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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第四章

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若き企業家⑲ 禅の修行 後編

1997年(平成9年)4月1日


今年は日本経済の凋落を印象付ける事象が連発する年だったが、その象徴とも言える、私が忘れてしまいたい日を迎えた。


今日から消費税が3%から5%へと上がったのだ。


日本経済はプラザ合意を契機として様々なストレスに晒され続け、自ら崩壊への道を辿ったようにしか私には見えなかったが、この増税は、すでに弱りきっていた日本経済に最後の一撃を与え、デフレへの転落を決定づけた引き金だった。


その責任の一端は、相原龍太郎内閣にあると私は考えている。


彼の政策運営については令和から見た経済史においても、「日本経済の転換点」として非常に厳しい評価がなされることが多い。彼に悪意はなかった。ただ、タイミングの悪い緊縮財政が、その後の失われた30年を決定づけたという見方は有力だったし、私もそのように断罪していた。


一言で表現すると、相原内閣は「アクセルを踏むべき時にブレーキを踏んだ」のだ。


相原首相は非常に責任感が強く、将来の世代にツケを回さないという信念から財政再建を急いだのは事実だろう。赤字国債の発行をゼロにする目標を掲げ、政府支出を無理に抑え込もうとした。

しかし、物事にはタイミングというものがある。


バブル崩壊後の後遺症からようやく立ち直りかけ、民間の需要が回復し始めていた芽を、消費税増税という形で摘んでしまったのだ。それだけではない。それまで実施されていた所得税減税を打ち切り、医療保険制度改革により、患者の窓口負担が増加した。


これらの失策により、合計で約9兆円もの国民負担増が一気にのしかかったのだ。


さらに不幸だったのは、このタイミングでアジア通貨危機が発生し、国内でも山一證券、北海道拓殖銀行などの大手金融機関が相次いで破綻してしまった。景気が急速に冷え込んでいるにもかかわらず、財政構造改革法に縛られて機動的な景気対策が打てなかったため、日本経済はデフレの深淵へと沈んでいくことになり、後世、「失われた10年」の要因になったと言われた。


一応、彼の弁護をしておくと、相原首相自身は非常に優秀な政策通であり、財政再建は国家の将来を思っての正論だったと思う。

しかし、マクロ経済の動向よりも財政規律を優先してしまったことが、結果としてデフレ不況を固定化させるという皮肉な結末を招いたと言えるだろう。

「大蔵官僚の影響を強く受けてしまった」と書けば、あまりに酷な表現だろうか。


しかしこの失敗は、その後の政権にとっても「増税=政権交代・景気悪化」という強烈な教訓として語り継がれることになった。


ここで敢えて刺激的な言葉を掲げたい。


「天下餅」という、江戸時代末期の浮世絵に描かれた狂歌をご存じだろうか?


『織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川』


というあれだ。あんな歌が江戸時代初期に出回るなんて考えられない。作者は即、罰せられただろうからだ。支配体制が緩んでいたからこその産物なのだという背景に留意すべきだろう。


ともかく、あの歌のように、プラザ合意以降のバブルと、その後の苦境を表現すると次のようになると私は勝手に考えている。いずれも日銀総裁と大蔵大臣、もしくは内閣総理大臣に責任が帰結する内容だ。


『濁田智が膨張させ、岐阜野康が収縮させすぎ、大蔵省と福山喜一首相が処理を誤った』


あるいは、こっちだろうか。


『岐阜野が正義を主張し、福山が迷走し、相原が凍らせた』


いつの時代でも政策を誤れば、国民は一気に苦しくなってしまうという見本のような失策だった。

岐阜野には彼なりの正義があった。「このままバブルを放置して土地の値段が上がってしまえば、サラリーマンが家を買えなくなる」そうした生活面の歪みと同時に、資産バブルが金融システムを破壊しかねないことを憂慮した末の金利引き上げだった。だが、結果は彼の思惑を超え、国は制御不能な爆破に巻き込まれたような状況になった。


福山喜一は酒癖の悪い秀才として知られており、自己評価が高く、「自分は平成の高橋是清だ」と自負していたと伝わるが、その自己認識が歴史の審判と一致するかは議論の余地があるだろう。時の経過とともに下される評価というものは、本人の自意識を冷酷に突き放すことがある。



そして重要なのは、こうした政策判断の歪みが、単なる経済認識の誤りにとどまらない可能性がある点で、権力構造そのものの性質、すなわち、人事や意思決定のあり方が、判断の質に影響を及ぼしているのではないかという視点だ。

象徴的な事例として、福山の系譜を辿れば、2020年代に「税調のラスボス」として君臨した福山洋一議員や、世論の逆風の中で「増税メガネ」のイメージを背負わされた広島文雄首相の名に行き当たる。


