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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第一章

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プロローグ⑦ 財源の確保 後編


やはり国民の支持率が高いというのは正義だと断定できる。

今日の閣議はその話題から始まった。


滝川官房長官が発言した。


「現在の支持率は過去に例を見ないほど高いのは事実です。

しかし、野党はこれを見て我々の人気取りの施策に騙されるなと言い始めています。

目先の甘い汁に釣られては、長い目で見て損をするぞと言いたいのでしょう。」


片市首相が同調するかのように言った。


「それに見え透いたポピュリズムではないかとの批判も一部で出ているみたいね。

でもそんな雑音に耳を貸す時間はないわ。

羽柴さん。次の一手はあれかしら?」


片市は、自分が総理になる前から私たちと相談していた策に触れた。


それは税制の公平化と予算執行の効率化だ。


私は内閣のメンバーに方針を伝えた。


「はい。税制の公平化と予算執行の効率化を行います。

まず、税制の公平化ですが、大企業は真面目に納税しておらず、あの手この手で課税を逃れています」


中小企業は節税しようとしても方法は少ないが、比較すると大企業は様々な手段が使える。

例えば有利子負債を利用して課税所得を圧縮し、実質的な法人税負担を回避している例は、誰もが知る大企業を含めて存在する。


利息控除にほぼ上限がない日本の税制は、負債を膨らませた企業ほど得をする構造になっており、結果として中小企業や給与所得者だけが相対的に重い税負担を強いられているケースが見られる。


借入金の利息を損金算入することで課税所得を圧縮する手法だが、これは合法的な節税であり、税法上認められているものの、実質的に利益が出ていても税負担が軽くなる構造に批判が集まっているのも事実だ。


これも大企業優遇の代表例で、一般国民に広く認知されると反発も大きくなるだろう。

国会で堂々とこの問題を取り上げ、民意の後押しで税制を改めるというのが最も反発の少ない王道と言えるだろう。


だが、我々にはそのような時間がないのは事実だ。

それに…問題は日本企業にとどまる話でないのは明らかでもある。


外国資本の日本法人も例外ではない。

どれほど日本市場で稼いでも、利益の大半は“本社ロイヤリティ”や“グループ内価格”の名で国外に移され、日本にはほとんど税が落ちない。

これは合法の皮を被った利益移転であり、国内企業との公平競争をも歪めている。

この実態を見過ごすことは、国家運営の放棄に等しい。


この問題に対して、私なりの考えを皆に提案した。


「対策として、私は利益ではなく事業規模に応じた課税へ転換すべきだと考えている。

利益は会計処理や企業内部の取引でいくらでも操作できるが、事業規模…つまり売上、従業員数、外形的な経済活動の大きさは誤魔化しがきかない。

“稼いだ利益”ではなく“実際にどれだけ経済活動を行っているか”に基づく課税こそ、公平性を回復する第一歩だ。」


これには以前にも触れたが内部留保課税や最低法人税制度の改革もセットで行わなければならない。


利益を圧縮しても、一定額の税は必ず確保する仕組みで、企業がどれほど損益計算書をいじろうと、逃げ道を封じることが可能となる。


これには前回も話題になった国際協調(OECD/G20のBEPS対策)が必須であり、多国籍企業が租税回避地へ利益を飛ばす手法に対し、“各国が共同で包囲網をつくる”のが正解だろう。


日本も、この流れに本気で乗らなくてはならない。

国内企業だけに負担を押し付け、外国企業を野放しにするような税制では、経済の公正性も、国力も保てるはずがない。


会議のメンバーは私の言葉に賛意を示し、首相が頷く。


「それは理解したわ。税制改革に向けた具体的な手段を政治主導で進めましょう。

次は予算執行の効率化についてよね?」


「はい。現在の予算計上と執行の歪みを是正します。」


一般企業と行政では予算と執行の考え方には巨大な溝がある。


例えば道路に関しての予算が100万円だったとする。

民間企業なら100万円を計上していても使い切るなどという事はしない。

余っていても無駄と判断すればそれ以上使うことはしないし、逆に必要と判断すれば予算を超えても使おうとするだろう。


しかし行政はそうではない。

100万円を全て使い切ろうとする。

しかも一円単位までピッタリ合わせようとする。

だから無駄な工事も多くなる。


もしも民間企業の経理がこんなことをすれば懲罰ものではないか。

にもかかわらず…だ。


正直に言って、ここまで来ると苛立ちすら覚える。

なぜ我々は、毎年のように繰り返される「年度末の予算使い切り」を、当然の光景として受け入れ続けているのだろうか。


本来、予算とは国民の血税をどう使うかという最重要の公共判断であるはずだ。ところが官庁の現場では、「余らせたら来年削られる」という歪んだ意識が支配し、目的と手段が完全に入れ替わってしまっている。

