かったな。ところでだな……」
と、カシスレットは窃盗団の噂が出ていることを話した。
「いつも貴重な情報をありがとうございます。全員に周知し、警戒態勢を取ります」
「それと、教会が狙われているって噂もあるんだよ」
「では、我々が教会の警備隊にも知らせておきます」
と、衛兵たちに言われたが、ココが遊びに行きたいと泣き落としをしそうなので、女神カナエールへのお祈りがてら、自分で行くことにした。
教会の扉は施錠されることはなく、24時間開いている。しかし、夜に訪れる者はほとんどおらず、女神像を照らす柔らかな明かりが点いているだけだ。
「カナエール様。いつも国を守ってくださり、ありがとうございます」
カシスレットは誰もいない静かな教会で、女神像に祈りを捧げたあと、顔を上げて女神像を見つめる。
「どこがひんぬー教の女神なんだよ? ココとは大違いじゃないか」
女神カナエール像はチューブトップドレスを身に纏い、豊かな胸にはフワフワのファーのようなものがあしらわれた美しい像だ。
「ん?」
今、女神像の後で何かが動いたような気配を感じたカシスレット。
「まさか、窃盗団か?」
警備員を呼びに行こうかと思ったが、勘違いかもしれないので、自分で確認することに。
テッテレー!
本当に窃盗団なら自分で確認するのは危険なので、探索用魔導具を出した。
「暗闇でも、狭い所でも探索ができるクモ型ロボット【ショーグン2号】! 行け」
メイド長に踏み潰された【ショーグン】より、ずっと小さな【ショーグン2号】。Gを捕獲する能力がない代わりに、高性能カメラを搭載している。
カシスレットはヘッドマウントディスプレイを装着し、スサササとショーグン2号を女神カナエール像の後に進ませた。
「女神像の後側は暗いな。ならば光感度を最大限に上げてやる」
何かが見えるが光感度を上げると画質は落ちるので。何が映っているのかよく分からない。
「なんだこれ?」
ディスプレイに映し出されているものが何か分らないのでズームしてみる。
「金色……なんだこれ?」
と、色が判別てきたところで、映し出されているものが動いた。
「こいつ……動くぞ」
動くということは、物ではなさそうだ。と、カシスレットは慌ててショーグン2号をその場から退避させた。
そして、動いたものを画像で確認する。
「ひ、人じゃないか。ヤバいヤバいヤバい」
やはり、先ほどの動いたと思った気配は人だった。こんな時間に像に隠れて潜んでいるのは怪しいやつに違いない。そう思ったカシスレットは、抜けそうな腰を押さえて、その場を去ろうとする。
「ちょっと」
「ギャーーっ!」
声をかけられたカシスレットは腰が抜け落ちた。
「誰かーっ! 誰か……むぐぐぐぐ」
人を呼ぼうと大声を上げようとしたら、口を押さえられた。
「むぐぐぐぐ」
涙目になるカシスレット。ヘッドマウントディスプレイを付けたまま顔をイヤイヤと横に振る。
「私よ、私」
「えっ?」
「聖女ココよ。カッシー、こんな時間に何やってんのよ? まさか、私を探しに来たの?」
ヘッドマウントディスプレイを外して、カシスレットの顔を覗き込むココ。
「なっ、なんだよ。お前だったのかよっ! おどかすなっ!!」
「カッシーが勝手に騒いだんでしょっ」
と、言い合いになりかけたとき、
「誰かいるのですか?」
と、シスターが教会に入ってきた。
「ヤバいっ、隠れて」
と、ココがカシスレットを女神像の後ろに引っ張って行く。
「お前、まさかシスターから逃げてるのか? 何をやらかしたんだよ?」
「しーっ、しーっ。声出したら見つかるじゃない」
ココは女神像の台座の後ろに隠れて、カシスレットを引き寄せる。
「ちっ、近いってば」
ココとぴったりくっついたことに照れるカシスレット。
「そんなことより、静かにしてて」
そんなことにはまったく気づかないココはそーっと、シスターがいる方向を見る。
「来てるっ、こっちに来てるっ!」
ココにくっつかれてドキドキするカシスレット、シスターに見つかるかと思い、ドキドキするココ。
「ちょっと離れろ。こいつで見てやるから」
と、カシスレットはドキドキに耐えられずにココを離し、ヘッドマウントディスプレイを装着。
スササササ。
カシスレットの操るショーグン2号が偵察に出た。
キョロキョロと辺りを見渡していたシスターは、女神像にお祈りを捧げてから教会を出ていった。
「もう大丈夫だ。シスターは教会から出ていったぞ」
「それ、何?」
もう、シスターのことより、カシスレットのヘッドマウントディスプレイが気になるココ。カシスレットはショーグン2号のことを説明する。
「貸して、貸して!」
と、カシスレットからヘッドマウントディスプレイを受け取り、装着。
「見える! 私にも見えるわ!!」
何を言ってるのだお前は?
スササササとショーグン2号を移動させては無邪気に喜ぶココ。
「お前、クモ型ロボットなのに気持ち悪くないのか?」
「クモが気持ち悪い? どうして?」
と、孤児院出身のココは答えた。
「まぁ、気持ち悪くなければいいんだけど。虫ってのは凄い生き物でな、魔導具のヒントにもな……」
と、カシスレットは虫の凄さを説明しようとすると、
「だって、美味しいじゃない」
「そうそう。虫の凄さは……ちょっと待て。今なんて言った?」
「わぁ、私のパンツが見える。まさか、カッシー、パンツ見るためにこれを作ったの?」
ヘッドマウントディスプレイに映し出されているのは、ココが身に着けている金色のパンツ。
「誰がパンツを覗くためにこんな高性能の魔導具を作るかっ! それより美味しいって、どういう意味……」
「あー、台座の中ってこんなふうになってるのね」
「お前、ちょっとは人の話を聞けよ」
「ほら、カッシーも見て見て!」
と、カシスレットの顔を自分にくっつけて、ヘッドマウントディスプレイを共有して見せる。
「おっ、おまっ……ん? なんだこれ?」
女神像の台座の内部に隠されている物はボタンだった。
[押すなよ。絶対に押すなよ]
ボタンの上にはそう書いてあるのであった。