政治の世界では血縁や縁戚が権力の中枢で重なり合う構図は、第三者の目には単なる偶然を超えた、何らかの構造的な必然を感じさせずにはいられない。


実際、後に首相に就任した某政治家は、民自党の政調会長時代の裏話を暴露している。それは政調会長が差配すべき税調会長人事を、当時の広島首相に退けられ、広島の従兄弟にあたる福山の続投を強く指示されて従わざるを得なかったというものだ。

それが国家の安定を見据えた大局的判断だったのか、それとも身内への情実人事だったのか。その真意は、永田町の厚い壁の向こうにあって窺い知ることはできない。


また、広島は首相官邸という公的な空間に、自身の親族や知己を招いた宴席を設けて世間の耳目を集めたこともあったし、息子を首相秘書官に任命したことすらあった。いずれも違法性が直ちに問われる次元の話ではないにせよ、公私の境界が揺らぎかねない振る舞いは、権力の頂点に立つ者ほど、その象徴としての重みを自覚すべきだったのではないか。

結局のところ、こういった人事をゴリ押しすると、全ての人事が色眼鏡で見られるという危険性に配慮するべきではなかったのか。


権力者にとって真に警戒すべきは、外部からの峻烈な批判ではない。「自分たちは特別である」という無意識の特権化こそが、長きにわたって築かれた制度と信頼を、内側から静かに、しかし確実に蝕んでいくのだ。



それは私の愚痴だし、この世界の日本も全く同じ道を辿っているのだが、それはさておき……スティーブが再び日本へやってきた。


もう一度、永平寺にて修行をするためだ。そうなれば通訳が必要で、今回も私が同行する段取りを進めた。ただし小二郎にも同行してもらった。

今回は通訳を間違えてはいけない。スティーブという男は、放っておけば自分で自分を壊す。それも静かに徹底的に、しかも周囲に気付かせない形で壊す。


前回の永平寺行きがそうだった。彼は「修行」と言いながら、実際には自分自身を裁きにかけていた。

Appleを追われ、NeXTも芳しい成果を出せず、世界から忘れられつつある自分という存在を、禅の沈黙の中で無意識ながら解体しようとしていたのだ。


その意味では今回は、なおさら危うい。

Appleは日本資本の投資会社の傘下に入った。世間ではそれを「延命」「屈辱」「敗北」と呼ぶ。

そしてスティーブ自身も、その言葉を誰よりも鋭く、自分に向けて突き立てているに違いなかった。自分は、もう救世主ではないのではないか。ただの過去の人間ではないのか。


そんな問いを、彼は永平寺へ持ち込もうとしている。


1997年。


日本経済は音を立てずに沈み、アメリカではAppleが「終わった企業」として扱われ、世界は次の時代へ進もうとしている。その狭間で、我々は再び永平寺の山門をくぐろうとしていた。

この静かな修行が、日本とApple、そしてスティーブ自身の運命をわずかに、しかし決定的に変えることになるなど、この時点ではまだ誰も知らなかった。


永平寺の朝は、相変わらず容赦がなかった。

夜明け前の空気は冷たく、余分な思考を削ぎ落とすように肺を刺す。

スティーブは黙って歩いていた。前回と同じように、背筋は伸び、足取りは迷いがない。

だが、私はすぐに違いに気付いた。


今回は、答えを求めていない。

前回の彼は違った。彼は禅に「救済」を期待していたのだ。自分は何者なのか。なぜ追放されたのか。なぜ世界は自分を理解しないのか。

そのすべてに、明確な答えが与えられることを、どこかで信じていた。悟りとは、真理を得ることだと、無意識に思い込んでいたはずだ。


だが、それは禅に対する決定的な勘違いだった。禅は、答えを与えない。むしろ、問いそのものを破壊する。前回の修行でスティーブがやっていたのは、「自分という存在をどう再定義するか」という、極めて西洋的で、極めてエゴイスティックな試みだった。


自分はまだ特別なのか?それとも、終わった天才なのか?どちらに転んでも、「自分」を中心に世界を測っている点では同じで、禅の沈黙の中で、彼はそれに気付かないまま、自分自身を責め続けた。