予算を“使い切ること”自体が目的化し、実際の行政効果は後回し。こんなナンセンスが、令和の日本でもまかり通っている。


しかも、特別会計の不透明さは相変わらずで、国会も国民もブラックボックスの中身に手を突っ込めない。

「余ったら返納」…本来なら当たり前の原則が、官僚組織にとってはまるで禁句のように扱われているのだ。


この国の財政は、使うべきところに予算が回らない一方、使う必要のないところだけが妙に元気だ。

こうした構造を改めずして、どれだけ税率をいじったところで根本的な問題解決にはならない。

この対策は単年での予算運用に拘らない仕組みと、余った予算を返納しても問題とされないのはもちろん、返納すればご褒美が出るような仕組み作りが必要と考える。


会議の最後に私は付け加えた。


「次の段階として、非正規社員の賃金改善に取り組みましょう。

最初に企業に対して正社員比率、派遣・契約社員の比率、平均年収差、内部留保との関係の報告を義務付けます。

これは現実にEUの一部で行われており、日本でも実行可能です。」


企業に対して非正規雇用を減らせと指示しても、企業は業務委託や外注、派遣会社への丸投げなど、あらゆる手を使って抜け道を探すだろう。

報告とは公開を意味するから、まずは無言の圧力をかけて抜け道をふさぐ。


「次に賃上げをした企業への大幅減税、または“非正規を正社員化した企業への税控除”を使いましょう。」


ムチは反発が大きいが、アメなら受け入れやすいだろう。


皆が頷いた。


だが…このとき私はまだ知らなかった。

この一連の改革が、後に私の“死”を決定づける引き金になることを。



一方その数日後、霞ヶ関の財務省本庁では…



財務運営統括官の黒田 鉄雄は、その言葉を耳にした瞬間、わずかに眉根を寄せた。

普段なら決して見せない反応だった。


(……法人税か。あの話題を国会で持ち出されては困る)


ゆっくりと老眼鏡のレンズを拭きながら、黒田は無表情を装っていたが、鼻の下にかすかに皺が寄り、抑え込んだ苛立ちが滲んでいた。


「…総理は余計な方向に踏み込みましたね。」


低く押し殺した声だった。


室内にいた局長たちは、黒田の“わずか数ミリの表情の変化”だけで空気が緊張に包まれたことを悟った。

彼が本気で不機嫌になるときだけに発する、特有の冷気があった。


黒田は指先で机をとん、と一度だけ叩いた。

その小さな音だけで、局長たちの背筋が跳ね上がった。


「消費税の逆進性に触れるのはまだいいでしょう。ですが……消費税の輸出還付金に触れたのは、極めてまずい。」


黒田は片唇を吊り上げ、嗤ったような表情をつくったが、その目だけは笑っていない。


「しかも今度は公平な税制と予算執行の適切化に切り込みましたね。

大企業が行ってきた様々な節税策にまで首を突っ込むとは…国民が“大企業が税を払っていない”と気付き始めたら、我々の設計した枠組みはすぐに瓦解します。

財務省が長年積み上げてきたロジックも、一夜で無に帰すのです。」


彼は深く息を吐き、喉の奥で舌打ちに似た音を漏らした。


「……まったく、あの女(片市首相)はどこまで余計なことを言うつもりでしょうか?」


黒田は書類を乱暴に机へ投げ、椅子の背にもたれかかった。

その目には、薄く焦りすら浮かんでいたが、誰もそれを指摘できなかった。

財務省最終障壁ラスボスの苛立ちに対しては、沈黙こそが最も安全な応答だった。


「だが…あの女には羽柴が参謀に付いていましたね…

本当に邪魔なのは羽柴のほうでしょう。

明智先生にも相談して善処していただこうではありませんか?」


黒田は民事党内で今なお隠然たる影響力を持つ、前幹事長の明智 光昭議員の名を挙げた。

「消費税は必ず守り抜く」と宣言した人物でもある。


「明智先生ならどうするでしょうね?

そうだ。念には念を入れて経団連や経済同友会の幹部にも相談しておきましょうか。」


薄く、薄く黒田は(わら)った。


お読みいただきありがとうございます。

エピソード22まで予約投稿が完了しましたので、2日ごとの更新を12月末まで継続します。

1月以降分についても頑張って執筆中ですので、引き続きよろしくお願いします。

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