だから、危うかった。

悟れなければ、自分は無価値だ。何も掴めなければ、完全な敗者だ。そんな二元論を彼は無意識に修行へ持ち込んでいたのだ。


だが今回は違う。

座禅の最中、彼の呼吸は荒れなかった。眉間に力も入っていない。ただ、そこに座っている。何かを得ようとする気配がない。

休憩の合間、彼はぽつりと私に言った。


「前は、ここで何かになろうとしていた」


私は小二郎と顔を見合わせ、恐るおそる聞いた。


「……今は?」


「今は、何にもならなくていい気がしてる」


その言葉を聞いた瞬間、私は確信した。

彼は、ようやく入口に立った。今のスティーブが得るものは、悟りでも、救済でも、自己肯定でもない。

自分が世界の中心である必要はないという感覚だ。

それは一見、彼のような創造者にとって致命的に思える。

だが実際には真逆だ。世界を変える者は、自分が世界を支配していると思っている間は、変えられない。


前回の彼は、正しいものを作れば、世界は従う。美しいものは、必ず理解されると信じて疑わなかった。

それがApple時代の成功体験であり、同時に、追放の原因でもあった。だが今、彼はようやく理解し始めている。

世界は自分の作品を理解しなくてもいい。それでも自分は作り続ける。

評価も、肩書きも、過去の栄光も、いったん全部、脇に置く。ただ、「今、作るべきもの」を作る。


この永平寺の静寂の中で、彼は一つだけ、決定的なものを取り戻しつつあった。世界に理解されるために作るのではない。作らずにはいられないから、作る。


それだけでいい。それがあれば、また始められる。

前回、彼が勘違いしていたのは、「禅は自分を完成させるものだ」という思い込みだった。そして今回、彼が得たのは、「未完成のままでも前に進んでいい」という、静かな許可だった。それは、どんな悟りよりも、彼にとって必要なものだったのかもしれない。


修行の最後に、皆澤禅師は静かに言った。


「悟ろうとしてはいけませんよ。悟ったと思った瞬間に、それはもう妄想なのです」


私が翻訳した言葉は、ほぼ前回と同じ意味合いであったが、今回のスティーブは何も答えなかった。ただ一礼した。それで十分だったのだろう。

この男は、言葉で救われる必要がないところまで来ていた。


永平寺を発つ朝、境内は薄い霧に包まれていた。

山門を出る直前、スティーブは立ち止まり、振り返って本堂を見上げた。


「ここは……完成させてくれない場所だな」


「完成を否定する場所だからな」


私がそう返すと、彼は小さく笑った。


「それが、今の私にはちょうどいい」


その横顔を見て、私はようやく胸の奥にあった違和感が消えていくのを感じた。彼は壊れなかった。それどころか、以前よりも強固な存在になりつつある。

壊れた天才は哀れだが、何も背負っていない天才は時に世界を根底から改革する。

東京へ戻る車中、スティーブは珍しく饒舌だった。


「日本って、ずっと未完成のまま進んでる国だよな」


「それは褒めているのか?」


「最高の賛辞だよ。完成した文化はそれ以上の進展は望めない。私は永平寺の静寂と自然の中でそれを確信したんだ。やはりノイズのない世界は何かを教えてくれるものだ」


その言葉を聞いた瞬間、私は背筋が伸びた。彼の中で、何かが確実に結びついたと分かったからだ。

禅。未完成。そして、Apple。

ここでスティーブは思い出したように言った。


「そういえば、以前に君は、日本古来の山岳信仰についても話をしていたな?」


「いわゆる修験道のことだな。それがどうした?」


「いや……実は少し気になっている。あのノイズのない世界に通ずるものがあるのじゃないかと思ってね。機会があれば体験したいと考えているんだ」


そうか。これは将来、そんな場面が訪れるのかもしれないなと感じた。修験道。それは私にとっても不思議に思える謎多き山岳宗教だから、まずは予習から始めてみよう。そう思った。


そんな私と彼のやり取りを、横でじっと聞いていた小二郎は、何かを思いついたような表情をしたのが気になったが、それが現実になるのは少し先の話だった。



スティーブが戻った直後、アメリカから一本の電話が入った。Appleの取締役会が、ついに決断を下したという。彼を企画部門の最高責任者として迎え入れる。歴史の教科書では、この出来事は「奇跡の復帰」と簡単に書かれるだろう。


だが、私は知っている。

この復帰は永平寺の座禅堂で、すでに始まっていた。

世界を変えようとする男が、「世界を変えなくてもいい」と知った、その瞬間から。


私はこの決断に敬意を払い、ギルをCEOとして続投させる意思を伝えた。

これからはギルが経営の、スティーブが製品企画の最高責任者として君臨し、私が資本で支えるというトロイカ体制となる。


これによってスティーブの負担を軽減し、彼のアイデアとセンスを日本のために使ってもらおうとしていた。


1997年。

日本はまだデフレの底を彷徨い、Appleはまだ瀕死だった。

だが、確かにこの年、見えない場所で潮目は変わった。未完成を恐れない者だけが、次の時代を作る。それは国家も、企業も、そして人間も同じなのだ。


だからこそ新たなグループとして統一された組織が必要になる。

私は窓の外に拡がる東京の街を眺めながら、静かにそう確信していた。


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